史実に基づく熾烈な人間ドラマに圧倒される『天命の城』

「イカゲーム」のファン・ドンヒョク監督作
国の存亡を懸けた真実の物語を描く『天命の城』

2024/03/25 公開

国の命運を巡り、王の前で大義をぶつけ合う重臣たち

2021年に配信され、世界中で大ブームを巻き起こしたドラマシリーズ「イカゲーム」。今年完成予定の続編も、多くのファンが待ち望んでいることだろう。今回紹介する『天命の城』(2017年)は、同作を手掛けたファン・ドンヒョク監督による重厚な時代劇だ。

中国大陸で明を脅かすほどの力をつけてきていた清が、朝鮮王朝第16代王である仁祖(パク・ヘイル)に君臣の関係を結ぶように迫っていた1636年12月。大軍に追い詰められた仁祖は、王宮を出て首都・漢成(現在のソウル)の南にある南漢山城に立てこもる。極寒の中、日に日に疲弊していく兵士たちを気遣いながらも、最後まで戦おうと主張する重臣キム・サンホン(キム・ユンソク)に対し、清の陣地を訪れて劣勢を痛感したチェ・ミョンギル(イ・ビョンホン)は和親すべきだと進言。王を前にして両者一歩も引かない論戦が続いていた。

重臣キムは、死を覚悟で戦うことを主張するが…

障害を持つ子どもたちへの性暴力を取り上げたことが世論を動かし、関連法を成立させた『トガニ 幼き瞳の告発』(2011年)、日本をはじめアジア各国でリメイク版が作られたコメディ『怪しい彼女』(2014年)と、話題作を作り続けてきたファン・ドンヒョク監督。『天命の城』は、「あるジャンルの作品を作ると、できることはすべてやったという気分になる」というファン監督が、作家キム・フンのベストセラー小説「南漢山城」を読み、王の前で持論をぶつけ合う重臣たちの言葉を「激しく闘いながらも風格を失わず、まるで詩を朗読しているかのように鋭く美しい」と感じたことが出発点となったとのことだ。

城内だけでなく、屋外の戦闘シーンも緊迫感がみなぎる

モチーフとされている「丙子の役(丙子胡乱)」は、戦に負けた仁祖が清の皇帝の前で額を地面にこすりつけ、臣下となることを誓わされただけでなく、多くの民が奴隷として連れ去られ、仁祖の息子たちも清の人質となった屈辱の歴史として語り継がれてきた。今作はそんな出来事を、論戦や交渉を中心に、落ち着いた筆致で描き出していく。雪に閉ざされた山や建物、登場人物たちが身に纏う衣装も、水墨画を思わすモノトーンに近い色で統一されている。また、俳優たちの白い息を映すため、スタジオではなく野外に組んだセットで撮影を行うなど、「寒さ」を映像化するための工夫も随所で見られる。昨年、惜しくも亡くなった坂本龍一が手掛けた音楽も、「できるだけ制限して使いたい」という監督のオーダーに応えるミニマムなものながら、映画に厚みを与えている。

イ・ビョンホンら名優が集結した豪華キャスティング

清軍との戦闘シーンを挟み込みながら、重臣たちや王の心理の変化をじっくりと見せる本作。作品を成功させるためにファン監督が最も神経を使ったのが「魅力的で演技力が秀でた俳優」のキャスティングだった。文官の人事などを司る役所のトップである吏曹判書という役職にあったチェ・ミョンギル役は最新作『コンクリート・ユートピア』(2023年)でもその底力を発揮したイ・ビョンホン。監督に「演じられるのはこの人だけ」と言わしめた彼が、感情を抑えに抑えて耐える人物を静かに力強く演じている。イ・ビョンホンは今作のあと、「イカゲーム」でもファン監督と再タッグを組んでいる。国の行く末と民衆を思う強い気持ちの持ち主であるキム・サンホン役は、『モガディシュ 脱出までの14日間』(2021年)のキム・ユンソク。激しい口調で自らの信念を訴える一方、因縁のある少女へは優しい顔を見せるなど、幅のある人物像を作り上げている。国の命運を懸けて2人の重臣が対立するシーンはワンテイクで撮影されており、監督もその迫力を「まるで目の前で演劇を見ているようだった」と振り返っている。

「和睦こそ生きる道」と訴える吏曹大臣役にイ・ビョンホン

国の危機に際してもなかなか態度を決められない王・仁祖役は『別れる決心』(2022年)のパク・ヘイル。かつて、同じ丙子の役をモチーフとした『神弓—KAMIYUMI—』(2011年)では清の大軍にたった一人で立ち向かう弓の名手に扮していたことが思い出されるが、今作では病弱で意思の弱い王の姿を繊細に見せている。また、同じ仁祖と清から戻った息子との葛藤が描かれる『梟ーフクロウー』(2022年)では、『コンフィデンシャル』シリーズのユ・ヘジンがまったく違った仁祖役を演じているので、比べて観るのもおもしろいのではないだろうか。

国王は、降伏するか、戦うかの大きな決断を迫られる

そのほか、本業は鍛冶屋ながら、兵士としても活躍を見せるナルセをドラマ「ミッシング:彼らがいた」のコ・ス、朝鮮軍を追い詰める清の将軍役を「イカゲーム」でブレイクしたホ・ソンテが演じている。

300年以上前に起きた出来事を基にした時代劇『天命の城』。しかし、圧倒的な力の差がある敵を前にして、「集団としての形を守るため和睦を結ぶか?」「死力を尽くして戦うか?」という問いは、時代や国を越える普遍性を持って観る者の心に届く。「自分が王だったらどんな決断をするか?」という視点で観るのもおすすめだ。また、映画の舞台となる南漢山城は、ソウルの東南にあり、気軽に訪れてハイキングが楽しめる場所としても知られているので、旅行の際に足を伸ばしてみるのもよいかもしれない。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「韓国映画で学ぶ韓国の社会と歴史」(キネマ旬報社)、「作家主義 韓国映画」(A PEOPLE)など、訳書に「私書箱110号の郵便物」(アチーブメント出版)がある。

<放送情報>
天命の城 [PG12]
放送日時:2024年4月3日(水)15:00~、10日(水)23:00~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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