2024/02/29
杏がママ友同士の闘いに巻き込まれる母親役を演じる、社会派ドラマ「名前をなくした女神」
清潔感溢れるビジュアルと、地に足のついた演技で存在感を放ち続ける杏。彼女が、愛憎渦巻く「ママ友の世界」に足を踏み入れた女性を演じたのが、2011年制作のドラマ「名前をなくした女神」だ。
短大卒業後、ハウスメーカーに就職した侑子(杏)は、食品メーカー勤務の秋山拓水(つるの剛士)と結婚。長男の健太(藤本哉汰)を出産した後も仕事を続けていたが、頭金を入れてマンションを購入した矢先、地方転勤を打診され、退社を余儀なくされた。引っ越しを機に健太は近所の幼稚園に通うことになり、侑子は、健太と同い年の子を持つ安野ちひろ(尾野真千子)、進藤真央(倉科カナ)、沢田利華子(りょう)、本宮レイナ(木村佳乃)らと知り合う。しかし、「子どもを有名私立小学校に入学させようとしている」という共通点を持つ彼女たちは、仲良しママ友グループという表面的な顔の裏で、黒い感情を芽ばえさせていて...。
過熱する「お受験戦争」に翻弄されながら、一度入ったら抜け出せない「ママ友社会」の闘いに突然巻き込まれた平凡な主婦が、暗くて長いトンネルを抜け出し、光を見出すまでの奮戦記でもある本作。杏が演じる主人公の侑子は、妻として母として、そしてキャリアウーマンとして忙しい日々を過ごしていたものの、引っ越し先で息子が新たな幼稚園に通うようになったことを機に、濃密な「ママ友の世界」に引きずり込まれてしまう。
「○○君ママ」「○○ちゃんママ」と、子どもの母親としてしか認識されず、子どもの優秀さや夫の勤務先などでマウント合戦を繰り広げる苛烈な世界でも、侑子はしっかりとした自分軸を持ち、華やかなママ友たちにも染まらない。そんな侑子を杏は、カジュアルなファッションとシンプルなヘアアレンジで表現。他のママたちがバッチリメイクとキメキメのヘアスタイリングに加え、華やかなワンピースやパンプスで通園するなかでも、常に控えめメイクで、パーカーやTシャツ、ジーンズにスニーカーといった姿を貫く。そのナチュラルさが、侑子という人物の芯の強さ、そしてそれを演じる杏の飾らない美しさを視聴者に強く印象づける。
ママ友ができたことで、それまで考えたこともなかった「小学校受験」を視野に入れ始めた侑子。息子の健太がグループ内の子どもたちの中で最も優秀だったことから、嫉妬ややっかみなどの暗い感情をぶつけられるようになる。戸惑い、悩み、苦しみといった、侑子の胸に渦巻く思いを、杏は視線の揺らぎなどの繊細な表情の変化で見事に表現。家庭内に問題を抱え、情緒不安定になっているママ友たちとは異なり、円満な家庭を築いているからこそ、安定した精神状態でいられる侑子をフラットに演じていた杏だが、秋山家にさまざまなトラブルが降りかかってくる第6話からは、困惑し、怒り、絶望するといった激しい感情を表現。それまでの抑えた演技とのギャップによって、物語をさらに盛り上げることに成功している。
侑子に特別な思いを抱くちひろを演じる尾野と、ちひろの夫・英孝役の高橋一生をはじめ、小林星蘭、藤本哉汰、谷花音ら名子役たちも圧巻の演技を披露する本作。時を経ても色あせることのない、友情、嫉妬、見栄、噂、建前、嘘、裏切りが目まぐるしく交錯する女の闘いを描いた衝撃の社会派ドラマの結末を、杏の演技に注目しながら見届けてほしい。
文=中村実香