1990年代のハリウッドを盛り上げた2人が、60年代末を舞台に初共演した「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

実際に起きた「シャロン・テート事件」に目配りを利かせ
タランティーノが切り取った1960年代末ハリウッドの光と影

2021/05/24 公開

成功者の2人が、落ち目の2人を演じた配役の妙

カウンターカルチャーが台頭した1960年代後半。ハリウッドは新興のテレビに押され、映画スターの身辺にも大きな変化が起きる。1969年、人気女優シャロン・テートがカルト指導者チャールズ・マンソンと彼を信仰する者たちに殺害された事件を通して当時のハリウッドを描いた「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」には、クエンティン・タランティーノ監督の「オレ流」な演出で、変わりゆく映画界の光と影が映し出されている。

本作における象徴的な役回りが、時代の移り変わりに取り残され人気が低迷するハリウッドスターのリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)と、彼の親友で付き人兼スタントマンのクリフ・ブース(ブラッド・ピット)。当代のスーパースターであるディカプリオが落ち目のスター役を、今やプロデュース業でも成功を収めるピットがスターの世話を焼く裏方役を演じており、そんな遊び心溢れるキャスティングはいかにもタランティーノ映画ならでは。

数々の西部劇で主演したリックも、気付けばすっかり落ち目に

リックへのオファーは映画の主演からテレビドラマの悪役へと変わり、クリフに愚痴をこぼさずにいられない。やり手プロデューサーのマーヴィン(アル・パチーノ)にマカロニ・ウェスタンへの出演を誘われるも「なんでこの俺がイタリアへ都落ちしなくちゃならないんだ!」と憤慨する。だが、当時「ローハイド」に出演していたクリント・イーストウッドは、「ドル箱3部作」と呼ばれるマカロニ・ウェスタンに出演して映画作りのノウハウを学び、後に監督として成功を収めたのはご存じの通り。そのようなことをクリフは知る由もなく、屈辱を酒で紛らわす落日のスターをディカプリオが悔し涙をこぼしながら体現する。外で憚らず泣き顔を見せる相棒に「メキシコ人の前で涙を見せるな」とサングラスを掛けさせるリック。ピットのその気配りの演技も絶妙だ。

不本意なオファーに半泣きで悔しがるリックを、クリフは静かになだめる

そんなリックの自宅近くで待ち構える取材陣。ところが取材陣が待っていたのは2人ではなく、リックの隣に越してきた注目カップル。『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)の大ヒットで一躍時の人になったロマン・ポランスキー監督と、『哀愁の花びら』(1967年)と『サイレンサー第4弾/破壊部隊』(1968年)で勢いに乗る美人女優シャロン・テート(マーゴット・ロビー)だ。隣り合う光と影の対比。ハリウッドの人々の新しい物好きを象徴する描写は、リックがムッとする姿すらますます哀愁を抱かせる。最近のハリウッドで大活躍のロビーが、シャロンの気の良い女の子ぶりを随所で表現しているのも目に留まる。

男たちの紆余曲折の背景に滲む大事件への気配

ディカプリオがスターの悲喜こもごもを終始感情表現豊かに演じクギ付けに

情緒が安定しないリックに対し、クリフはいつでも自分らしさを失わない。我を貫く、悪く言えば空気を読まない性格が災いし、リックの口利きでせっかく当時テレビドラマ「グリーン・ホーネット」で注目を集め始めたブルース・リー(マイケル・モー)のドラマ撮影でスタントの機会を得たものの、撮影の合間に格闘技の持論をしゃべりまくるブルースに業を煮やし、ブルースを投げ飛ばした際にランディ・ミラー監督(カート・ラッセル)の妻の車を損傷させてしまう。「現場に嫌な空気を持ち込む」と業界人に煙たがれるクリフには、過去に「女房を殺した」という暗いウワサが付きまとっていた。だが彼の過去へ切り込むかと思いきや、そんなことはお構いなしと言わんばかりにタランティーノは物語を進める。ここにも上り調子でチヤホヤされるブルースと、「仕方ないか」とあきらめムードのクリフの光と影が感じ取れる。

リックはクリフのウワサを一蹴。「戦争の英雄」だった彼に信頼を寄せる

そんなクリフはリックを車で送り迎えする途中、幾度か見かけたヒッチハイカーの女性の誘いで「スパーン映画牧場」を訪れる。映画撮影にも使われるこの牧場で、クリフは自身もここで撮影した過去を思い返す。だが、訪れた牧場にはチャールズ・マンソン率いるヒッピー集団が住み着いている様子。ここで起きる一悶着が後のさらなる出来事を予期させつつ、リックの過去の輝きとその喪失を見事に描いている。

リックは映画牧場で、かつて撮影で世話になった昔なじみを訪ねるが…

同じころ、若手主演の西部劇に悪役で出演したリックは、前夜の飲み過ぎがたたり台詞を忘れ、失敗を重ね悔し涙。トレーラーハウスに籠りひとしきり自分自身を罵倒し(このシーンはディカプリオのアドリブで台本にはなかったそう)、心改め午後からの撮影に臨んだ彼は、共演者である8歳の少女が見せるプロ根性に煽られ、怪演を見せて監督を唸らせる。その後、落ち目続きの人生に転機が…と思いきや、彼とクリフは隣家を襲ったハリウッド史に残る悲劇に巻き込まれていく。

自宅で音楽にのって踊るシャロン。純真無垢な彼女の姿にも魅せられる

とはいっても、ここまで2時間近く当時のスターのあるがままをオレ流で切り取ってきた鬼才がクライマックスで目指したのは、あくまでも「ハリウッド大好き監督」でなければ思いつかない派手な展開だ。ここからの40分は、シャロン・テート事件の事実をあるがままに描くよりも、彼の傑作『パルプ・フィクション』(1994年)や『イングロリアス・バスターズ』(2009年)を想起させるアクション&バイオレンスで物語は幕を下ろす。「これこそハリウッド映画!」と言わんばかりの思いを込めて…。

文=渡辺祥子

渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス&ミステリー。今の夢は『007/ノータイム・トゥ・ダイ』を大スクリーンで見ること。日本経済新聞、週刊朝日、VOGUEなどで映画評を執筆。「NHKジャーナル」(NHKラジオ第1)に月1回出演。

<放送情報>
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
放送日時:2021年6月19日(土)20:55~、20日(日)13:00~

サイレンサー第4弾/破壊部隊
放送日時:2021年6月16日(水)13:30~、20日(日)16:00~

映画監督:クエンティン・タランティーノ
放送日時:2021年6月20日(日)0:00~、22日(火)20:00~
チャンネル:ムービープラス

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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