任俠映画に咲いた一輪の花。名女優・藤純子の「壮絶な美」を堪能する

1989年から芸名を改めて活躍している名女優・富司純子。その彼女は1960年代、任俠映画に咲いた一輪の花として、絶大な人気を集めた藤純子でもあった。2月から日本映画専門チャンネルで「藤純子劇場4K」と題して、そんな藤純子の代表作6作品が6か月にわたって、すべて4Kデジタルリマスター版でTV初放送される。
■やくざの世界で、女として生きられない哀しさと強い決意がもたらした独特の美
東映任俠映画は1963年から72年にかけて一大ブームを巻き起こしたが、その立役者が名プロデューサーと謳われた俊藤浩滋。藤純子は俊藤の娘で、高校生の時に父の職場である東映京都撮影所へ遊びに行き、マキノ雅弘監督にスカウトされる。そして、マキノ監督による片岡千恵蔵主演の時代劇『八州遊俠伝 男の盃』(1963年、本特集で3月放送)で映画デビューした。彼女はこの時、時代劇には初出演だった千葉真一演じるおっちょこちょいのやくざ・佐太郎の恋人・お千代を演じている。このデビューの年だけで、彼女は7本の時代劇に出演。翌年の『博徒』(1964年)からは任俠映画にも出演し、1965年には傑作の呼び声高い、加藤泰監督の『明治俠客伝 三代目襲名』(本特集で5月放送)でヒロインを演じた。この作品では鶴田浩二扮するやくざの菊池浅次郎に心を寄せる薄幸の娼婦・初栄に扮したが、病気の親に会う手助けをしてくれた浅次郎に、彼女が川辺で土産の桃を渡す場面は、任俠映画史上に残る名シーンとして強烈な印象を残した。
鶴田浩二、高倉健の任俠映画を代表する2大スターの相手役としてイメージが定着した藤純子は、マキノ監督の『日本大俠客』(1966年)で鶴田浩二扮する主人公を助ける鉄火芸者・お竜を好演。前年の『明治俠客伝 三代目襲名』の時には、まだ娘の面影が残る雰囲気があったが、ここでは男たちを相手に一歩も引かない貫禄十分の女芸者を見事に演じている。この映画のお竜が原型となって、藤純子最大のヒットシリーズ「緋牡丹博徒」(1968~72年)が誕生する。

「緋牡丹博徒」シリーズで藤純子が演じた「緋牡丹のお竜」こと矢野竜子のプロフィールを紹介しよう。竜子は九州・熊本の矢野組組長・矢野仙蔵の娘。やくざの父親を持つ彼女だが堅気の娘として育てられ、縁談も決まっていた。しかし父親が何者かに闇討ちされて亡くなり、縁談は破談となる。ここから竜子は女を棄て、父親を殺した仇を捜すため、流れ者の女渡世人として全国を旅することになる。山下耕作監督によるシリーズ第1作『緋牡丹博徒』(1968年)では5年の旅の末、彼女は仇の加倉井(大木実)を見つけ、旅で知り合った渡世人・片桐の助けを借りて、見事に父親の仇を討つ。そして最後には矢野組二代目を襲名して、女性の俠客として一本立ちするのである。

(C)東映
「緋牡丹博徒」シリーズの魅力とは何か。当初このシリーズは、先行していた大映の江波杏子の主演作「女賭博師」シリーズ(1966~71年)のような女性主体の任俠ものを東映でも作れないかということで企画されたらしいが、「女賭博師」が賭博シーンをクライマックスにした、プロのギャンブラーを描いたものとすれば、「緋牡丹博徒」のお竜は堅気からやくざの世界へ足を踏み入れた女性で、どこか普通の女性の匂いを漂わせていた。その女の部分を最初は父の仇を討つという目的のために押し隠して、男たちと渡り合おうとすることで逆に引き立つ、ストイックな美貌。第1作で高倉健演じる片桐に、「お前さんは女だぜ。男の俺でさえつくづくこの渡世が嫌になる時があるんだ。まして女のお前さんがそうやって背伸びをしているのを見ると...」と言われて、「私は女じゃなか、男たい」と言い返すお竜の無理にでも女を棄てようとする心根が、観る者の気持ちを捉えたのである。
さらに熊本弁による歯切れのいい啖呵、舞うようでいて凄絶としか言いようのない美しい殺陣。それらが藤純子の持つ、見た目の硬質な色香や熱い情熱と溶け合って、唯一無二のキャラクターを生み出した。義理と人情に縛られた男たちのやくざの世界に、彼女が持ち込んだ女として生きられない哀しさと強い決意が、独特の美をもたらしたのである。
「緋牡丹博徒」シリーズは1972年まで全8作が作られたが、いずれも作品のクオリティが高く、それは7作目まで脚本を担当した鈴木則文の功績が大きい。また、お竜の気風の良さに惚れて彼女を助ける、「シルクハットの大親分」こと熊虎親分に扮した若山富三郎のコメディリリーフ的な面白さも見逃せない。
■主演のシリーズものが続々と作られ、東映任俠映画のトップスターに

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「緋牡丹博徒」シリーズで東映任俠映画の一翼を担うトップスターになった藤純子。続いて『日本女俠伝 俠客芸者』(1969年、本特集で4月放送)を皮切りに「日本女俠伝」シリーズ全5作が1971年まで作られ、『女渡世人』(1971年、本特集で6月放送)が『女渡世人 おたの申します』(1971年)との2部作になるなど、その人気を裏付けるようにシリーズものが増えていった。ただこの2つのシリーズは主人公の名前もキャラクターも毎回違い、お竜役ほど話題にならなかった。しかし、特に「日本女俠伝」シリーズではたくましく生きる女性を演じていて、お竜の役では表現できなかった女の部分を前面に押し出しているのが魅力になっている。

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藤純子は、1966年にNHK大河ドラマ「源義経」で共演した尾上菊之助(現・尾上菊五郎)と恋に落ち、1972年に引退する。その最後の作品が『純子引退記念映画 関東緋桜一家』(1972年、本特集で7月放送)である。ここで彼女は悪徳やくざに立ち向かう鉄火芸者を演じたが、その引退を彩るように高倉健、鶴田浩二、若山富三郎、菅原文太、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎とオールスターが集結。藤純子として90本目の最後の映画を演出したのは、デビュー作を手掛けたマキノ雅弘監督だった。
映画史的に見ればこの翌年、『仁義なき戦い』(1973年)が公開され、東映は実録やくざ映画路線へと方向転換し、任俠映画は姿を消す。藤純子は任俠映画ブームの10年の間に映画界で咲き誇り、そのムーブメントの終焉と共にスクリーンから去った。だからこそより鮮烈に、彼女の凄絶な美は今も印象に残っている。その伝説の美しさを、今回の特集で存分に味わっていただきたい。
文=金澤誠
金澤誠●映画ライター。日本映画を主に、「キネマ旬報」、時事通信、劇場パンフレットなどで執筆。これまで1万人以上の映画人に取材している。「日刊ゲンダイ」誌上で「新・映画道楽 体験的女優論 スタジオジブリ鈴木敏夫」を連載中。また取材・構成を手掛けた「音が語る、日本映画の黄金時代」(河出書房新社刊)が発売中。
放送情報【スカパー!】
緋牡丹博徒<4Kデジタルリマスター版> ※2Kダウンコンバートにて放送
放送日時:2023年2月3日(金)21:00~、17日(金)21:00~
チャンネル:日本映画専門チャンネル
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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