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2022/10/15

田中裕子が映画『天城越え』で魅せた「美し過ぎる」登場シーン

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1979年のNHKテレビ小説「マー姉ちゃん」でデビュー後、1983年の連続テレビ小説「おしん」のおしん役で一躍有名になり、以降さまざまな作品で存在感を示し続けている大女優・田中裕子。活動40年を超えた現在も役者道をまい進しており、2010年には紫綬褒章を受章するなど日本を代表する女優の一人だ。

魅惑的な美しさの田中裕子
魅惑的な美しさの田中裕子

そんな田中の演技力もさることながら、蠱惑的な美しさが際立った存在感が存分に生かされた作品が映画「天城越え」(1983年)だろう。同作で田中は、第7回日本アカデミー賞主演女優賞、第7回モントリオール世界映画祭主演女優賞、第26回ブルーリボン賞主演女優賞、第38回毎日映画コンクール主演女優賞、第29回アジア太平洋映画祭主演女優賞といった数々の賞を受賞している。

同作は、松本清張の短編小説を映画化したもので、14歳の少年の性の目覚めと大人に成長する時に付随する哀愁をテーマに、一途な心が歪んだ瞬間にこぼれた激情が引き金となった殺人事件を描いたもの。

静岡で印刷業を営む小野寺(平幹二朗)は、ある客が印刷の依頼で持ち込んだ、30年前に起きたある事件調書を目にして衝撃を受け、当時の記憶を蘇らせる。そのころ、14歳の少年だった小野寺(伊藤洋一)は、寡婦であった母(吉行和子)が叔父(小倉一郎)と情交を結ぶ現場を目撃して家出を決意し、ひとり天城越えの旅に出る。しかし次第に辺りは暗くなり、心細くなったところでハナ(田中裕子)という美しい売春婦に出会う。ハナと旅路を共にすることになった彼は、彼女の優しさに触れて救われたような思いを感じる、というストーリー。

ハナは少年期の小野寺がひと目で心を奪われるような役どころであるため、登場シーンに艶やかさが必要不可欠なのだが、画角に映り込んだ田中は思わず息をのむほどの魅力に溢れ、その画力は一瞬で観る者を小野寺少年の心情に共感させてしまうほどのインパクトがある。「山道の中、カラフルな着物が少し着崩れし、白粉で白く輝く肌が煽情的で、どこか異様な雰囲気が漂う"景色"に、14歳の少年は抗う術もなく飲み込まれた」というメッセージが、登場した瞬間に表現できているのだ。色気だけでなく可愛らしさもある、いわゆる"小悪魔"的ではあるのだが、気位の高さみたいなものも感じられ、一筋縄ではいかない雰囲気もある、という筆舌に尽くし難い存在感で、『芝居というものはセリフの言い回しや所作、表情、佇まいだけではない』ということを強く訴えられたような衝撃を受ける。

この"存在感"があってこそ、『鬱屈した日常から逃げ出したいという一念で家出をするも、抜け出した先での未知の不安から、やはり引き返すことを選択した少年にとって、現実からは簡単には逃れられないという諦めにも似た思いが広がる中で、ある種の"救い"にも感じられた』というロジックが成立するし、事件の動機にもつながる重要な柱となっている。

その後、ハナは天城峠で起こった殺人事件の容疑者として逮捕されるのだが、警察の厳しい取り調べのシーンでは、トイレに行かせてもらえず失禁してしまうなど、一瞬で少年の心を奪った美しい女性とは真逆の薄汚れた女となり、事件を複雑化させる一因となるギャップの大きさを生み出している。

ミステリー作品であるためネタバレを回避すると、なかなかかゆいところに手が届かずむずがゆいのだが、とにもかくにも田中の登場シーンに作品の全てが支えられているといっても過言ではないし、その重要性に十二分に応えている田中の"存在感"は必見! もちろん、道中での小野寺少年とのやり取りの中で見せる可愛らしさや優しさ、事件の被害者の男との接触時の表情の変化、逮捕後の取り調べの様子など芝居の素晴らしさを挙げるとキリがないのだが、まずは"美し過ぎる"登場シーンに心奪われてみて欲しい。

文=原田健

放送情報

天城越え
放送日時:2022年11月8日(火)18:15~
チャンネル:衛星劇場
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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