『逆転のトライアングル』『フレンチアルプスで起きたこと』
リューベン・オストルンド監督作で「人間らしさ」を考える

少なくともこの人が人間らしさをどう定義しているかはわかる気がする

人間らしさ、とはなんだろう。隣人を想う気持ち？社会的道義に基づいた行動？もしくは心の揺らぎや割り切れなさ、メリットを越えたところにある執着のような情念か。どう考えても倫理的に許されるはずもない戦争がそこかしこで続いている今、いがみ合い殺し合うことこそが人間らしさなのかもしれないな、と絶望に似た気持ちすら抱く。そもそも人とはなんぞや。「人」自体の意味はホモサピエンスを指すのだろうけど、倫理から逸脱した行動をしでかす個体に対し「人でなし」という言葉を用いることを考えれば、ただその種族のみを指すとも言い難い。ついつい使いがちな言葉ではあるけれど、実はどんな言葉よりも茫漠として掴み切れないものなのかも。

ただ、そんな人の数だけ存在するであろう「人間らしさ」だけれど、少なくともこの人が人間らしさをどう定義しているかはわかる気がするな、と思ってしまうのがスウェーデンのリューベン・オストルンド監督だ。この人の作品は、どれもこれもとにかく…意地が悪い！ブラックユーモア満載に人間の「人間らしい」部分を抉る眼差しの鋭さはキレッキレで、あまりの居心地の悪さに冷や汗たらり。そのシビアな世界観、いたたまれない人間関係の描写に思わず笑ってしまう、というか笑うしかないダークコメディが持ち味だ。今回紹介する3作品は「男のメンツ」なるものに翻弄され散々な目に遭う男たちが主人公。女性の私が見てもかなりあいたたた、という気持ちになるのだ。男性はさらに気まずさを感じるのでないだろうか。

『フレンチアルプスで起きたこと』(2014年)は、第67回カンヌ国際映画祭である視点部門・審査員賞に輝いている。フランスの高級スキーリゾートにバカンスにやってきたスウェーデン人一家。ある日、ゲレンデのテラスにて家族4人で食事をしていたところ、人工的に起こされた雪崩が予想以上の勢いを見せ、テラスに向かってきた。幸い大事には至らなかったが、雪崩の瞬間に夫トマス(ヨハネス・バー・クンケ)の取った行動は妻エバ(リーサ・ローヴェン・コングスリ)をはじめとする家族を大いにがっかりさせ、やがて平穏だったはずの家族関係はどんどんと歪んでいくことになる。

美しくもどこまでも冷たいフレンチアルプスの自然に無表情な管理人。雪崩を起こす際の爆発音、執拗に繰り返し流れる爆音のヴィヴァルディ「四季」から「夏」。それらが織りなす不穏な気配は映像に終始緊張感を漂わせていて、もはやホラーのよう。

命の懸かった究極の状況で本能のままに取った行動を責められるはずもない、と理解している一方で、その姿に幻滅してしまう気持ちもやはりわからざるを得ない。「そんなつもりなかったんだ！」とか言われても、はいはいでもそれがあなたの本心なんでしょ…と冷めてしまったらもう元には戻りようがないものなあ。自分のしたことをわかっていながら決して認めないトマスの姿も、まるで冗談のように笑いながらも彼のしたことをねちねちとトマスの目の前で周囲の人に語るエバの姿も、あまりに「人間らしく」てひえ～と思わず声を上げてしまった。トマスの情けなさをこれでもかと描写したその先にあるラストもまたキレッキレ。男の情けなさを詰るあなたも同じ穴の狢、と指差し笑う、意地悪だけど、どこまでもフェアな作品だ。夫婦やカップルで観るのはやめた方がいいかも。

オストルンド監督が初めてカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したのが『ザ・スクエア　思いやりの聖域』(2017年)。現代アート美術館のキュレーターとして確固たる地位を築いているクリスティアン(クレス・バング)は、ある日、スリに遭って財布やケータイを盗まれてしまう。ケータイの位置情報から犯人のいる建物を特定したクリスティアンは、自分の持ち物を取り戻すためにとある愚かな行動を取るが、そのことをきっかけに様々な事件に巻き込まれることになる。

男性のプライドへのこだわりのバカバカしさはもちろんのこと、加えて隣人愛や助け合いの精神を説きながら、その実存在する社会格差から他者を見下すブルジョワやインテリたちの欺瞞を容赦なく詳らかにしている本作。いや～な予感がした後に案の定いや～なことが起こるのがもうたまらない。でもこの偽善、弱さ、狡さにだらしなさ、ここまでとは言わないけれど全部身に覚えがあるんだよなあ。現代社会に対する皮肉の痛烈さからくるあまりの気まずさがかえって滑稽で、ははは…と引きつった笑みを浮かべてしまった。

愚かで、不平等で、狡くて、それでも良くありたいと葛藤する

そしてオストルンド監督の最新作が『逆転のトライアングル』(2022年)。第75回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールなどに輝き、第95回アカデミー賞では作品賞や監督賞など3部門にノミネートされた。

男性モデルのカール(ハリス・ディキンソン)とインフルエンサーのヤヤ(チャールビ・ディーン)の2人はカップルだけれど、ヤヤの方が活躍し、収入も多いことにカールは内心嫉妬している。そんな2人は様々な金持ちたちが集う豪華客船のクルーズに参加することに。しかし、船が嵐に遭い、海賊に襲われ難破。やがて何もない無人島に流れ着いたことをきっかけにバケーションから一転、生き残りを懸けたサバイバルが始まる。

冒頭から始まるどっちが奢るか口論の攻撃力といたたまれなさよ。嘔吐シーンがある映画はたいてい良い、というのが私の持論なのだけれど、この映画は期待以上の嘔吐シーンがお楽しみいただける。かなりハードな描写なので、お食事中の鑑賞は控えた方が無難かも。直接的に汚いシーンに加え、群像劇の中でコロコロと各々の立場を変えながらも、階級社会や資本主義、なにより監督自身が各所で「beauty as a currency(通貨としての美)」と言っていた通りルッキズムやエイジズムなど、社会が抱える様々な問題や不均衡といった汚い部分をブラックな笑いで暴いていく手腕の切れ味といったら。底意地の悪さはそのままに、ここまでの3作品の中ではもっともエンタメ性が高く、しっかり笑えるブラックコメディに仕上がっている。

オストルンド監督が作品の中でどうしたって平等にはいられないそのさもしさや不完全さ、愚かしさを見せつけてくるたびに、人間なんてこんなものだよ、と言われているように感じる。それはそう。心優しく助け合いの精神こそが人間だ！なんて言われたら私だって笑っちゃうかも。そんな性善説で生きていけるほど、世界は平和じゃない。けれど、そんな醜いキャラクターたちも彼らなりの思いを抱えていて、このままでいいはずがないと葛藤する様子が同時に描かれていて、その清濁合わせて人間なのだなあと圧倒されてしまう。愚かで、不平等で、狡くて、それでも良くありたいともがき続ける。それが私の思う、人間らしさです。あなたは、どう思いますか？

文＝宇垣美里

宇垣美里●1991年生まれ　兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサー・俳優として、ドラマ、ラジオ、雑誌、CMのほか、執筆活動も行うなど幅広く活躍中。

＜放送情報＞
逆転のトライアングル
放送日時：2024年5月26日(日)21:00～

ザ・スクエア　思いやりの聖域
放送日時：2024年5月26日(日)23:40～

フレンチアルプスで起きたこと
放送日時：2024年5月27日(月)2:15～
チャンネル：WOWOWシネマ

逆転のトライアングル
放送日時：2024年5月31日(金)16:30～
チャンネル：WOWOWプライム
※放送スケジュールは変更になる場合があります