西城秀樹の感受性と表現力!伝説のスターである理由がたっぷり詰まった笑いの絶えない30分間「愉快にオンステージ」
日本の芸能史に燦然と輝くスターの1人である歌手、西城秀樹。西城といえば、郷ひろみ、野口五郎と共に"新御三家"と呼ばれ、トップ男性アイドル歌手として1970年代の日本歌謡界を席巻した。
「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」や「傷だらけのローラ」「ブルースカイ ブルー」「ギャランドゥ」「走れ正直者」など、代表曲は枚挙に暇がない上、今では当たり前となっているコンサートでのペンライトは西城のコンサートが発祥とされており、アイドル文化をも変えた功績のある西城だが、実は売れるまでには辛酸をなめる思いをしている。
地元の広島の音楽喫茶で、レギュラーバンドの一員として歌っていたところを、東京から来ていたマネジャーの目に止まりスカウトされるが、厳格な父に猛反対され、半ば家出同然で上京。芸能事務所に所属するものの、マネジャーと2人で3畳もない狭い部屋に同居しながら、厳しいレッスンの毎日を送る。そして、1972年に「恋する季節」でデビューを果たす。
■歌手としてだけでなく、俳優としても活躍した西城
(C)NHK
その後、5枚目のシングル「情熱の嵐」で初めてオリコン週間チャートのベストテン入りし、6枚目のシングル「ちぎれた愛」で1970年代デビューの男性アイドルとしても初となるオリコン1位を獲得してからは、日本人ソロ歌手としては初めての日本武道館公演を行うなど、芸能史に多数の記録を打ち立てる八面六臂の活躍を見せていく。
同時に、主演映画「愛と誠」(1974年)やドラマ「寺内貫太郎一家」(1974年、TBS系)、「寺内貫太郎一家2」(1975年、TBS系)、ミュージカル「わが青春の北壁」(1977年)などで俳優としても活躍し、マルチな才能を見せていく。
歌だけでなく、演技においても多くの人々を魅了できているのは、やはり彼の持って生まれたスター性はもちろんだが、比類なき表現力の豊かさにあるだろう。それを存分に味わえるのがバラエティ「愉快にオンステージ」(1989~1993年、NHK総合)だ。
■番組ホストは堺正章・さだまさしなど豪華な面々も
(C)NHK
同番組は、全国各地を回ってトークの面白さと一流の芸を楽しんでもらうことを目的とした公開バラエティで、堺正章、さだまさし、武田鉄矢といった7人のホストが毎回交代で登場し、ゲストと共に歌とトークを繰り広げていくというもの。1990年4月23日の放送回では、ホストを務める木の実ナナの元に、西城がゲストとして登場する。
「もんじゃ屋のおかみに扮(ふん)した木の実の元を西城が訪れる」という設定の芝居仕立てで展開されていくのだが、西城は登場早々、開店したばかりの店構えを褒めると思いきや、隣の建物の格子戸を褒めたり、井戸水用手押ポンプを褒めたりと、ボケで笑いを誘い会場の空気を一気につかむ。
そして、木の実との丁々発止の掛け合いを繰り広げながら、「居酒屋」をデュエットしたり、もんじゃ焼きを試食したり、地元のソウルフードである広島風お好み焼きの作り方を木の実に指南したり、トークの流れでタップダンスを披露したりと、歌手としてだけではないさまざまな一面を見せて終始観客を楽しませ続けている。
■歌だけではなく、西城の多彩なトーク力にも注目
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その中で驚くべきは、芝居仕立てでありながらも常に観客の反応を意識して、彼らが飽きないように興味を引き続けながら決められた展開に導いていくセンスと、それに応えることのできる表現力の豊かさだ。ボケ役として木の実のツッコミを誘ったかと思えば、木の実をくさしてみたり、ちょっとしたミスをすかさず指摘して笑いにつなげたりと、その瞬間瞬間の客の反応をつぶさに拾って、多くのパターンを駆使してトークを展開しているのだ。
歌唱力や外見だけではスターにはなれない。これらをデフォルトとして、他にどうような才能があるかがスターとなるポイントで、西城はまぎれもなく感受性の強さと、それを基に期待以上のものを与えられる表現力を有していたことが、この放送で垣間見ることができる。
木の実との掛け合いを軸に展開されるノンストップの笑いの絶えない30分間を楽しみつつ、西城がスターであったポイントも存分に味わってほしい。
文=原田健
放送情報【スカパー!】
愉快にオンステージ 1990年4月23日放送分
放送日時:2026年4月4日(土)14:00~ほか
放送チャンネル:衛星劇場(スカパー!)
※放送スケジュールは変更になる場合があります。
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