英国貴公子ブームの火付け役となった『アナザー・カントリー』
時代背景から自分らしく生きることの難しさをひも解く
2023/09/04 公開
「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。最終回となる第30回に登場するのは、『アナザー・カントリー』(1984年)。英国貴公子ブームの火付け役となった作品で、若かりしルパート・エヴェレット、コリン・ファースらが出演。1930年代英国のパブリックスクールを舞台に、同性愛に思い悩み、共産主義へと傾倒していくエリート学生たちの姿を描く。
上流階級の選ばれた者しか入学できない名門の寄宿学校に在籍するガイ・ベネット(エヴェレット)は、将来を約束された優等生でありながら、権威主義を否定。奔放な行動力を持ち、カリスマ的な魅力を漂わせている。彼のルームメイトで親友のジャッド(ファース)は、レーニンを信奉する共産主義者。ガイのブルジョア的思考を軽蔑しながらもその魅力に惹かれていた。最終学年を間近に控えたある日、ガイは別の寮に所属する美青年ハーコート(ケイリー・エルウィズ)に魅入られ、初めての真剣な恋に落ちてゆく…。
同性愛者であることの生きづらさと別の世界への憧れ
松崎「いわゆる英国貴公子ブームの走りとなった作品です。本格化するのはその後の『眺めのいい部屋』や『モーリス』になるのですが、当時のルパート・エヴェレットの人気は日本でもものすごかったです。青春ドラマではありますが、冒頭でソ連のスパイとなった老齢のガイが登場することから、複雑な歴史背景も絡んできます。ただ、彼がどうしてスパイになったのかという経緯を細かく描いていないので、この背景については当時を知らない世代だと理解できない人も多いんじゃないかな?と思いました。ソ連が崩壊する前の映画だし、公開から40年近く経っていますからね」
小川「大人になって、改めて観ると全然印象が違いました。子どもの頃は彼らが大人に見えたんです。でも今観ると、国が戦争に向かう不安、社会に対しての不満を抱えている、まだまだ子どもな登場人物たちの姿に、『そうだよね、不安だよね』と感じてグッときてしまいました」
松崎「イギリスの階級社会の厳しさが表れていますよね。学生時代にしくじってしまうと、その後のエリート路線にも影響が出てしまう。しかもサッチャー政権が終わる頃まで法律的に同性愛が禁じられていたことを考えると、当時のガイたちがゲイであることを公然にしてしまえば、出世の道は絶たれるわけです。実在した人物をモデルにしているので、そういうところも含めてサブテキストなしで観るのは少し難しいかなと。共産主義国が誰もが平等に暮らせるユートピアのように思われていた時代なので。恋愛っぽくないところからの入りになりましたが、この物語を理解するうえで時代背景を知ることは大切だと思います」
小川「大人になると許容できるものでも、ティーンの頃って反骨精神の時代っていうのでしょうか。決められた道を歩みたくないみたいに揺れている時期なので、ちょっと過激な思想に傾倒したりすることもあると思うんです。同じ時期に、同じ場所で過ごした、一人一人違う若者たちが、どう生きようとしているのかを描く青春群像劇ですよね。ガイが共産主義者のジャッドに言う、『平等や友愛を説く君も、恋愛の問題になると人間を差別してしまう』というセリフが印象的でした」
松崎「政治や経済では平等にあろうとする人でも、ゲイは差別するというのがこの時代を象徴していますよね」
小川「切実さが伝わるシーンですよね。また、個人的にものすごくおしゃれな映画だとも思いました。英国紳士のスタイルの基本みたいなものが詰まっていて」
松崎「英国貴公子ブームが起きた背景には、劇中のファッションも大きな要因だと思います。すごくスタイリッシュですよね」
小川「制服を着崩したり、ネクタイやセーターを腰に巻いてみたり。コートの掛け方とかパジャマの着こなしも、ランウェイかファッショングラビアですかと言いたくなるくらい、美しいなと思いました。スティーヴン・ストーキー・デイリーのように、『アナザー・カントリー』に影響を受けたことを公言している90年代生まれのデザイナーもいますし、この映画の後世への影響、美的感覚の先鋭さを改めて感じました」
松崎「同性愛の描写にも時代を感じます。当時はやはりここまでだったんだなって」
小川「私は、(劇中の当事者たちが)自認しきれていないからこそのプラトニックな描写という解釈もできるのかなと思って観ていました」
松崎「たしかに。その視点も考えられますね」
小川「ガイ自身は『フリ』をしていると言っていて、不埒な言動を取っていたわけですが、自分にはわかっていても、どこかで認めたくないという葛藤もあったのかなと」
松崎「認めてしまうと、もう出世はできないですから」
小川「あれだけ奔放でも、出世にはかなり固執していましたよね。その結果、(道が断たれたことで)スパイになっちゃうくらい極端なところまで行ってしまう。松崎さんがおっしゃったように、映画の製作時期も関係しているけれど、感情的なところも考慮したうえでの描写かなと思いました。だってゲイであることが公になったら、出世以前に、生きていくことさえ難しい時代だったわけですし」
大人のように振る舞う子どもたちの未熟さ
松崎「映画公開当時は、BLや腐女子なんて言葉もない時代です。でも、日本ではものすごくウケたのを覚えています。その理由の一つとしては、少女漫画の影響が強いのかなって。70年代ぐらいから少女漫画というある種のファンタジーな世界で、西洋の寄宿学校などを舞台に、男の子同士のただならぬ関係を描いた物語が人気だったんです」
小川「萩尾望都先生の『トーマの心臓』も全寮制の学校が舞台でしたね」
松崎「この映画はある意味、それらの実写版のような感じだったのかなって。エヴェレットは、少女漫画のキャラクターというよりはギリシャ彫刻とかに近い造形ではあるけれど、とても美青年じゃないですか。少女漫画の具現化として、日本で受け止められたところもありそうです」
小川「描写の一つ一つが綺麗ですよね。ガイとハーコートが夜中にボートで寄り添うところとか、手紙を人づてに送ろうとするところとか。挫折するとものすごく傷つくし、涙を流すシーンも美しい。そんなところも少女漫画的ではありましたね。それにしても、学生たちの外見は、大人びた印象を与えますよね」
松崎「生徒だけで自治組織を運営したり、風紀を管理したり、伝統的に寄宿学校は社会での生き方を訓練する場所なんでしょうね。それゆえ、子どもの頃から階級社会での立ち居振る舞いを学ばないといけない息苦しさが伝わってきます」
小川「ドロップアウトするのは選択肢としてありえないんでしょうね」
松崎「親から軍隊に入れと言われて国に奉仕する道を選ぶ学生もいるけれど、それ以外はちゃんと学校を出ないと出世コースに乗れないという厳しい世界ですよね」
小川「自分の国なのにどこか生きづらさを感じてしまう…。そんな葛藤って特に10代にすごくありますよね。一方で、ガイをライバル視する保守的な生徒がラブレターを盗むところは、やっぱり子どもなんだな。大人の真似事をしているけれど、中身はまだまだ未熟なんだと実感します」
松崎「シェリー酒を飲んでいてもね(笑)」
小川「ジェリー酒も飲むし、高級そうなカフェでシャンパンも頼む。でも、まだまだ社会経験はないわけですから」
松崎「それゆえの残酷さも出るわけですよね」
小川「結果として、学生時代にトラウマになったことが人生をあそこまで変えてしまう。ガイの場合は極端だけど、なくはないだろうなって」
松崎「それでも、最後は老齢時代のガイが『クリケットが懐かしい』とこぼして終わるんですよね。学生時代には『クリケットは好きじゃない。おもしろすぎるから』とも言っていて、逆説的な言葉がよく使われていました」
小川「イギリス特有の皮肉屋っぽいところもあって、『絶対にない』と言っていることが逆説的に愛情表現だったりするのかもしれないですよね。個人的にはイギリスのブラック・ユーモアが好きなので、そういった部分も楽しめました」
松崎「あと、イギリス人はスパイが好きだと改めて思いました。本作の主人公たちは、ソ連に情報を流していた実在のスパイ網『ケンブリッジ・ファイブ』(戦中~1950年代にイギリスで活動)が元ネタになっています。コリン・ファースは後年『裏切りのサーカス』(2011年)でも、ケンブリッジ・ファイブの一員をモデルにした役を演じているのが、映画史的に見ておもしろいですよね」
取材・文=タナカシノブ
松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。
小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。
<放送情報>
アナザー・カントリー
放送日時:2023年9月5日(火)12:00~、13日(水)8:45~
チャンネル:スターチャンネル2
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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