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高倉健が昭和を生き抜いた特攻隊として悲哀を訴えかける... 妻役・田中裕子との息の合った芝居も必見「ホタル」

2025/10/24

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没後11年を経て、なおも深く愛され続ける名優・高倉健。その高倉とコンビを組むことが多かったのが、降旗康男監督である。高倉とは1966年公開の「地獄の掟に明日はない」を皮切りに20本の作品を残し、"黄金コンビ"とも称された。1978年公開の「冬の華」、1981年公開の「駅STATION」、1985年公開の「夜叉」など、名作ぞろいだが、そんな黄金コンビの作品の中から、今回は2001年公開の映画「ホタル」をご紹介したい。

■「夜叉」や「鉄道員」で高倉と黄金コンビを組んだ降旗康男監督の作品

高倉健が漂わせる悲哀の重みを堪能せよ
高倉健が漂わせる悲哀の重みを堪能せよ

(C)2001「ホタル」製作委員会

東映創立50周年記念作品でもある本作は、激動の昭和を生き抜いた特攻隊の生き残りである男と、その妻の人生を描くヒューマンドラマ。脚本は、「義務と演技」の竹山洋と降旗監督が共同で担当。また、撮影は「鉄道員」など降旗映画の大半を担当した木村大作が務め、独特な映像美を作りあげている。

第二次世界大戦の終戦間際、特攻隊員だった山岡(高倉健)は奇跡的に生き残った。その罪悪感を抱えながら、妻の知子(田中裕子)と鹿児島で漁業を営んでいた。腎臓を患っている知子を気遣いながら、静かに暮らす山岡の元に、青森で暮らす特攻隊仲間の藤枝(井川比佐志)が八甲田山で自殺したとの報せが届く。山岡同様に特攻隊の生き残りとしての苦悩を抱えていた藤枝は、天皇崩御を機に自らの人生に幕を引いたのだった。戦友の自死に衝撃を受けた山岡は、辛い過去を向き合う覚悟を決める。

やがて山岡は特攻隊員たちから"知覧の母"と呼ばれて慕われていた、知覧の富屋食堂の女主人・山本富子(奈良岡朋子)に依頼され、特攻で戦死した朝鮮出身の金山少尉(小澤征悦)の遺品を届けるために韓国へと旅立つ。じつは金山は知子の許嫁だった男であり、戦争で運命を狂わされたのだった...。

本作は戦争の悲劇を背景にした「愛と贖罪の物語」であり、「人生の余白」を感じさせる日本的な名作と言える作品だ。前述した木村大作による映像美に加えて、静謐さを湛えたストーリーと高倉健の抑えた演技が高く評価されている。

高倉健の後年の代表作として、ファンに語り継がれている一方で、テンポがゆったりしていることや物語に起伏があまりないことで、否定的な意見もある。夫婦愛を主軸に据えているが、戦争映画として捉えることもできる本作は、特攻で死んでいった若者たちの無念さや生き残った者の悲哀を訴えかける。

■高倉と相性が抜群な妻役の田中裕子の丁寧な芝居にも注目

(C)2001「ホタル」製作委員会

山岡を演じる高倉は、相変わらず最小限の言葉と表情で心情を表す芝居が抜群だ。妻役の田中裕子も好演。高倉とは24歳差と実年齢が離れているが、まったく違和感なく妻役を演じている。病弱で余命宣告(本人には伝えていない)されている設定で、弱弱しい声や姿勢だけでもそれを表現しており、丁寧な芝居にも感心する。

高倉との相性もぴったりで、特に楽しい思い出として挿入される、雪の八甲田山で丹頂鶴の真似をして2人がおどける場面が印象的だ。高倉同様に感情を爆発させるような場面こそないが、空気感だけで夫婦の絆を感じさせる高度な演技を見せてくれる。

■「知覧の母」を演じる奈良岡朋子の圧倒的な演技に感動!

(C)2001「ホタル」製作委員会

だが、本作でそんな2人の名演に比肩する素晴らしい演技を披露しているのが、山本富子役の奈良岡朋子だ。特に印象的なのは、施設への入居を機に開かれた「送る会」の席上で、藤枝の娘・真実(水橋貴己)に花束を渡された場面だ。

富子は特攻隊の若者たちに想いを馳せて、彼らを死地に送り出した悔恨の念を爆発させる。「実の親なら、我が子に死ねとは言わんでしょう。自分を捨てても子供を守るでしょう...」と涙を流して訴えるのだ。静かに進む物語の中で、登場人物の感情が発露されるこのシーンは胸を打つ。まさに圧倒的な演技であり、真に迫っている。昭和初期に生まれ、戦争を体験している彼女の思いが込められたのだろう。

物語の終盤で、韓国へ渡った山岡夫妻が金山少尉(本名キム・ソンジェ)の生家を訪れるが、当然ながら歓迎はされない。それどころか「あいつは死んだのに、何故お前は生き残った」と、厳しい非難の言葉すら浴びせられる。日本人として、見ていて辛くなる場面だ。

それでも、山岡は遺族に遺品を渡して、彼が残した遺言を伝える。金山がどんな思いで出撃していったのか、感情を押し殺しながらも必死でそれを届ける山岡の姿は、まさに高倉健の演技の真骨頂である。

公開当時、本作は「政治色が強い」という批判も受けた。だが、それが本作の評価を貶めているとは思えない。高倉健は、1テイクで撮ることにこだわった。「本物の心情を表現するためには、同じ芝居を何度も演じることは不可能」だと考えたからだ。「個人の生き方が芝居に出る」からと、日常生活のすべてが演技に繋がることを肝に銘じていたという。

そんな高倉の演技の真髄に振れられる作品である「ホタル」。反戦のメッセージを感じ取るというよりも、あくまで夫婦愛を描いた人間ドラマと捉えたほうが正しいのかもしれない。

文=渡辺敏樹

放送情報【スカパー!】

ホタル
放送日時:2025年11月10日(月)18:00~
放送チャンネル:東映チャンネル
出演:高倉健、田中裕子、小林稔侍、夏八木勲、井川比佐志、奈良岡朋子、中井貴一、原田龍二、水橋貴己
※放送スケジュールは変更になる場合があります。

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