のちに『マトリックス』を手掛けるウォシャウスキー姉妹のデビュー作『バウンド』

映像感覚、キャラクター設定にもセンスの高さが見え隠れ
『バウンド』に見るウォシャウスキー姉妹の布石

2024/04/29 公開

犯罪サスペンスや心理スリラーといったカテゴリーの映画は、その高い割合と強い印象から「若手監督の登竜門」と捉えている人は少なくない。実際に有名監督の多くが、このジャンルを契機とし、多くの観客にインパクトを与えている。例えば、『2001年宇宙の旅』(1968年)の名匠スタンリー・キューブリックは、競馬の売掛金強奪を錯時的に描いた初期作『現金に体を張れ』(1956年)で作り手としての価値を示したし、コンビ監督の代表格、ジュエル&イーサンのコーエン兄弟は、ボタンの掛け違いからくる殺人の連鎖を描いた『ブラッド・シンプル』(1984年)で、初手から新人離れした衝撃を放った。

ほかにも銀行強盗をはたらいた男たちの裏切りに迫る初監督作『レザボア・ドッグス』(1991年)が、クエンティン・タランティーノのキャリア始動に弾みをつけたのは知られているし、過日『オッペンハイマー』(2023年)で米アカデミー賞7部門を獲得したクリストファー・ノーランも、他者の領域に入り込む侵犯ミステリー『フォロウィング』(1998年)を足がかりに、のちの輝かしいキャリアへと発展させている。それぞれ理由は挙げると尽きないが、映画ファンの多くがこのジャンルを好む傾向にあるし、なによりよくできたアイデアがあれば低予算で制作を可能にすることが、最も大きな要因と言えるのではないだろうか。

マフィアの金を盗むため、はぐれ者の女性2人がタッグ

1996年に発表された本作『バウンド』も、監督であるラリー&アンディ・ウォシャウスキー兄弟の名を世界に浸透させ、今日においても彼らの代表作として知られる『マトリックス』シリーズ(1999~2021年)を生み出すきっかけを与えた、見事に登竜門のたとえを実証する犯罪サスペンスだ。

ホテルで配管修理をしている一人の女性がいた。名はコーキー(ジーナ・ガーション)。彼女はかつて仲間の裏切りに遭って捕まり、出所後はマフィアの口利きのもと、補修仕事を請け負っている。

そんな反社会的な臭気の充満する現場に、ある日、マフィアの構成員であるシーザー(ジョー・パントリアーノ)の愛人、ヴァイオレット(ジェニファー・ティリー)が姿を現す。LGBTの属性にあるコーキーはミステリアスな彼女に惹かれて一夜を共にするが、ヴァイオレットのコーキーへの接触は、ある目的を秘めていた。それは200万ドルという裏金をシーザーから盗むため、共犯を持ちかけるべくコーキーにコンタクトしたのだ。

マフィアの構成員の愛人、ヴァイオレット(『バウンド』)

『マトリックス』へとつながるウォシャウスキーの映像感覚

主体性を欠く人生の再起を懸け、マフィアの巨額の金を奪おうとする彼女たちの計画は、はたして成功するのか―?タイトルの『バウンド』は「束縛する」を意味し、物語に直結している。事実、このスリラーはホテルの部屋を主舞台とし、限定された空間がサスペンスを引き締め、観る者の緊張感を高めていく。失敗したら死を免れないリスキーな彼女らの勝負は、自分たちと観客の心理を、緊張と興奮の極みへと束縛していくのである。

コーキーとヴァイオレットは200万ドルの裏金をシーザーから盗もうとする(『バウンド』)

このような秀逸なアイデアは、秀逸な演出をもってこそ成立する。ウォシャウスキー兄弟はコミックアーティストとしての前歴にふさわしく、ワンシーン、ワンショットを研ぎ澄まされた構図やアングルで捉え、グラフィカルな意匠を持続させて観る者をドラマに引き込んでいく。そしてラリーとアンディの持つ優れた映像感覚は、インディの舞台から彼らを誘導し、メジャーの大きなプロジェクト『マトリックス』へと向かわせていくのである。

ヴァイオレットらの危険な賭けは成功するのか?(『バウンド』)

なによりこの作品は、血生臭いバイオレンスの世界に女性の視点を投入し、ジャンルのニュアンスや傾向を新しいものにしている。加えてLGBTという主人公たちの設定が、この犯罪サスペンスに多層的な感情の推移や、より複雑な心理変化をもたらし、視覚センス以上の奥深い価値を与えているのだ。邪推ではあるが、後年、こうしたジェンダーを越境したアプローチが上辺だけのものでないことを、ウォシャウスキー兄弟が自らを女性化(ラナ&リリー・ウォシャウスキー名で性転換)することで示したといえるのかもしれない。

文=尾崎一男

尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
バウンド [R15+]
放送日時:2024年5月18日(土)15:15~、21日(火)14:30~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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