前科者の男性と脳性麻痺の女性が、心を通わせていく姿を映し出す『オアシス』

周囲からは理解されないふたりの、困難で純粋な愛
名匠イ・チャンドン監督の3作目『オアシス』

2024/04/29 公開

世間から疎外されたふたりの愛の物語は、観客に多くを投げかける

『パラサイト 半地下の家族』(2019年)のポン・ジュノや『別れる決心』(2022年)のパク・チャヌク、ドラマ「イカゲーム」のファン・ドンヒョクなど、世界を驚かすような作品を生み出してきた韓国の監督たち。さらに、忘れてはならないのが、デビューから19年間で6本と作品数は少ないものの、そのいずれもが観客たちの心を揺さぶってきたイ・チャンドン監督だ。今回紹介する『オアシス』(2002年)は、そんな彼の第3作にあたる。

交通事故で人を殺めた罪で入った刑務所から出所後、家族からも疎まれ、行き場のない前科3犯の男ジョンドゥ(ソル・ギョング)。被害者の遺族を訪ねるため古びたアパートに向かった彼は、そこで脳性麻痺のため家から一歩も出ずに暮らしている女性コンジュ(ムン・ソリ)と出会う。一度は欲望のままに彼女を襲おうとしてしまったジョンドゥだったが、次第に彼女と真剣に付き合いたいと思うようになる。やがてコンジュも心を許し始めるが…。

ヴェネチア国際映画祭など、多くの映画賞に輝いている

43歳で小説家から映画監督に転身したイ・チャンドン監督。「可能な限り、ありのままの韓国の人たちの生き方を撮りたいと思った」というデビュー作『グリーンフィッシュ』(1997年)、一人の男の人生と韓国現代史の絡み合いを、時間を遡りながら描いた『ペパーミント・キャンディー』(1999年)に続く今作は「愛についての映画」だ。もちろん、イ・チャンドンが一筋縄のラブストーリーを作るはずもなく、「観客が一番、愛し難い人たち」を主人公に選び、彼と彼女の困難で美しい愛を描いた。このことについて日本での初公開時に行ったインタビューでは「この映画において愛とは心を通わせること、それも密度が濃く美しい心の通い合いです。一番心を通わせ難い人を主人公にすれば、そこから発生する問題がたくさんあり、より本質に近づける」と語ってくれた。

コンジュの空想を表しているかのような、ファンタジカルなシーンも美しい

家族たちからも厄介者扱いされている前科者のジョンドゥと脳性麻痺のコンジュの恋は周りの誰からも理解されないが、そのことが逆に彼らから目を背けようとする周りの人々の「醜さ」を強く伝える。そして、観客自身の常識と偏見についても厳しい問いが投げかけられる。また、シビアな設定の一方で、コンジュが、つかの間、自由に歩いたり、鏡に反射した光が鳥に変わったりといった幻想的なシーンも登場。やや唐突にも感じられるこれらのシーンについての解釈も、観る人それぞれに委ねられている。

わずかな希望を探し続けて。イ・チャンドンの、深くて豊かな作品世界

企画を考え始めた当初は「こんなふたりの恋愛映画を見にくる観客がいるはずがない、それに、誰がこの役を演じられるのか、という声が周囲から上がりました。そもそも企画自体が不可能だという見方をされていました」という今作。しかし、共に韓国映画界を代表する俳優へと成長していくムン・ソリとソル・ギョングが見せた迫真の演技によって、そんな懸念は吹き飛ばされ、ヴェネチア国際映画祭でも、監督賞や新人俳優賞(ムン・ソリ)などを受賞した。

真冬に半袖姿でバスを降りてくる登場シーンからジョンドゥになりきったソル・ギョングは、イ・チャンドンの第2作『ペパーミント・キャンディー』で実力を認められ、その後『公共の敵』シリーズや『力道山』(2004年)といった大作に主演。近年もイム・シワンと共演した『名もなき野良犬の輪舞』(2017年)で熱狂的な支持を得るなど活躍が続いている。

カメレオン俳優ソル・ギョングの、数ある作品の中でも印象に残る1作

一方、同じく『ペパーミント・キャンディー』で、ソル・ギョング演じる主人公の初恋の人を可憐に見せていたムン・ソリは、当事者と長い時間を過ごしながら役作りに打ち込み、コンジュという魅力的な人物を作り上げた。近年は「クイーンメーカー」などのドラマでも活躍しているほか、『三姉妹』(2021年)ではプロデューサーも務めている。また、ジョンドゥの弟を『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021年)などのリュ・スンワン監督が演じているのでお見逃しなく。

脳性麻痺を患ったコンジュに扮したムン・ソリの演技はまさに圧巻

イ・チャンドン監督は今作の後、幼い息子を亡くした女性の苦悩を見つめる『シークレット・サンシャイン』(2007年)、実際に起きた未成年者による暴行事件を加害者の祖母である高齢女性の視点から再構成する『ポエトリー アグネスの詩』(2010年)、村上春樹の短編を映画化した『バーニング 劇場版』(2018年)を発表。2022年には、全作品の撮影場所を自ら訪れ、作品の背景について語るドキュメンタリー『イ・チャンドン:アイロニーの芸術』(アラン・マザール監督)も制作された。

人生の本質が苦痛であることを見定めながら、それでもなお、その中にあるわずかな希望を探し続けているかのように見えるイ・チャンドン。「私の映画を暗いという人がいるけれど、現実は暗くても、映画の中では願いや望みを語りたいと思います。自分の夢を観客に伝え、観客がそれに応えてくれたら、そこから希望が始まるのではないかと考えています」という彼の言葉からは、映画とそれを観る人たちに対する信頼が感じられる。今作をきっかけに、その深くて豊かな作品世界の魅力を一人でも多くの人に感じてほしい。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「韓国映画で学ぶ韓国の社会と歴史」(キネマ旬報社)、「作家主義 韓国映画」(A PEOPLE)など、訳書に「私書箱110号の郵便物」(アチーブメント出版)がある。

<放送情報>
オアシス[HDデジタルリマスター版](2002)
放送日時:2024年5月8日(水)14:10~、17日(金)23:00~
チャンネル:スターチャンネル2

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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