メインコンテンツに移動

2023/07/19

元ひきこもりの美術家・渡辺篤がアートで社会を変える

この記事を共有する

渡辺 篤
渡辺 篤

現代美術家の渡辺篤が「ART & CULTURE ~今を生きる表現者たち」(スポーツライブ+(プラス)他)に出演。同番組は文化芸術の領域で創作活動を行うアーティストたちを紹介するもので、横浜をはじめ国内外に表現活動の場を広げる彼らの今を追う。社会の中で生きづらさを抱える人々、孤独や孤立を感じる人々と数々のアートプロジェクトを行ってきた渡辺は、当事者と対話を重ねたこれまでのプロジェクトに込めた思いを語る。

今回、渡辺にインタビューを行い、自身の活動や展開中の「アイムヒア プロジェクト」について、アートでしかできないことなどについて語ってもらった。

――ご自身にとっての現代美術における活動とは、どのようなものですか?

「現代美術は、すでにこの世にある表現を更新することが至上命題としてあると思うので、分かりやすい花鳥風月のようなものを再生産する仕事ではないと考えています。

アートというのは常に拡張し続けているジャンルですが、当事者運動とか昨今盛り上がりを見せている福祉の動向などを、現代美術はあまり丁寧に扱ってきていなかったと思います。例えば、社会的に弱い立場の存在から搾取することに無自覚でした。僕はそれ以前から自分がひきこもりであった経験を生かして、当事者と協働することをやってきました。

僕の活動は社会活動家の側面が色濃くあって、それを誠実にやることがアートの拡張なのだと思っています。これまであったアートらしいことを繰り返すことがアートなのではなく、今までなかったことに取り組むことがアートを更新させると思います」

――ひきこもりのご経験があるとのことでしたが、その経験からどのようなことをお気づきになったのでしょうか

「ひきこもりの間は、もうこの社会には戻ってこない覚悟でした。でも今日僕がひきこもらないだろうメンタリティがあるのは、ひきこもりに至るとらわれ意識とか、自分の意欲を積み重ねていけなくなるかとか、自信がなくなるかとか、交流できる人がいなくなるほどに自分の我を通してしまうとか、様々な生きづらさに及ぶ仕組みみたいなことの説理がなんとなくわかってしまったからです(多くの場合、ひきこもりに至る原因には、いじめやハラスメント被害など自身では変えられない事情も多くあるとされる)。

自分だけが苦しんでいると思い込むというのはやっぱり自分を孤立させていくし、すぐそばの見えないところにある痛みに気づけないのは我々がそういう性質を持っているからだと思っています。だから、自分がどのように苦しんでいるかを人に伝えることと、自分でも気づけない痛みを持っている誰かが必ずどこかにいるのだということに気づいていく方法を作っていく必要があると思っています。

僕の家族は今思うと、お互いが痛みを分かち合ったり、相互扶助する感覚が弱かったように思っていて、ひきこもった時には僕に眼差しを向けてもらえなかった。だから、今ひきこもっている人が社会に嫌気が差して背を向けているなら、そこに誰かが眼差しを向ける必要があるし、「痛みを持った人の話を聞くだけの意欲がこちら側にはありますよ」という姿勢を社会が示していく必要がやっぱりあるのだと思いました」

渡辺 篤《アイムヒア プロジェクト》2019年
渡辺 篤《アイムヒア プロジェクト》2019年

撮影:井上桂佑

――心の傷を持った者たちと協働するプロジェクトを多数実施されていますが、ひきこもりにまつわる事情を作品にしようと思ったきっかけは?

「学生時代から学校では教えてくれない社会学みたいなことに興味を持っていたんです。例えば、路上生活者と一緒にテントで暮らして、その路上の視点からでしか分からないものを手に入れて、共同で何かを起こすとか、LGBTという言葉もあまり聞かれなかった時代に、知人の性的少数派の人と共に暮らして作品を作るとか。そこでは、自分の差別性とか、無知であることに気づいていく過程そのものをプロジェクト型の作品として制作していました。疑問すら立てなくてもいいものにされてしまっていることにいちいち気になっていく時期がありました。

それは、僕が学生時代にうつになったこともきっかけとしてあるんです(ひきこもりを終えた時期に全快しちゃいましたが)。それまでは自分のことを普通だと思っていたのに、『どうやら自分が少数派になってしまった』と気付いた時に、無自覚に自分がいつも誰かを排除してきたことに対しても今一度眼差しを向ける必要があると感じたんです。芸術大学の学生時代に、そういうことに一気に興味が湧いてしまって。その延長で、大学を出た後に、自分のひきこもりの経験もあって、ひきこもりにまつわる関係性の課題をテーマにするのも自然な流れでした」

――2018年より展開されている、ひきこもりをはじめとする孤立を感じる人々の声や当事者事情を当事者と協働する形で社会に向け発信し、アートが社会に直接的な作用をもたらす可能性を模索するアートプロジェクト「アイムヒア プロジェクト」への思いについて教えてください。

「『アイムヒア プロジェクト』というのは元々一つの作品の名前で、ひきこもりの人々自らが撮影した各々の部屋の写真を募集して一緒に写真集を作るというものです。丁寧に規約の開示を行い、ふさわしい利益分配を行うなど、プロセスにすごく重きを置きながら、孤立・孤独状態にある人々と社会に対して何かアプローチをしていこうというのがスタートでした。社会に背を向けた人々が、自ら自分の生活や存在を今一度『私はここにいる』というメッセージを社会に発信する呼びかけを行って、架空のグループみたいなものを作って、その後も様々な作品形式で作ってきたという経緯ですね。

あくまで私は、ひきこもりって本人以外の人が無理矢理やめさせようとするものではないと考えていて、今、孤立・孤独状態にある人は、望んでなった人もやむを得ずそうなった人もいますが、まず"その人がそこに在る"ということを尊重しなきゃいけないと思っています。『人とつながらなきゃだめだよ』ということを前提にアプローチするつもりはなくて、僕が作ったこのケースに一緒に乗っかりたい人とやるという程度のことなんです。人とつながりたくない人に強要するつもりはないんです」

――医療や福祉でなく、アートでしかできない活動にはどのような可能性があるのでしょうか?

「例えば、医療や福祉というのは、まさに困難を抱え、痛みを抱えている人と出会う場が必要ですが、アートはここにいない人とでも想像力によって繋がることができる。

孤立・孤独という社会問題が根源的に抱えている難題は、より深い困難を抱えている人こそ、姿が見えづらいということがあるのです。それに対して現代アートは方法に縛られず活動することができるメディアだと思っているので、例えば、『私と対話をしてください』と応募フォームに書いてくれた、どこか遠くの場所にいる人の所にまで会いに行くということも、僕の作品ではやれるわけです。つまり、ジャンルとしてこうあらねばならないという縛りがほぼないメディアであるし、だからこそ痒い所に手が届くというか、縛りを越えること自体が価値になる表現ジャンルだと思っています。

ひきこもりの人の声を聞くことや、そのストーリーを作品にする時に、現代アートが他のあらゆるメディアより優れていることは、全世界的にアートという概念について共通理解があるところだと思います。どんな国にも、アートの歴史があって、美術館があるし、ギャラリーがある。アートに対して人々は目を向けるわけです。『その作品を持ってきてほしい』と言われたら、僕が聞いた誰にも聞かれることのなかったひきこもりの方の言葉が、地球の裏側の展覧会場に展示され、もし美術館にそれが収蔵されたら200年、300年後の人もそれを観るわけです。誰にも聞かれることのなかった悲しみや怒りなど、本人にとってはどうしようもできないような気持ちが、より多くの人類や未来のさまざまな人の生きづらさに寄り添う可能性も出てくる。そういう多くの人に届くことができるツールでもあるということがアートの可能性だと思っています」

渡辺 篤(アイムヒア プロジェクト)《Your Moon(プロジェクト「同じ月を見た日」より)》2021年
渡辺 篤(アイムヒア プロジェクト)《Your Moon(プロジェクト「同じ月を見た日」より)》2021年

展示風景:「TURNフェス6」、東京都美術館

――作品のここを見てほしい、想像してほしいなど期待することを教えて頂けますか。

「僕の作品の多くは、誰かと一緒に作っているんです。例えば『同じ月を見た日』というプロジェクトであれば、僕は編集者のような立場で、やることと言えば送られてきた月の写真をどのように造形化するかを考えて制作するということなんですよね。そんな中で僕が見てほしいのは、月の写真を撮った人たちがどういう人たちなのかを想像するということです。プロジェクト参加者募集には、"コロナ禍に孤独感、孤立感を感じている人"という条件があって、応募してきた人は障害がある人もいれば、ひきこもりもいるし、いろんな生きづらさ、孤立感を感じたことがある人たちなんです。そんな人たちが撮った月の写真には、少しずつその人の生活圏とかコロナ禍の時間の変遷みたいなものが写り込んでいたりもするので、『この写真を撮影した人はどういう人なのだろう』とか、『どういう場所にいて、どういう事情を持っているのだろう』ということを想像してもらえたら嬉しいなと思います。会うことは難しいかもしれないけど、作品を通してここにいない人を想像してほしいなと思います」

文=原田健

<プロフィール>
渡辺 篤:現代美術家。東京芸術大学大学院修了。
近年は、不可視の社会課題であり、また自身も元当事者でもある「ひきこもり」にまつわるテーマについて、心の傷を持った者たちと協働するプロジェクトを多数実施。そこでは、当事者性と他者性、共感の可能性と不可能性、社会包摂の在り方など、社会/文化/福祉/心理のテーマにも及ぶ取り組みを行う。社会問題に対してアートが物理的・精神的に介入し、解決に向けた直接的な作用を及ぼす可能性を追求している。主な個展及びプロジェクト展は、「私はフリーハグが嫌い」(国立新美術館、東京、2023年)、「同じ月を見た日」(R16studio、神奈川、2021年)、「修復のモニュメント」(BankART SILK、神奈川、2020年)、「ATSUSHI WATANABE」(大和日英基金、ロンドン、2019年)など。 主なグループ展は、「あ、共感とかじゃなくて。」(東京都現代美術館、2023年)、国際芸術祭「あいち2022」、「瀬戸内国際芸術祭2022」、「Looking for Another Family」(国立現代美術館、韓国、2020年)など。
渡辺 篤ウェブサイト:https://www.atsushi-watanabe.jp/
アイムヒア プロジェクトウェブサイト:https://www.iamhere-project.org/
Twitter:https://twitter.com/nabe_chan_

放送情報

ART & CULTURE ~ 今を生きる表現者たち 現代美術家:渡辺 篤
放送日時:2023年7月22日(土)11:30~ 他
チャンネル:スポーツライブ+ 他
※放送スケジュールは変更になる場合があります

【配信情報】
ART & CULTURE ~ 今を生きる表現者たち 現代美術家:渡辺 篤
放送日時:2023年7月14日(金)12:00〜12月31日(日)
https://spoox.skyperfectv.co.jp/static/sales/content/art-culture/

【展覧会情報】
「あ、共感とかじゃなくて。」
会 期:2023年7月15日(土)~11月5日(日)
休館日:月曜日(7/17、9/18、10/9は開館)、7/18、9/19、10/10
開館時間:10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
会 場:東京都現代美術館 企画展示室 B2F
詳細はウェブサイトをご確認ください
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/empathy/

「NACT View 03 渡辺 篤(アイムヒア プロジェクト)私はフリーハグが嫌い」
会 期:2023年9月13日 (水)~12月25日(月)
開館時間:美術館の開館時間に準ずる
会 場:国立新美術館 1Fロビーほか[東京・六本木]
詳細はウェブサイトをご確認ください
https://www.nact.jp/exhibition_special/2023/nactview-03/index.html

ドキュメンタリーの記事・インタビュー

more

劇場・公演の記事・インタビュー

more

趣味・教育・福祉の記事・インタビュー

more