上川隆也&佐々木希が放つ"静かで張り詰めた芝居"――バブル崩壊後の喪失を描いた宮部みゆき原作『火車』
火車とは、生前に罪を重ねた死者の骸を奪い、地獄へと運び去るとされる妖怪の名だ。宮部みゆきは、この不穏な言葉を、バブル経済に翻弄され、多重債務や自己破産へと追い込まれていく人々の物語に冠した。1992年に発表され、山本周五郎賞を受賞。さらに、「このミステリーがすごい!」の過去20年間における「ベスト・オブ・ベスト(国内編)」にも選ばれた傑作である。カード社会のひずみの中で自己破産に至った人々の現実と、過去を捨て、新たな人生を手に入れようともがく一人の女性の姿を、彼女の行方を追う刑事の視点から描き出す。
そんな宮部作品を、上川隆也と佐々木希の出演で映像化したのが、「宮部みゆき原作 ドラマスペシャル『火車』」だ。2011年11月にテレビ朝日系で放送され、視聴率17.0%(ビデオリサーチ調べ・関東地区※世帯視聴率)を記録した話題作でもある。
物語の舞台は、バブル崩壊直後の1992年。警視庁捜査一課の刑事・本間俊介(上川隆也)は、半年前に妻を亡くした悲しみから立ち直れずにいる上、左足の負傷で休職中の身でもあった。遠縁の青年・栗坂和也(渡辺大)から、失踪した婚約者・関根彰子の捜索を頼まれた本間は、当初は気乗りしないまま調査に乗り出す。だが、彰子の自己破産を担当した弁護士・溝口悟郎(笹野高史)の証言に、見過ごせない些細な矛盾を見つけてしまう。相棒の刑事・碇貞夫(寺脇康文)とともに調べを進めるうち、本間がたどり着いたのは、関根彰子を名乗っていた女性は、実は新城喬子という別人だったという驚くべき事実だった...。橋本一が監督を務め、森下直が脚本を手がけた本作は、田畑智子、井上和香、前田亜季ら実力派が脇を固め、90年代前半の空気感や当時の世相も丁寧に再現している。
©東映
半年前に妻を失い、生きる気力すら失いかけていた男と、自分自身の名前さえも捨てて生き延びようとした女。本間と喬子、2人の主人公はどちらも、ある意味で"本当の自分"を見失った人物として描かれる。生きることに疲れた者と、生き延びるために別人になった者。追う者と追われる者でありながら、互いの喪失がどこかで響き合っていく。この対照的でありながらどこか鏡合わせのような関係性を、上川と佐々木は正反対のアプローチで体現してみせた。
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上川が演じる本間は、傘を杖代わりに足を引きずりながら歩き、息子・智との会話にも心ここにあらずといった様子を見せる、生気の乏しい男として物語は幕を開ける。刑事を辞めるべきかどうかさえ、自分でもよくわからないまま日々をやり過ごしていた本間だったが、彰子の足取りを追ううちに、刑事としての勘が少しずつ研ぎ澄まされ、溝口の証言に潜む矛盾を見逃さない鋭さを取り戻していく。本間という男が事件をきっかけに再び生きる理由を見つけていく過程を、上川は見事に演じていた。
一方、佐々木が演じる喬子は、物語の終盤までほとんど言葉を発しない異例の役どころだ。モデル出身の佐々木は、映画「天使の恋」で初主演を務め、ドラマ「土俵ガール!」などでも、若い女性の強さや危うさを華やかな存在感とともに見せてきた。本作では、本格ミステリー初挑戦。それまでの印象を封じるように、セリフに頼らず、伏し目がちな表情や後ろ姿、わずかな視線の揺れだけで、誰にも心を開かずに生きてきた喬子の孤独をにじませていく。姿を現すほど謎は深まり、多くを語らないからこそ、別人になってまで生き延びようとした痛みと執念が浮かび上がる。佐々木の持つ美しさを、華やかさではなく近づきがたい影へと反転させた配役も、本作の大きな見どころだ。
「火車」という不穏なタイトルが示す通り、この物語がたどり着くのは、温かな救いとはほど遠い結末だ。それでも、妻を失った男が再び歩き始める姿と、名前を捨ててまで新たな人生を求めた女の執念が交錯する終盤には、ミステリーの謎解きだけでは語りきれない深い余韻が残る。宮部みゆきが30年以上前に描いた、バブル経済とカード社会が生み出したひずみは、今の社会にもつながっている。7月11日にスタートした連続ドラマ「告白-25年目の秘密-」に出演している佐々木と、6月に放送された「世にも奇妙な物語 '26夏の特別編」でベテラン刑事を演じた上川。第一線で活躍を続ける2人が、15年前に見せた静かで張り詰めた芝居を、この機会にあらためて味わってほしい。
文=川崎龍也
放送情報【スカパー!】
宮部みゆき原作・ドラマスペシャル『火車』
放送日時: 2026年7月25日(土)18:00~
チャンネル:テレ朝チャンネル2(スカパー!)
※放送スケジュールは変更になる場合がございます
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