高校生にしてプロ棋士となった青年の成長と、人々とのつながりを描く『3月のライオン』(『3月のライオン 前編』)

人とのつながりが主人公を変えていく『3月のライオン』
棋士たちの人生を切り取る温かなドラマに注目

2023/03/06 公開

様々な人生を抱える棋士たちのドラマを丁寧に描く

「才能」って、何なのか?自分の「居場所」はどこにあるのか?将棋の世界を舞台に、プロ棋士の高校生男子を主人公にした『3月のライオン』(2017年)は、人生における究極の問いを突きつけてくる濃厚な物語だ。『ハチミツとクローバー』(2006年)に続く羽海野チカの2作目となる連載コミックの実写映画化であり、「るろうに剣心」シリーズの大友啓史監督が、主演に神木隆之介を迎え、前・後編合わせて5時間近い贅沢なボリュームでじっくりと描き切った。

中学生でプロ棋士としてデビューした桐山零(神木)は、まだ高校生でありながら、東京の下町で一人暮らしをしている。幼い頃に交通事故で家族を失い、父の友人だった棋士の幸田(豊川悦司)に内弟子として引き取られていたのだが、ある事情から家を出るしかなかったのだ。深い孤独を抱え、ただ生きるために必死に将棋を指し続けてきた零は、ある日、近くに住む川本家の三姉妹と出会い、彼女たちとのにぎやかな食卓に安らぎを感じる。そして、温かい支えを胸に、零が挑む盤上の戦いには、将棋の神の子と恐れられる宗谷名人(加瀬亮)を頂点に、様々な人生を背負った棋士たちが待ち受けていた…。

原作者の羽海野は、2007年から青年コミック誌「ヤングアニマル」にて「3月のライオン」の連載を開始。膨大なリサーチと試行錯誤を重ね、羽海野本人が心身を削るようにして生みだしてきた普遍的な物語は、瞬く間に幅広い読者層の心をわしづかみにし、第4回マンガ大賞2011、第35回講談社漫画賞一般部門、第18回手塚治虫文化賞マンガ大賞、第24回文化庁メディア芸術祭賞マンガ部門大賞など、数多くの栄えある賞を受賞。単行本は16巻まで刊行され(2023年2月現在)、いまも連載が続いている。

両親を事故で失い一人暮らしをしていた零は、川本家と出会いにぎやかな食卓を囲むように(『3月のライオン 前編』)

国民的人気コミックであればあるほど、キャスティングのハードルは上がる。しかし、本作の主人公・桐山零を演じた神木隆之介は、まさに「彼しかいない!」と思わせる俳優だった。華奢な体型に、ちょっとボサボサの髪、黒ぶちメガネをかけたビジュアルは、原作で描かれる零そのもの。繊細で、どこか憂いがあるけれど、芯の強さを感じさせる雰囲気も、彼の個性と合っている。神木自身がもともと原作の大ファンであり、幼い頃に祖父から将棋の手ほどきを受けていたこともよかった。そしてなにより、ジャンルは違えど、天才子役として活躍してきた神木と、若き天才棋士と注目を浴びてきた零のバックグラウンドが重なって見える点が、零の人物像に3次元としての立体的な奥行きを加えることになった。

原作は、桐島零という青年の成長物語を縦軸に、彼を取り巻く個性豊かな棋士たちや川本三姉妹といった様々なキャラクターたちの姿を生き生きと描く群像劇でもある。映画でさらりと描かれる1人1人のエピソードが、実はそれぞれ一つの作品として成立するほど濃いため、必然的に彼らを演じるキャスト陣にも主役級のメンバーが集められた。

零が引き取られた父の知人、幸田の娘を有村架純がパワフルに体現(『3月のライオン 前編』)

亡くなった友人の息子である零を引き取る棋士の幸田役に豊川悦司。その娘の香子役に有村架純。川本家の長女あかり役に倉科カナ。次女ひなた役に清原果耶。零の担任教師・林田役に高橋一生。天才棋士・宗谷名人役に加瀬亮。零と同世代の熱血棋士・二階堂役に染谷将太。零が慕う人格者の棋士・島田役に佐々木蔵之介(ちなみに偶然にも羽海野は、佐々木をモデルにして島田のビジュアルを造形していたという)。香子と恋愛関係にある棋士・後藤役に伊藤英明。零の先輩棋士・スミスこと三角役に中村倫也。こんな顔ぶれが各々のシーンを全力で演じているので、もう全編がクライマックス!といった感じである。

『前編』は17歳の零がストイックに将棋バトルを続け、もがきながらも、プロ棋士として自分の足で立とうとする物語。『前編』の始まりから1年後という設定の『後編』は、零の周りにいる人々によりスポットを当て、川本三姉妹が直面するいくつもの試練をメインに、登場人物たちそれぞれが背負うドラマも描かれていく。原作は現在も連載中のため、ラストはもちろん映画オリジナル。絶対的な孤独を抱えていた『前編』の零と、人とのつながりを感じられるようになった『後編』の零では、顔つきが変わって見えるのが印象的だ。

重厚な棋風で対局相手を圧倒するA級棋士の後藤(『3月のライオン 後編』)

見た目の動きが少ないからこそ、役者陣の演技ぶりが光る

千駄ヶ谷の将棋会館や鳩森八幡神社をはじめ、聖地巡礼したくなる魅力的なロケ地の数々。盆や正月など、懐かしさを覚える日本の季節の行事の描写。唐揚げやカレーライス、ポテトサラダといった鉄板メニューが多い川本家の美味しそうな料理。本作の見どころはたくさんあるものの、一つだけ挙げるとしたら、やはり将棋の対局シーンになるだろう。将棋が好きな人はもちろんのこと、将棋をまったく知らない人が観ても、魂と魂がぶつかり合う戦いの迫力が痛いほど伝わってくるのが、この映画のすごさだ。

大友啓史はダイナミックなアクションシーンを得意とする監督だが、マインドゲームである将棋のバトルは見た目の動きはとても少ない。台詞もほとんどない。制約だらけの状況の中で、棋士たちの激しい戦いを映像で表現するために監督が選んだのは、CGや奇抜なアングルなどは使わず、ただひたすら正攻法で、カットごとに省略せずに、長回しでじっくりと撮ることだった。ここで芝居ができる役者たちを揃えたことが効いてくる。

獅子王戦トーナメントを目前に控えた棋士たちだが、それぞれ問題を抱えていた(『3月のライオン 後編』)

原作コミックと同様、将棋監修はプロ棋士の先崎学が担当。撮影現場で考証をする棋士のチームも作られ、劇中では一瞬しか映らないような将棋でも、初手から最終手まですべての棋譜が作られたという。キャスト陣も一手ごとに、なぜその指し手になったのかを教わり、後々の展開もすべて理解した上で将棋盤に向かっていたため、対局中の表情、動作の演技に嘘がない。原作のモノローグを減らしているにもかかわらず、盤を挟んで向かい合った2人が何を感じ、何を考えているか、内面の心の動きが手に取るようにわかるのだ。

役づくりの一環として、棋士役のキャストたちには、1人に一つの将棋盤と駒、ルール本、対局の動画集の自主練セットが貸し出されたというが、劇中、繰り返しアップで映し出される、彼らが駒を触る手つき、指し方の美しさも注目ポイント。いまや一般にもおなじみとなった、対局中のおやつタイムもクスッと笑えるシーンになっている。

本作公開の前年である2016年、現実の世界では、藤井聡太が史上最年少で四段昇段。零と同じく、中学生でプロ棋士となった。神木は本作の撮影前に、王将戦の郷田真隆王将と羽生善治名人の対局を見学したというが、奇しくも今年2023年の将棋界は、最年少五冠の藤井聡太王将とレジェンドの羽生善治九段の王将戦で幕を開けている。本作の宗谷名人は羽生の面影を感じる人物であり、零も藤井との共通点が多いキャラクターだ。もはやリアルがフィクションを大きく上回っているかのような不思議な感覚さえ覚える。

様々な思いを持って将棋に打ち込む人々の姿を捉えている(『3月のライオン 後編』)

なぜ将棋を指すのか?はっきりとした結論は見出せないまま、どんなに苦しくても、ボロボロになっても、将棋を指し続ける『3月のライオン』の棋士たちの姿は、年齢、性別、職業を問わず、先が見えなくても、長い人生を続けていくすべての人の胸を打つ。人生に迷った時、自信を失った時、観るたびに、ふつふつと勇気が湧いてくる作品だ。

文=石塚圭子

石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、さまざまな世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。

<放送情報>
3月のライオン 前編
放送日時:2023年3月12日(日)17:30~、23日(木)20:30~

3月のライオン 後編
放送日時:2023年3月12日(日)20:00~、24日(金)20:30~
チャンネル:衛星劇場

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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