アニエス・ヴァルダ監督が自身の創作活動を振り返るドキュメンタリー『アニエスによるヴァルダ』

いつでも新鮮な驚きを与えてくれる!
時代の先を歩み続けたアニエス・ヴァルダ

2024/02/26 公開

フランス映画をあまり観てこなかった。若い時にもっとたくさん観ておけば、と今さらながらに思う。若い時に出会うのと、ある程度年を重ねてから出会うのでは、新鮮さも衝撃の度合いも違ってくる。でも、なかには年をとってから観ても衝撃的な映画がある。歴史を変えたヌーヴェル・ヴァーグの映画群もそうだろうし、今回まとめて観たアニエス・ヴァルダ監督の映画もそうだ。

ヌーヴェル・ヴァーグの先駆けとなった先鋭的な視点

コロナ禍の直前、2019年にヴァルダ監督は90歳で亡くなった。その生涯を通じての活躍は凄まじい。彼女の長編劇映画デビューは1955年の『ラ・ポワント・クールト』。南フランスの小さな漁村を舞台に、実在の人々を捉えるドキュメンタリー的な視点と、一組の男女の愛の終わりの過程を交互に見せていく。

この映画は、ジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』(1960年)よりも5年、フランソワ・トリュフォー監督の『大人は判ってくれない』(1959年)よりも4年早く製作され、そのため「ヌーヴェル・ヴァーグはここから始まった」とも言われる。

先駆的な映画製作を行なったヴァルダ監督自身も「ヌーヴェル・ヴァーグの祖母」と呼ばれることがあるらしい。この映画の瑞々しい演出と、まるで子どもがワクワクしながら港町の風景を見つめていくようなまなざしは、今観てもまったく古びていない。「映画作りについてまったく知らなかった」というヴァルダ監督の才能がこの時点で爆発している。編集を、のちに『去年マリエンバートで』(1961年)などを撮るアラン・レネ監督が担当しているのも注目だ。

小さな漁村を舞台に、関係に終止符を打とうとする一組の夫婦を映しだす『ラ・ポワント・クールト』

ヴァルダ監督の最高傑作の一つと言っていいのが、1961年製作の『5時から7時までのクレオ』。若く美しい歌手のクレオはがん検査の結果を待ちながら、恐怖と闘っている。彼女は医師と会う夜7時までの時間を、友人と会ったり、パリの街をさまよったりしながら不安とともに過ごす。そして、最後にがん検査の結果を知らされる。

タイトル通り、午後5時から7時までの2時間を描いた映画だ。クレオを演じたコリンヌ・マルシャンの美しさもさることながら、彼女を捉えたカメラも素晴らしい。前半は歌手として華やかな生活を送るクレオを、白を基調とした世界で映していく。パリらしいおしゃれなファッションも見どころの一つ。なにより注目は、カフェや街中、部屋などに置かれたたくさんの鏡を使った演出。様々な鏡面を使いながらクレオの可憐さと不安を捉えていく技術がすごい。歌手として、他者から見られることを意識し続けるクレオの一面を鏡で表現しているのは間違いない。

しかし、ある瞬間以降、鏡はまったく登場しなくなる。これはクレオに変化が訪れたタイミングで、それ以降クレオはそれまで見ていなかった世界に気づき、自分が本当に必要としているものと出会う。歌手という役割を脱ぎ捨てて、世界の楽しさについて心から語り合える男性である。この後半パートの会話と道行きは、それだけで一編の映画を観ているようで素晴らしい。リチャード・リンクレイター監督『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)』(1995年)という、旅先の男女の出会いを描いた傑作があるけれど、その先駆的な映画と言えるだろう。

ガンの検査結果を待つ若い女性歌手、クレオの5時から7時までをリアルタイムで描く『5時から7時までのクレオ』

自身を語る遺作となったドキュメンタリー『アニエスによるヴァルダ』

ヴァルダ監督はフィクションだけでなく、ドキュメンタリー映画もたくさん撮った。『ダゲール街の人々』(1975年)、『落穂拾い』(2000年)、『顔たち、ところどころ』(2017年)など、どの映画も街の人々を愛し、生活を大切にし、世界の豊かさをそっと見つめる目で切り取られている。そんな彼女の半世紀以上の創作活動を、ヴァルダ監督自身が振り返りつつ語るのが、遺作となったドキュメンタリー『アニエスによるヴァルダ』(2019年)だ。

こんなふうに映画を撮ってきたのか、と驚くような舞台裏の話もあれば、飽くことのない好奇心の源泉に触れるような瞬間もある。また、フィクションやドキュメンタリーのみならず、インスタレーションやアート活動も彼女はたくさん行なってきた。その膨大な仕事を垣間見られるのも本作の魅力の一つだろう。この映画を観て、アニエス・ヴァルダという愉快な女性を発見し、その過去の仕事を一つずつ観ていくのも、また楽しいことにちがいない。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に『SRサイタマノラッパー』シリーズ、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)、『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』(2023年)など。新作『あんのこと』が2024年6月公開。

<放送情報>
ラ・ポワント・クールト
放送日時:2024年3月2日(土)13:30~、11日(月)21:00~

5時から7時までのクレオ
放送日時:2024年3月2日(土)15:00~、12日(火)21:00~

幸福(しあわせ)
放送日時:2024年3月2日(土)16:45~、13日(水)21:00~

ダゲール街の人々
放送日時:2024年3月3日(日)13:30~、14日(木)21:00~

冬の旅
放送日時:2024年3月3日(日)15:00~、15日(金)21:00~

落穂拾い
放送日時:2024年3月3日(日)17:00~、18日(月)21:00~

アニエスによるヴァルダ
放送日時:2024年3月3日(日)18:40~、19日(火)21:00~
チャンネル:スターチャンネル2

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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