後世のスラッシャー映画、田舎ホラーの原点を作った『悪魔のいけにえ』

正体不明の怪人レザーフェイスの恐怖…
後世に多大な影響を与えた『悪魔のいけにえ』の革新性とは?

2024/04/29 公開

1950年代半ば、米ウィスコンシン州プレイン・フィールドで起こった猟奇殺人事件「エド・ゲイン事件」は、映画史上の金字塔と呼ばれる3本の名作(もしくは、その原作小説)にインスピレーションを与えた。アルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(1960年)、ジョナサン・デミ監督の『羊たちの沈黙』(1991年)、そして本記事のお題となるトビー・フーパー監督の長編デビュー作『悪魔のいけにえ』(1974年)である。

上記の3作品は作られた年代も作風もまったく異なっているが、いずれも「エド・ゲインの伝記映画/実録ドラマではない」という共通点があるのが興味深い。フーパーも構想を練る際にエド・ゲイン事件をリサーチしたわけではなく、幼少期にウィスコンシン出身の親戚から間接的に聞かされた猟奇実話(墓を掘り、人間の骨や皮でランプシェードなどを作ったゲインの話)に影響されたと語っている。

「まるでドキュメンタリー」のような生々しい恐怖

『悪魔のいけにえ』はフーパーとキム・ヘンケルのオリジナル脚本に基づく純粋なフィクションだが、あたかも実録ドラマのように始まる。「これは5人の若者の身に起きた悲劇の物語である~(中略)~夏の午後、楽しいドライブは悪夢へと転じた。その日の出来事こそテキサス・チェーンソー大虐殺だ」。

この冒頭のテロップに続き、「1973年8月18日」という物語の設定日も具体的に示されるのだから、初公開時に何も知らずに本作を観た人々は、誰もが世にもおぞましい「実話の映画化」と信じ込んだことだろう。架空の実録ドラマの体裁を採ったこの仕掛けからは、ベトナム戦争やウォーターゲート事件などアメリカ社会全体が不穏な空気に覆われていた時代に、それまでにない現実的な生々しい恐怖映画を創造しようとしたフーパーの野心がうかがえる。

人肉マスクを被った怪人レザーフェイスに若者たちが次々と惨殺されていく

墓荒らし事件が頻発する真夏のテキサス州の田舎を、バンでドライブしている5人の若者。やがて彼らは人肉マスクを被った正体不明の怪人レザーフェイスと遭遇し、一人また一人と血祭りに上げられていく…という話なのだが、ちょっとホラー映画を見慣れた人にとっては、このうえなくシンプルで新鮮味のない筋立てだろう。なぜなら本作こそが、のちに数えきれないほど量産される連続殺人鬼もののスラッシャー映画や、脳天気な若者たちが田舎を旅行中にひどい目に遭う田舎ホラーの原点だからだ。

多くのスラッシャー映画、田舎ホラーはお決まりのパターンや約束事に沿って作られており、誰がいつ、どんなふうに殺されるかはたいてい想像がつく。ところが『悪魔のいけにえ』は、そうはいかない。例えば中盤、若者グループのカーク(ウィリアム・ベイル)とパム(テリー・マクミン)がレザーフェイスの最初の犠牲者となるシークエンス。彼らがとある屋敷に足を踏み入れると、画面にはよからぬことが勃発する予兆が濃密に立ちこめる。それでも観る者は、彼らがレザーフェイスに襲われるタイミングも、その殺人の手口も一切予測できない。そのため虚を衝かれた観客は「想像を絶する」凶行に、まさしくハンマーで殴られたようなショックを受けるはめになる。

田舎をドライブ中の若者グループが訪れた不気味な家には…

そもそもレザーフェイスは、カークの殺害シーンで何の前振りもなく突然画面に登場するため、そのプリミティブな衝撃性たるや甚大なインパクトだ。また、すでに広く指摘されていることだが、本作には犠牲者たちの身体が損壊する様を直接見せる描写がない。にもかかわらず観客は「身体が惨たらしく切り裂かれ、猛烈な血しぶきがあふれ出た」と認識してしまう。『サイコ』の伝説的なシャワールームの殺人シーンで、ジェネット・リーの肉体がナイフでめった刺しにされたように錯覚する(実際には刺されるショットは一つもない)のと同じ現象である。

つまり、観客は上記のシークエンスで「本当の猟奇殺人現場を目撃してしまった」感覚に囚われるわけだが、この場面におけるレザーフェイスの挙動にも注目しておきたい。カークとパムを相次いで殺害したレザーフェイスは、おびただしい量の動物の体毛や人骨が散乱している室内で、見知らぬ来訪者たちの出現に激しく動揺し、途方に暮れたようなリアクションを見せるのだ。

のちの『ハロウィン』(1978年)のブギーマン、『13日の金曜日』(1980年)のジェイソンといった怪物たちの超然とした描かれ方とは対照的な「人間くささ」が意図的に表現されている。しばしば「ドキュメンタリーのようにリアル」と評される本作は、決して勢いまかせで撮られた偶然の産物ではない。荒々しさと繊細さが混在したフーパーの希有な演出力に裏打ちされ、ワイドショットやクローズアップ、移動ショットを駆使したカメラワーク、レザーフェイスが被る3つのマスクの差異など、見返すたびに新たな発見がある。

直接的にショッキングなシーンは映らないのにトラウマ級に怖い

低予算と劣悪な環境下で作り上げられた「アメリカ史上最も重要なインディーズ映画」

若きフーパーが無名のスタッフ&キャストを起用し、機材をレンタルで調達した本作は、製作費わずか14万ドル、16ミリフィルムで撮った低予算映画だった。連日長時間におよんだ撮影現場の環境は劣悪で、クルーは常軌を逸した暑さや悪臭に苦しんだという。

それでも最後に生き残った主人公サリー(マリリン・バーンズ)がチェーンソーを振りかざすレザーフェイスから延々と逃げ惑うチェイスシーン、クライマックスにおける殺人鬼一家の狂気じみた晩餐シーンには尋常ならざる迫真性がみなぎり、冒頭から最後まで一度観たら脳裏にこびりついて離れない強烈なイメージが連続する。そして映画はあまりにも有名なラストシーン、レザーフェイスの「朝焼けのダンス」へとなだれ込み、暴力的なまでに唐突に幕を閉じる。

明らかに異様な雰囲気を醸し出す殺人一家

周知の通り、1970年代には『エクソシスト』(1973年)を嚆矢とする空前のオカルト映画ブームが吹き荒れたが、本作は「悪魔」という言葉を含む題名に反し、現実社会の片隅に潜む人間の恐ろしさを追求した。しかもマスクを被った巨体の怪人が最後まで素顔を明かさず、動機さえ不明のまま理不尽に荒れ狂って殺戮を繰り返すという型破りな恐怖映画だった。

レザーフェイスが朝日に向かってチェーンソーを振り回す名シーン

それは様式が確立されていたホラー・ジャンルの歴史における革新的な発明であり、後世に与えた影響の大きさは計り知れない。芸術性の高さをも評価され、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にフィルムが永久収蔵されているこの映画は、現代ゾンビ映画の原点たるジョージ・A・ロメロ監督作品『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(1968年)と共に「アメリカ史上最も重要なインディーズ映画」とも称されている。

文=高橋諭治

高橋諭治●映画ライター。純真な少年時代にホラーやスリラーなどを見すぎて、人生を踏み外す。「毎日新聞」「映画.com」「ぴあ+〈Plus〉」などや、劇場パンフレットで執筆。日本大学芸術学部映画学科で非常勤講師も務める。人生の一本は『サスペリア』。世界中の謎めいた映画や不気味な映画と日々格闘している。

<放送情報>
レザーフェイス 悪魔のいけにえ
放送日時:2024年5月13日(月)2:45~、28日(火)1:45~

悪魔のいけにえ[公開40周年記念版]
放送日時:2024年5月20日(月)21:00~、29日(水)2:00~
チャンネル:ムービープラス

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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©MCMLXXIV BY VORTEX, INC. / ©2017 LF2 PRODUCTIONS / ©MCMLXXIV BY VORTEX, INC. /

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