本国で大きな共感と感動を呼んだ社会派ドラマ『1987、ある闘いの真実』

一人の大学生の悲劇が国全土を巻き込んだ闘いへ
韓国民主化闘争を描く『1987、ある闘いの真実』

2023/04/24 公開

軍事政権下のソウルで、一般市民が起こした革命をダイナミックに描く

国鉄が分割、民営化されてJRとなり、東京証券取引所の時価総額がニューヨークを抜いて世界一となっていた1987年。日本がバブル景気に突入していた一方で、韓国では軍事政権による独裁が続いていた。『1987、ある闘いの真実』(2017年)は、軍事政権下で民主化を求めて苦しい運動を続けていた学生や一般市民たちが力を結集し、「6・29民主化宣言」を引き出した1987年のソウルでの出来事をダイナミックに描く歴史ドラマだ。

警察に連行された大学生の死亡に、検事は疑いを抱いて詰め寄るが…

映画は1987年1月14日、ソウルの南営洞(ナミョンドン)にある治安本部の対共分室で、過酷な取り調べを受けていたソウル大生のパク・ジョンチョルが死亡するところから始まる。責任者であるパク所長の指示の下、担当刑事たちは拷問の証拠を隠滅するためすぐに遺体を火葬しようとするが、不審に思ったソウル中央地方検察庁の公安部長がこれをストップ。さらに検察だけではこの動きを止められないと考え、情報を新聞社にリークする。

1910年から1945年まで日本の植民地とされていた朝鮮半島。日本の敗戦によって独立したものの、すぐにアメリカとソビエト連邦によって分割占領されることになり、結局そのまま1948年に李承晩を大統領とする大韓民国(韓国)と金日成を首相とする朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が成立する。国土を大きく傷つけた朝鮮戦争が1953年に休戦となって以降も両国の対立は継続。軍事政権が長く続いた韓国では「反共」が国是となり、政府の意向に従わない多くの人々が「アカ(=共産主義者)」のレッテルを貼られて厳しい弾圧を受けた。

自分たちの国を変えようと、巨大権力に挑む人々の勇姿が胸に響く

今作の舞台となる1987年は、1961年から国のトップの座にあった朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺された1979年にクーデターを起こして大統領の座に就いた全斗煥(チョン・ドゥファン)の任期の最終年。念願だったソウルオリンピックの開催を翌年に控え、なんらかの手を使って任期を延長するのではと見られていたなかで起きたのが、パク・ジョンチョルさんの拷問致死事件だった。映画は、治安本部の対共分室という「密室」で起きたこの出来事がどのように明らかになり、人々の行動を促す起爆剤になっていったのかを検事→新聞記者→刑務官→大学生と、まるでリレーのバトンを渡すかのように中心人物を入れ替えながら描き出していく。こうした手法をとった理由についてチョン・ジュヌァン監督は、「『1987』以前にもたくさんの人たちがこの素材を映画にしようと挑戦し、多くが失敗しました。その理由の一つが『そこに関わったすべての人々を扱わないと87年は描けない』という部分にあったと思います。多くの人々、それぞれが、自分の引き受けた場所で最小限の良心を守りながら起こした行動が集まり、まるで雪玉のようにどんどん大きくなって歴史を動かしたというのが87年の本質であり美しさなのです」と語っている。

時代や国境を越えて、私たちにも勇気を与えてくれる

実力派ハ・ジョンウが、警察の妨害にも屈せず調査を続けていく検事役を熱演

酒浸りながら最後の良心は失っていない検事を『神と共に』シリーズのハ・ジョンウ、真実を報道しようと奮闘する新聞記者を『KCIA 南山の部長たち』(2019年)のイ・ヒジュン、刑務所内で得た情報を民主化勢力に伝達する刑務官を『マルモイ ことばあつめ』(2019年)のユ・ヘジンと、韓国を代表する俳優たちが次々と登場するのも見どころ。ある大学生との出会いをきっかけに運動の意味に気づいていく大学生には『お嬢さん』(2016年)のキム・テリが扮している。さらに、カン・ドンウォン、ソル・ギョングといった主演級の俳優たちが、出番は少ないが重要な役柄で顔を見せている。

刑務官とその姪である大学生も、それぞれの立場で事件に向き合っていく

役目を終えると退場していくキャラクターが多いなかで、最も長く登場し強い印象を残すのが、『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021年)のキム・ユンソク演じるパク所長だ。デモなどをした人々が連行され、過酷な取り調べを受ける場所として知られていた南営洞対共分室の責任者である彼は、日本からの解放後、北部を支配した共産主義者たちによって家族を殺され南下してきた人物で、共産主義に対して強い憎悪を抱いている。その複雑な背景によって単なる悪役でないキャラクターとなっている。また、記者会見の席で拷問の事実を隠して口にした「バンと机を叩いたら、おっと言って死んだ」という言葉は、当時警察が発表し市民の怒りに火をつけた言葉としてよく知られている。

大学生の拷問致死事件を隠蔽しようと画策するなど警察の悪行が描かれる

この映画が制作されていた当時の韓国の大統領は朴正煕の娘である朴槿恵(パク・クネ)。芸術関係者のブラックリストを作成するなど、自身の思惑に合わないコンテンツへの圧力をかけていた時期でもあり、民主化に貢献した実在の人物も登場する今作も、情報の露出を極力抑えながら慎重に作られていたという。しかし、歴史のいたずらか、2016年秋から朴槿恵の職権乱用と汚職を糾弾する「ろうそくデモ」が大規模に行われるようになり、ついに2017年3月に彼女は罷免へと追い込まれる。その後、民主化を求める人々の姿を描いた『映画『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(2017年)と『1987、ある闘いの真実』が相次いで公開されて多くの観客を集めた。

韓国の観客に向けて「こんなにも一生懸命で、純粋な時があったのに、私たちはどうして変わってしまったのか?」という思いを込めてこの映画を作ったというチャン・ジュナン監督。映画の中で民主化運動家が口にする「私たちに残された武器は真実だけだ」という言葉や、それぞれの人物が命懸けでぎりぎりの良心を守ろうとする姿は、時代を越え、国境を越え、私たちにも勇気を与えてくれる。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む」(青弓社)がある。

<放送情報>
1987、ある闘いの真実
放送日時:2023年5月9日(火)23:30~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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