とぼけたユーモアが魅力のフィンランドの巨匠、アキ・カウリスマキの監督作を紹介(『コントラクト・キラー』)

とにかくツイてない主人公たちに向けるとぼけたユーモア
フィンランドの巨匠、アキ・カウリスマキの魅力を語る

2024/04/29 公開

アキ・カウリスマキというフィンランドの映画監督がいる。ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した『希望のかなた』(2017年)を最後に引退宣言をしたが、最近あっさりと復活した。新作『枯れ葉』(2023年)は日本でも公開され話題になった。あの引退宣言はいったいなんだったんだ。

そのとぼけた人柄と同様に、映画も独特だ。画面をひと目見て「これは、カウリスマキの映画だ」とわかる。そんな映画監督はめったにいない。

どう独特かというと、カウリスマキ監督の映画は、主人公がとにかくツイてない。仕事をしていると、だいたいすぐにクビになる。カネもない。友人も一人いればいいほうで、恋人はいるわけもなく、みながそれぞれ孤独と共に生きている。カウリスマキ監督は彼ら、彼女らをじっと見つめる。そこにとぼけたユーモアが生まれる。

カウリスマキ作品には珍しい劇的なドラマを描く『コントラクト・キラー』

カウリスマキ監督は「カウリスマキ組」ともいうべき常連俳優を起用している。ただ例外もあって、それがフランスの名優ジャン=ピエール・レオを主演に起用した『コントラクト・キラー』(1990年)だ。

イケメン俳優を起用したからといって、主人公がハッピーになるわけではない。レオ演じる主人公は長年勤めた工場をあっさり解雇されてしまう。絶望したレオ(=主人公)は自殺を図るがうまく死ねない。そこで一計を案じる。殺し屋に自分の殺害を依頼するのだ。依頼金は自分がコツコツ貯めてきた貯金。依頼はすんなりと受け入れられるが、そこで思わぬハプニングが起きる。パブで素敵な女性と出会って恋に落ちるのだ。しかし、殺し屋はすでにレオを狙い始めていた…。

劇的なドラマが少ないカウリスマキ映画において、本作はちょっと特異な作品といえる。生きる希望を取り戻した主人公と、彼を愛する女性、そして冷徹な殺し屋。フィルムノワールのような犯罪劇が、カウリスマキのとぼけた映画を包み込み、不思議な魅力を放っている。

人生に絶望した男が、殺し屋に自分の殺害を依頼する『コントラクト・キラー』

哀切の念が色濃い『マッチ工場の少女』と、不思議とハッピーな気持ちにさせられる『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』

男を主人公にすることが多いカウリスマキ監督が、女を主人公にしたのが『マッチ工場の少女』(1990年)。主役は常連俳優のカティ・オウティネン。じとっとした目つきと寡黙そうな雰囲気が特徴的な女性だ。

カウリスマキ作品の常連俳優、カティ・オウティネンが主演を務める『マッチ工場の少女』

オウティネン演じる少女は、マッチ工場で働いている。働いたカネで貧しい母と義父を養い、家事まで一人でこなしている。彼女は孤独の中にいるが、幸せを諦めたわけじゃない。ダンスパーティーに出かけて男性に声をかけられるのを待っている。だけど、声はかけられない。ある日、彼女は衝動的に高いドレスを買い、親と喧嘩をして家を飛び出す。そして、ディスコで男と出会い、一夜を共にする。

幸せの絶頂にいたのもつかの間、男にとってそれは一晩の遊びのつもりだった。一方、少女は自分が妊娠していることに気づく。なんとか男に振り向いてもらおうとするが、男は冷たく彼女を突き放す。そして少女はある復讐を決意する。

能天気な男が主人公であることが多いカウリスマキ映画に対して、本作はピュアな少女が主人公ということもあり、哀切の念が色濃く立ちこめている。ラストシーンを観終わった後に私たちの胸に去来するのは、悲しみだろうか。それとも少女の成し得た大きな仕事への拍手だろうか。

身も心も傷つけられた少女の復讐の行方はいかに?(『マッチ工場の少女』)

カウリスマキ監督の映画に音楽は欠かせない。登場人物たちはみな寡黙で朴訥としているが、音楽はその近くでいつも鳴っている。シベリアの片田舎で活動するバンドの旅を描いたのが、『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(1989年)。

全員がヤバいルックスのバンドが演奏しながらアメリカを旅する『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』

バンドメンバーのルックスがまずおかしい。極端に長いヤンキーのリーゼント風の髪型、とんがりすぎた革靴。頭の先も足の先もとんがりすぎていて、生活するのに不自由そうだ。地元でまったく芽が出ない彼らは、マネージャーの発案でアメリカへ行くことにする。でも、行く先々で「君らの音楽は古臭い」「帰ってくれ」と散々な反応。それでもめげず、というか、現実に向き合うことはせずに、彼らは淡々と旅を続ける。そのとぼけたユーモアが面白い。

一向に成功しそうにないのにどこかほっこりしてしまう(『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』)

アメリカ映画なら大団円が待ち構えていてハッピーエンドになるところを、カウリスマキ監督はそうしない。音楽を愛する彼らをにこやかに眺め、観客を旅の同伴者にしていく。バンドとして成功しそうもないのに、観ていると不思議とハッピーな気持ちになるのは、名匠の腕によるものだ。本作はカウリスマキ監督の映画でも最大のヒット作になった。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に『SRサイタマノラッパー』シリーズ、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)、『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』(2023年)など。新作『あんのこと』が2024年6月公開。

<放送情報>
パラダイスの夕暮れ
放送日時:2024年4月30日(火)4:30~

真夜中の虹
放送日時:2024年5月1日(水)4:30~

マッチ工場の少女
放送日時:2024年5月2日(木)4:30~

レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ
放送日時:2024年5月3日(金・祝)4:30~

コントラクト・キラー
放送日時:2024年5月4日(土・祝)4:30~

ラヴィ・ド・ボエーム
放送日時:2024年5月5日(日・祝)4:00~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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