ベタだけどそれもよい！
『私の頭の中の消しゴム』が描く純愛ストーリー

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第25回に登場するのは、『私の頭の中の消しゴム』(2004年)。『四月の雪』(2005年)やドラマ「愛の不時着」での好演も光るソン・イェジンと『アシュラ』(2016年)などのチョン・ウソンによる共演で、難病に向き合う若い夫婦のドラマを描いた純愛ストーリーだ。

建設会社の社長令嬢スジン(イェジン)は、建築家志望の現場作業員チョルス(ウソン)と出会って恋に落ちる。周囲の反対も乗り越えて結婚し、幸せな新婚生活を送っていたある日、彼女に異変が。物忘れがひどくなり、自宅への道順もわからなくなってしまったのだ。病院で診察を受けることにしたスジン。そこで彼女は、自身が若年性アルツハイマー症だと告げられるのだった…。

純愛＆韓流ブームの流れに乗って日本における韓国映画の興収1位の作品に

松崎「日本では2005年に公開されて、当時の韓流ブームの流れも受けて大ヒットしました。90年代終わりからの『シュリ』や『JSA』を経て、2000年代前半にはドラマ『冬のソナタ』が社会現象に。『殺人の追憶』、『オールド・ボーイ』などのヒット作も続き、韓国エンタメの豊富なバリエーションを見せつけられた記憶があります。『私の頭の中の消しゴム』は日本で興行収入30億円を記録し、『パラサイト 半地下の家族』に抜かれるまでは韓国映画で第1位の記録だったんです。いわゆる難病モノは昔からあるジャンルだけど、若年性アルツハイマーを題材にしたことも当時としては珍しかったですね。小川さんはどんな印象を持っている作品ですか？」

小川「韓国コンテンツは好きなのですが、ポン・ジュノ監督やイ・チャンドン監督などを追いかけていて。『冬ソナ』ブームも含めて、純愛作品にはあまり興味が持てなかったこともあり、当時の韓流ブームの記憶は他人事としてしかないんですよ。今回、この作品を改めて観てみて、ちょっと懐かしいTVドラマ感があるなと思いました」

松崎「永作博美、緒形直人の主演で2001年に放送されたドラマ『Pure Soul～君が僕を忘れても～』のリメイクですからね。チョン・ウソンは緒方直人のイメージは全然ないですけれど(笑)。パートナーが突然若年性アルツハイマー病になってしまい、『もう別れよう』『私を捨ててもいいよ』と告げられるも、側で支え続けようとする物語です。1970年代頃には白血病など当時の不治の病をテーマにした作品が多く作られていたこともあり、その流れに近いものがあります」

小川「恋をした2人に何かしらの問題が生じて、葛藤しながら乗り越えていくような展開ですよね。キラキラした雰囲気の前半から一転、障壁が立ちはだかって悲劇感が増すというのは、お決まりのパターンのようで当時は少し苦手だったんです」

松崎「(チョルスと出会う前の)スジンと彼女の勤め先の上司との不倫や、チョルスの疎遠だった母親との関係以外は、障がいらしいものはほとんど出てきませんでしたね」

小川「チョルスの母親への不信感などが描かれる部分は、少し大雑把だな…とも感じました(笑)。松崎さんは元のドラマは観ていましたか？」

松崎「まあぼちぼちと(笑)。ただ、そこまで大きな話題になった作品ではなかったと思います。それが韓国でリメイクされて、しかも日本で大ヒットしたことにすごく驚きました。ちなみに、タイトルになっている『わたしの頭の中の消しゴム』は、元のドラマのセリフだったそうです」

ベタなシーンを魅力的に見せるソン・イェジンとチョン・ウソンの存在感

小川「スジンのアルツハイマーが発覚して以降は、正直に言うとツッコミながら観てしまいました。どちらかというと、当事者ではなく周囲の人たちに寄り添う物語という印象で、記憶を失っていくスジンに、そこまでフォーカスが当たっていないというか。忘れられてしまうチョルスの悲しみを軸にしているように感じたところが、モヤモヤした部分です」

松崎「アルツハイマーという病気の扱い方には引っかかるところが多いですよね。そのようにツッコミたい気持ちは、当時も今も大きく変わらないと思いますよ。韓流＝クサいけどそこがいいという認識もあるので、広く受け止められたのかな」

小川「海外作品というと、知り得ないからこそ、リアリティに対するハードルはやや下がりますよね」

松崎「そうそう。美男美女が主人公のどこか現実離れした物語なので、感情移入もしやすいというのは多分にあって。日本のドラマから設定を借りつつ、韓国のベタな演出が効果的に生きたんでしょうね」

小川「現代にこの作品が作られたとしたら、あのラストシーンにはならなさそうですよね。思い出のファミリーマートでの出会いのシチュエーションを再現するシーンは、若干気恥ずかしい気持ちになってしまいました(笑)」

松崎「観光名所にもなりましたね。公開当時は、あのファミリーマートに行って映画を再現するカップルがいたと聞いています。私も以前にソウルに行った時に立ち寄ったのですが(笑)、今はもうすっかり変わってしまったようです」

小川「伝説的にパロディにされそうな少女漫画のような場面が詰まっている作品でもあって、見入ってしまうところもありました。(スジンの診断をした)医者の首元を動揺したチョルスが掴んで詰め寄ったり、その医者は医者で患者への配慮ゼロというか、診察室で煙草を吸っていたりしている描写は、ちょっと引いている自分がいましたけど。昔はこういう医者がいたものなのかと」

松崎「当時はもう結構厳しくなっているはずですが、70年代ぐらいは学校でも病院でも、先生と呼ばれる人たちは普通にタバコ吸っていたと思います」

小川「そうなんですね。自分の体験した記憶にはない光景だったので、やや衝撃で。こういう物語に感動できない自分の性格の素直じゃなさを改めて思い知らされました」

松崎「僕が気になっているのは、スジンがチョルスに手紙を残して姿を消したあと、どうやって施設に入ったのか？です」

小川「一時的に記憶を取り戻した彼女が一人で手続きをしたとか、第三者に頼んだとか…話は膨らみそうですよね」

松崎「まあ、気になるところにどんどんツッコミを入れずにはいられない作品ですよね。それでも、この作品が魅力的に映るのは、主人公を演じるソン・イェジンとチョン・ウソンの組み合わせが最強！それに尽きると思います」

小川「いろいろ言ってしまいましたが、嘘のない感情として、観ている側を説得させる力強い演技をお2人ともされていましたね」

松崎「イェジンのキャリア的にラブストーリーのピークが一つここにあると考えていましたが、30代後半で世界的大ヒットドラマ『愛の不時着』が出てくるとは思いませんでした。ラブストーリーの女王という揺るぎない地位に20年近くいるすごさも感じます。ウソンもワイルドな印象が強かったのに、恋愛ものもできるんだということをちゃんと見せてきた。この2人だからこそできた最強のラブストーリーです」

小川「ある意味、力技なわけですね(笑)」

松崎「お姫様抱っこがこれほど似合うカップルもいないですよね」

小川「生まれ変わりとか人魚とか宇宙人とか、ファンタジーに振り切った設定だと、そういう世界線ね、と受け入れられるし、感動もするんですけど、現実の設定でちょっとドラマティックが過ぎると、気持ちがついていかないというか、冷めてしまう頭の固さが自分にはある気がします…」

松崎「でも例えば、大勢で集まってツッコミを入れながら観る作品があってもいいんじゃないでしょうか」

小川「公開から20年経っているので、物語における病気に対する扱いも変わってきています。そういう価値観の変化が見えるのも面白いですね」

取材・文＝タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

＜放送情報＞
私の頭の中の消しゴム
放送日時：2023年4月18日(火)12:30～、24日(月)21:00～
チャンネル：ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります