監督にマーティン・スコセッシ、主演をロバート・デ・ニーロが務めた名作『タクシードライバー[4K修復版]』

創作上の出来事には収まらない…
実在の事件を想起させる『タクシードライバー』の文化的価値

2023/01/05 公開

ベトナム戦争帰還兵の独白を形式として描いた映画『タクシードライバー』(1976年)は、この枠で以前に取り上げた『グッドフェローズ』(1990年)の監督マーティン・スコセッシの初期代表作であり、ハリウッドメジャーの停滞と独立系若手作家の台頭という、1960年代後半から70年代中盤におけるアメリカ映画の変革を象徴する一本だ。

孤独な主人公が凶行へと向かう様をバイオレンスに描写

疎外感を抱えた主人公、トラビスの妄執を名優ロバート・デ・ニーロがリアルに演じ、同時にタクシー運転手を生業とするキャラクターを経て、当時のニューヨーク・マンハッタンが放つ猥雑さと危険性を映し出し、作品は「都市映画」としての性質を併せ持つ。そして主人公がとった凶行を巡るメディアや大衆の恣意的な様を、凄惨なバイオレンス描写で浮き彫りにしていくのだ。

このように本作は多面的でコアとなる要素が多く、特定のジャンルに収まらない印象を受けるだろう。しかし、スコセッシはこの『タクシードライバー』を「ノワール(犯罪)映画」の系譜にあるものだと主張している。事実、主人公のナレーションによって、その時々の感情を詳述する同作の語り口は、1940~50年代に量産されたノワール映画のフォーマットを踏襲したものだ。

ベトナム帰還兵で心身に重いトラウマを抱え不眠症を患っているトラビスは、ニューヨークでタクシー運転手として働き始める

なによりトラビスはナンパした選挙ワーカーのべツィ(シビル・シェパード)に愛想を尽かされ、その執着を彼女が支援している大統領候補者の狙撃へと向かわせる。さらにそれが未遂に終わると、彼はターゲットを売春斡旋業者(ハーヴェイ・カイテル)に移し、この男のもとで働く未成年の売春婦アイリス(ジョディ・フォスター)の救出へと変転させていくのだ。

こうした物語の顛末と一人称ナレーションによる構成から、近年まで『タクシードライバー』は実際に大統領候補を狙撃した犯罪者の日記に触発された作品と伝えられてきた。その日記とは1972年5月15日、米メリーランド州ローレルで民主党の大統領候補ジョージ・ウォレスを撃ったアーサー・ブレマーが綴っていたもので、事件後に書籍化されて物議を醸している。そして映画の公開後、トラビスの行動描写とブレマーの日記にはいくつかの類似点があると、時に触れて本作は事件との関係を指摘されてきたのである。

選挙事務所で働く女性と関係がうまくいかなかったことで、さらに病が深刻化していくトラビス

実際の事件との関連性も完全には無視できない独特な作品の立ち位置

しかし実際のところ、『タクシードライバー』の脚本は日記の出版より前に書かれており、執筆したポール・シュレイダーはブレマーの日記と、当該者が起こした事件からの影響を、本作の製作40周年を記念したスタッフ・キャストのリユニオン(於:2016年トライベッカ映画祭)でやんわりと否定している。また演出したスコセッシも、この映画は特定の事件からインスパイアされたものではなく、政治的指導者が凶弾に倒れた時代の空気を包括的に捉えたものだと語っている。

こうした作品の扱いに対する慎重さの背後には、もう一つの現実に起こった出来事の存在がある。それは1981年3月30日、当時のアメリカ大統領ロナルド・レーガンが狙撃されて重傷を負い、ホワイトハウス報道官ジェイムズ・ブレイディが命を失った暗殺未遂事件だ。犯行に及んだジョン・ヒンクリーは本作に出演したジョディ・フォスターのためにやったと自供し、動機の一因として『タクシードライバー』の存在があったことをほのめかしている。

食料品店で偶然強盗事件に遭遇したトラビスは、所持していた拳銃で犯人を撃ってしまう

このように、映画が凶悪犯罪のスケープゴートにされたことが、作品と、ベースとなったであろう事件に対して言及することへのトーンを下げている。また、同時にそれは、戦争帰還兵を犯罪者予備軍だというふうに捉えられることを警戒しての配慮ともいえるだろう。

シュレイダーはトラビスというキャラクターへのアプローチに対し、「孤独に生きてきた自分自身の姿が反映されている」と述懐。それを創作に昇華させることで、リハビリのような役割を果たしたのだと前掲のリユニオンで答えている。

一方的な正義感を募らせていくトラビス。その狂気は次期大統領へと向かっていく…

作品が成立した時代を考慮すれば、この映画がウォレス暗殺未遂事件とまったく無関係だとは言い難いし、また本作から発せられる、事件性の強い香気を完全に消すことはできないだろう。とはいえ、好悪の感情はさておき、『タクシードライバー』の経年による文化的価値の高まりは、実在した事件との関係を負の遺産として指摘する以上に、創作上果たした役割に関して語気を強めたほうが印象がいいのかもしれない。監督や俳優たち、すべての主要なクリエイターのキャリアの転換点になった記念碑的作品だけに、その傾向はなおさらだ。

文=尾崎一男

尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
タクシードライバー [4K修復版]
放送日時:2023年1月8日(日)15:30~、19日(木)0:30~
チャンネル:WOWOWプラス

※放送スケジュールは変更になる場合があります

▼同じカテゴリのコラムをもっと読む

創作上の出来事には収まらない…実在の事件を想起させる『タクシードライバー』の文化的価値

創作上の出来事には収まらない…実在の事件を想起させる『タクシードライバー』の文化的価値

##ERROR_MSG##

##ERROR_MSG##

##ERROR_MSG##

マイリストから削除してもよいですか?

ログインをしてお気に入り番組を登録しよう!
Myスカパー!にログインをすると、マイリストにお気に入り番組リストを作成することができます!
新規会員登録
マイリストに番組を登録できません
##ERROR_MSG##

現在マイリストに登録中です。

現在マイリストから削除中です。