2024/11/23
若き日の松重豊の戦慄の演技に震え上がる名作ホラー映画「地獄の警備員 デジタルリマスター版」!
1992年に公開された映画「地獄の警備員」をご存じだろうか。一般的に有名な作品とは言えないが、バイオレンスホラーの傑作として一部の映画ファンの間では有名だ。2020年公開の「スパイの妻 劇場版」で第77回ベネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)を受賞した黒沢清が監督を務めた、1980年代に名を馳せた伝説的映画製作会社、ディレクターズ・カンパニー最後の作品である。
ジャンルは「バイオレンスホラー」と分類すべきか、タイトルにある警備員を演じる松重豊の怪演と、「恐怖」を描かせたら天下一品の黒沢清監督。低予算作品ながらも、そんな2人の無名時代の萌芽を感じさせる出来栄えだ。
物語は、バブル景気で急成長を遂げた総合商社を舞台に、絵画取引担当として成島秋子(久野真紀子/現・クノ真季子)が入社する場面で幕を開ける。彼女と同時に新人警備員として富士丸(松重豊)という男も入社していた。じつはこの男元力士で、かつて兄弟子とその愛人を殺害したものの、精神鑑定の結果無になったという危険人物だった。秋子が慣れない仕事に追われる一方、警備室では富士丸による目を覆うほどの惨劇が幕を開けていた...。
本作の魅力は、まずは黒沢監督による恐怖の演出ぶり。97年公開の映画「CURE」で世界的に注目される彼の手腕が、この頃既に存分に発揮されている。展開の見せ方も秀逸で、殺人鬼の富士丸が静かに動き始めてからは舞台を限定。取り残された登場人物たちが恐怖に慄くという演出は、視聴者の恐怖感を大いに煽る。「次に何が起こるのか」を予感しながら、画面に強く引き付けられる演出は見事で、本当に恐ろしい。巨体の富士丸が怪力の持ち主で、凄惨な殺し方をするのだが、殺戮場面を直接的に表現せずに凄惨さを感じさせる描き方にも工夫が見られる。
当時はまだ無名で、本作が映画デビューとなった松重の演技も素晴らしい。主演の人気シリーズ「孤独のグルメ」で知られ、実力派俳優として大活躍中の彼だが、本作における富士丸は最低限の言葉しか発せず、佇まいだけで不気味さを感じさせる。黒沢演出の巧みさもあるとは言え、やはり松重の表現力があるからこそ、恐ろしさが倍増する。人を殺してもほとんど高揚しない静かなる殺人鬼・富士丸の迫力に視聴者も震え上がることになる。
黒沢監督は、本作の後にオリジナル脚本「カリスマ」で米サンダンス・インスティテュートのスカラシップを獲得して渡米。帰国後には哀川翔主演の「勝手にしやがれ!!」シリーズ(1995~96年)などでメガホンをとり、以降、「回路」(2001年)、「アカルイミライ」(2003年)などをカンヌ国際映画祭に出品。「ドッペルゲンガー」(2003年)などのホラー作品で評価を高めた。
近年になって再評価されたこともあり、本作は2021年2月に新宿K's cinemaにてデジタルリマスター版がリバイバル上映された。この度、そのデジタルリマスター版が日本映画専門チャンネルで12月22日(日)に放送される。
若き松重豊の怪演に加えて、秋子の上司役で長谷川初範も出演。恐怖に支配されながら、ヒロインを助けて富士丸と戦う役どころだ。軽薄そうな先輩社員・久留米を演じる大杉漣も非常にいい味を出している。富士丸の正体に気づき、最初の犠牲者となる哀れな男・白井役で内藤剛志も登場。テレビ朝日系ドラマ「警視庁・捜査一課長」シリーズなど、重厚な刑事役が板についている内藤がこんな役を演じていたことも感慨深い。ピンク映画には欠かせない名脇役・下元史朗が冒頭で秋子を乗せるタクシー運転手で登場するが、なんとも味わい深くて印象的だ。ヒロインの秋子を演じる久野もスタイル抜群で画面映えする。「富士丸の手に落ちずに助かってほしい」と視聴者に思わせる、儚げな美しさを発揮して好演している。
「孤独のグルメ」のイメージがすっかり定着した今、俳優・松重豊の演技の真髄に迫る本作を見て、ぜひ恐怖に震えてほしい。
文=渡辺敏樹