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切っても切れない、よしながふみの作家性と「食べ物」の関係。西島秀俊と内野聖陽のW主演、お腹も心も満腹になる劇場版「きのう何食べた?」

2022/12/28

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食卓を通して男性カップルの日常を描く、『劇場版 きのう何食べた?』
食卓を通して男性カップルの日常を描く、『劇場版 きのう何食べた?』

食材の分量から、調理の手順やコツまで、料理番組さながらの丁寧さで料理シーンを描いているにも関わらず、いわゆるグルメ作品ではない。同居しているゲイのカップルの物語でありながら、BLものや恋愛ものでもない。誰かと一緒に食べる「おいしい食事」を通して、さまざまな人たちの関係性を描く『劇場版 きのう何食べた?』(2021年)は、性別も世代も超えて、観る者の深い共感を呼ぶ上質なヒューマンドラマである。

よしながふみの同名コミックを、西島秀俊と内野聖陽のダブル主演で実写映像化した本作。2019年4月クールに放送されたドラマ版は、見逃し配信の再生回数が全12話で100万回超と、歴代最高記録を次々と更新するほどの人気を集め、2020年1月に放送されたスペシャルドラマも大好評。そして2021年11月に満を持して、ファン待望の劇場版が公開された。スタッフには、監督・中江和仁と脚本・安達奈緒子をはじめ、「何食べ」の魅力を知り尽くしたドラマ版のチームが再結集している。

基本的に毎回1話読み切りの原作コミックに合わせ、ドラマ版も1話約30分で完結するスタイル。キャラクター、ストーリー、料理を含め、原作に忠実でありつつ、さらにもう一歩、キャラクターの内面に踏み込んだセリフを加えるなど、さりげない演出が秀逸だった。劇場版は、ドラマ版の良さはそのまま、絶妙なバランスでセレクトされたエピソードの数々で構成され、1本の映画作品として見事にまとまっている。

ケンジの誕生日に京都旅行をプレゼントしたシロさん。喜ぶケンジだが、ある違和感を抱く
ケンジの誕生日に京都旅行をプレゼントしたシロさん。喜ぶケンジだが、ある違和感を抱く

(C)2021 劇場版「きのう何食べた?」製作委員会 (C)よしながふみ/講談社

小さな法律事務所で働く弁護士・シロさんこと筧史朗(西島)と、その恋人で美容師のケンジこと矢吹賢二(内野)。毎日仕事を定時に終わらせ、スーパーで買い物をして、栄養バランスのとれた夕食を作るのが、シロさんの日課。ケンジもシロさんのおいしい手料理を毎日楽しみにしている。そんなある日、倹約家のシロさんがめずらしく、ケンジの誕生日プレゼントとして京都旅行をしようと提案し、ケンジを大喜びさせるのだが...。

まず、本作の大きな見どころとなるのが、冒頭で描かれるシロさんとケンジの京都旅行だ。これは原作コミック8巻収録の人気エピソードで、カレーうどんで有名な「日の出うどん」、紅葉が鮮やかな南禅寺、南禅寺境内に建てられた水路閣、高台寺のライトアップなど、原作通りのスポットが次々に登場。さらに2人が宿泊する旅館「南禅寺 八千代」、食べ歩きする錦市場「櫂 KAI」や、あぶり餅の「かざりや」、八坂庚申堂、平安神宮の泰平閣など、原作にはないスポットもたくさん出てくるのが楽しい。コロナ禍での撮影だったからこそ撮れた、観光客でごった返していない美しい京都の映像が堪能できて、2人と一緒に旅している気分が味わえる。

小日向&航カップルも交えた賑やかな食事シーンにもほっこり
小日向&航カップルも交えた賑やかな食事シーンにもほっこり

(C)2021 劇場版「きのう何食べた?」製作委員会 (C)よしながふみ/講談社

ドラマ版が初共演だったシロさん役の西島と、ケンジ役の内野との息の合った掛け合いのおもしろさは、本作でますますパワーアップ。2人が親しくするゲイカップル、小日向大策役の山本耕史×井上航役の磯村勇斗のコンビ、シロさんの料理友達のベテラン主婦・佳代子役の田中美佐子など、おなじみのキャラクターたちも勢ぞろい。

そして、劇場版からの新キャラ、ケンジが勤める美容室の後輩スタッフ・田渕剛役をSixTONESの松村北斗が演じている。「一番近い人間に思っていることを言わないで、じゃあ、誰と本音で付き合うんですか?」「誰かをすげえ好きになるって、相手の自由を奪うのと同じだと思うんですよ」など、なんでもズバズバ言ってしまう田渕の名言の数々が、シロさんとの関係を大切に思うあまり、本心をなかなか口に出せないケンジの胸に刺さるところも注目ポイントだ。

■キャラクターたちが時間を通して成長していく

弁護士として、時にハードな案件と向き合うシロさん。そんな彼をケンジは支える
弁護士として、時にハードな案件と向き合うシロさん。そんな彼をケンジは支える

(C)2021 劇場版「きのう何食べた?」製作委員会 (C)よしながふみ/講談社

また「仕事」というテーマも、よしながふみ作品には欠かせない大事な要素。本作ではおもに、主人公2人の職業、弁護士と美容師のそれぞれの仕事風景が描かれるが、とりわけシロさんの弁護士の仕事は、現代社会に生きるさまざまな人々の人生を映し出す鏡としての役割も担う。ちなみに、よしながは慶應義塾大学法学部卒で、弁護士を目指していた同大学院法学研究科在学中に漫画家デビュー。シロさんが弁護士という設定には、よしなが自身の経歴が反映されていると思われる。

劇場版でシロさんが引き受ける仕事は、「何食べ」の中ではかなりヘビーな案件となる、ホームレス同士の殺人事件を扱った裁判員裁判だ。終盤、判決が出た後に事務所の若先生に向けたシロさんの言葉は、映画オリジナルのセリフであり、思わず胸がじんと熱くなる。

この案件にも表れているように、「死」、そして対にある「生」は、本作を貫くキーワードだ。本作でケンジの父は亡くなり、佳代子の娘・ミチルは男の子を出産する。シロさんとケンジが、それぞれ相手の態度に不安を覚えた時、本気で心配するのは、相手の心変わりなどではなく、もしや相手が病気なのではないか、死んでしまうのではないか、ということだ。色恋云々よりも、相手の命こそが大切という感覚。恋を超えた、愛の姿がそこにある。

ほのぼのするばかりではなく、現実的な問題にも悩んでいく2人に共感必至だ
ほのぼのするばかりではなく、現実的な問題にも悩んでいく2人に共感必至だ

(C)2021 劇場版「きのう何食べた?」製作委員会 (C)よしながふみ/講談社

もう一つ、よしながふみ作品の特徴として挙げられるのは、長い年月を経て、キャラクターたちが少しずつ変化していくという点だろう。シロさんとケンジもまた、現実を生きる私たちと同じように、年を重ねていく。原作の連載スタート時はシロさんが43歳、ケンジは41歳だったが、連載開始から15年が経った現在、2人は50代になり、還暦も見え始めた。もちろん、彼らを取り巻く社会そのものも大きな変化の中にある。そうした原作のベースがあるからこそ、本作で描かれる、加齢との向き合い方、親の老いや死、老後の問題、仕事の責任といったあらゆる事象が、身近なものとしてリアルに感じられる。

紅葉の秋から冬、正月を挟んで、桜が満開になる春までを描いた本作の中で、それぞれ誕生日を迎え、1つずつ年をとるシロさんとケンジ。同時代に生きていることを嬉しく思いながら、どうか2人がテーブルで向き合い、「いただきます」と言って、笑顔で食事をする日々が末永く続きますように...と祈らずにはいられない。

文=石塚圭子

石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、さまざまな世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。

放送情報【スカパー!】

劇場版 きのう何食べた?
放送日時:2023年1月1日(日・祝)21:00~、29日(日)22:15~
チャンネル:チャンネルNECO
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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