同じ俳優が演じているとは思えないほどの表現力を持つ阿部サダヲ(『死刑にいたる病』)

日本が誇るつかみどころのない個性派!
俳優、阿部サダヲの「顔」に惑わされる…

2023/10/23 公開

この世界には、「阿部サダヲ」という俳優が何人もいるのかもしれない。いや、似た芸風の兄弟が、演じる役のキャラクターに合わせて順番に出ているのかもしれない。な~んてことを思ってしまうぐらい、阿部サダヲはつかみどころのない不思議な俳優だ。

エキセントリックな役柄だけにとどまらない自然で繊細な演技力

「大人計画」に所属する舞台俳優としてキャリアをスタートさせ、宮藤官九郎、皆川猿時らとパンクコントバンド「グループ魂」を結成した阿部は、個性派揃いの大人計画の俳優陣の中でもキャラが濃く、リミッターを外したら、どこまでも突き抜けた快演をすることは誰もが知るところだ。

それこそ、「阿部サダヲ」と聞いただけで、『舞妓Haaaan!!!』(2007年)や『ヤッターマン』(2009年)、『謝罪の王様』(2013年)などのコミカルなオーバーアクトを思い出す人も多いと思うが、興味深いのは、そのやや過剰とも思える独特の芝居やインパクトのある個性的な顔が、コメディ以外の作品にもきちんとハマること。

その証拠に、2019年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」では中村勘九郎(六代目)とW主演を務め、行定勲監督の『リボルバー・リリー』(2023年)では山本五十六を自身の存在感と空気を消すことなく成立させていたのも記憶に新しい。

芝居のテイストやアプローチは変わらないけれど、阿部はひょっとして、役によって力の入れ方や振り切り方をコントロールし、髪型や浮かび上がる感情の量を調節しながら顔の印象まで変えているのではないか?本人はそれを意識することなく、自然にこなしているのかもしれない。

例えば、嶽本野ばらの同名小説を『告白』(2010年)などの鬼才、中島哲也監督が実写化した『下妻物語』(2004年)。本作の阿部は出演シーンこそ少ないものの、青いスカジャンとエナメルの靴でキメる、超絶長いリーゼントがトレードマークのパチンコ屋店員を熱演していた。そのルックスから「一角獣」の異名をとる、全身ギャグ漫画みたいなキャラになりきり、くねらせた指や暴走しまくる強烈なパフォーマンスで観る者の目を釘づけに。土屋アンナが扮した地元の暴走族少女・イチゴがひと目惚れする展開にも説得力を持たせていた。

かと思えば、実話が原作の『奇跡のリンゴ』(2013年)では、私財を投げ打ち、不可能と言われていた「リンゴの無農薬栽培」に挑む主人公・秋則を、持ち前の人懐っこいキャラで体現。仲間にも白い目で見られ、爪弾きに遭いながらも最後まで諦めなかった秋則の10年におよぶ悪戦苦闘の日々は、悲惨以外の何ものでもない。違う俳優が演じていたら、もっとシリアスで重い映画になっていたかもしれないが、阿部が演じているからこそ過酷な状況もそこまで深刻な空気にならないし、失敗を繰り返しても決してめげないその人柄は自然と応援したくなる。

「リンゴの無農薬栽培」に挑む主人公を魅力たっぷりに演じた『奇跡のリンゴ』

それこそ、次々に変わる阿部の豊かな表情は本作の命だ。無農薬栽培に最初に失敗した時に、「面白い!リンゴは面白いな~」と言って見せる笑顔。友人から「もうやめろ!」と言われても、「ここで諦めるってことは、人類が諦めるってことさ」と突っぱねる強い眼差し…。なかでも、山﨑努が演じた義父に対して見せるいくつかの表情とクライマックスの「その時」まで取っておいた秋則のすべての想いを伝える目の輝きには心を揺さぶられる。そんな繊細な瞳の表現を飄々とやってしまうのだから、阿部はとんでもない。

秋則の前向きさや粘り強さを繊細な瞳の表現などで体現(『奇跡のリンゴ』)

さらに、池井戸潤の同名ベストセラーを映画化した『シャイロックの子供たち』(2023年)でも等身大の人物、西木雅博を演じているのだが、ここではキャラを際立たせるフィクションならではのフィルターを重ねているような印象を受ける。メガバンクの不祥事の真相究明にあたる雅博に扮したその物腰や目の動き、発声の仕方が『奇跡のリンゴ』の時よりやや芝居がかっているし、同じ池井戸の小説が原作とはいえ、あの「半沢直樹」の主人公の決めゼリフまでさらりと言ってのける周到さだ。それでいて、過去の失敗を口にする際には憂いの表情を浮かべ、雅博をいろいろな顔を持つ魅力的なキャラとして着地させていた。

ベテランお客様係の主人公がメガバンクの不祥事の真相究明にあたる『シャイロックの子供たち』

優しさと狂気を見事に演じ分けた阿部サダヲの真骨頂『死刑にいたる病』

そんな阿部の多彩な顔、スゴさを改めて思い知るのが『死刑にいたる病』(2022年)だ。櫛木理宇の同名小説を『凶悪』(2013年)、『孤狼の血』シリーズの白石和彌監督が映画化した本作で彼が演じたのは、24件の殺人容疑で逮捕され、死刑判決を受けたシリアルキラーの榛村大和。地元のパン屋で働いていた榛村は、親しみやすい物腰と笑顔で制服姿の中学生たちとの距離を縮め、ターゲットに選んだ少年少女たちを監禁し、殺害していった。

少年少女を監禁、殺害し、24人もの殺人容疑で逮捕されたシリアルキラーを演じた『死刑にいたる病』

状況によって態度や表情を変化させる榛村は、それこそ阿部のために用意された役と言ってもいいかもしれない。相手を油断させるパン屋のおじさんとしての優しい笑顔と(白石監督の指示でホワイトニングを行った)真っ白な歯、被害者たちに拷問を繰り返す際の恍惚とした表情、そして面会室のシーンで見せる人間のものとは思えない輝きを失った瞳。同じ一人の人間なのに、まるで違う印象を受けるこの最凶モンスターには、阿部のすべてが注ぎ込まれている。

優しいパン屋のおじさんの顔とシリアルキラーの顔との演じ分けが驚異的!(『死刑にいたる病』)

白石監督は『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)でも阿部を起用しているが、その際、電車に駆け込み乗車をしてきた男を突き飛ばすシーンで見せた阿部のガラス玉のような空虚な目が印象に残っていて、榛村役をお願いしたと公言。それがまんまと奏功していることは、フレンドリーから極悪非道の極地へと変化する本作のおぞましい阿部を目の当たりにすれば明らかだ。

果たして、日本が世界に誇る稀代の演技派俳優は、次はどんなキャラ、どんな表情で観る者を驚かせるのか?楽しみでしかない。

文=イソガイマサト

イソガイマサト●映画ライター。独自の輝きを放つ新進女優、ユニークな感性と世界観、映像表現を持つ未知の才能の発見に至福の喜びを感じている。「DVD & 動画配信でーた」「J Movie Magazine」「スカパー! TVガイド」「ぴあアプリ」「MOVIE WALKER PRESS」や劇場パンフレットなどで執筆。映画やカルチャー以外の趣味は酒(特に日本酒)と食、旅と温泉めぐり。

<放送情報>
下妻物語
放送日時:2023年11月1日(水)7:55~、9日(木)18:50~

奇跡のリンゴ
放送日時:2023年11月8日(水)7:30~、21日(火)18:30~
チャンネル:チャンネルNECO

死刑にいたる病<PG-12>
放送日時:2023年11月6日(月)21:25~、14日(火)21:20~
チャンネル:日本映画専門チャンネル

シャイロックの子供たち
放送日時:2023年11月25日(土)20:00~
チャンネル:WOWOWシネマ

放送日時:2023年11月26日(日)10:00~
チャンネル:WOWOWプライム

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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