実在のタクシー運転手を名優ソン・ガンホが演じる『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』

韓国現代史を語る上で欠かせないテーマを映画化
チャン・フン監督による骨太な2作『タクシー運転手』&『高地戦』

2022/08/22 公開

「光州事件」の真実を描く『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』

25年以上続いた軍事政権に対抗する民主化運動の原点となった光州事件を、一人のタクシー運転手の視点から見せた『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(2017年)。韓国で大ヒットし、日本でも多くの人たちに支持されたこの映画を手掛けたチャン・フンは、いまだ休戦状態にある朝鮮戦争の過酷な戦いを描いた『高地戦』(2011年)の監督でもある。韓国の現代史を振り返りながら見ていきたい。

1945年8月15日、日本による長年の統治から解放されたものの、アメリカとソビエト連邦による分割占領を経て、1948年に大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)という2つの国に分かれることになってしまった朝鮮半島。1950年から1953年にかけては朝鮮戦争で全土が戦場となり、多くの命が失われた。その後、クーデターによって権力を手にした朴正煕(パク・チョンヒ)は、1963年に大統領となり、1979年10月26日に側近によって射殺されるまで強権的な政治を続けた。

タクシー運転手とドイツ人記者、彼らが光州で出会う人々が信念を貫き通していく(『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』)

『タクシー運転手』の舞台は、朴正煕暗殺後、全斗煥(チョン・ドゥファン)、盧泰愚(ノ・テウ)らを中心とする軍部が再びクーデターによって力を得た後、そのことに抗議する学生たちのデモが続いていた1980年5月。非常厳戒令の拡大により、あらゆる政治活動や集会、デモが禁止され、政治家や民主化運動家が次々と連行されていた。そんななか、ソウルでタクシー運転手をしているキム・マンソプは「250km以上離れた南部の街・光州(クァンジュ)に外国人客を乗せていく割のよい仕事がある」という情報をつかむ。妻の死後、一人で娘を育てている彼は経済的に追い詰められており、別の運転手が担当するはずだったこの仕事を横取り。怪しげな英語を駆使しながら目的地へと向かう。

ドイツ人記者のピーター役に『戦場のピアニスト』などで知られるトーマス・クレッチマン(『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』)

彼が車に乗せた外国人は、ドイツからやってきたジャーナリストのユルゲン・ヒンツペーター。東京特派員だった彼は、学生たちのデモが続き、これを鎮圧するための戒厳軍が派遣されたと噂される光州への潜入を試みようとしていたのだった。そんな事情を何も知らず、ただ、高額の運賃目当てに車を走らせたマンソプは、想像もしなかったような光景を目にすることになる。

民主化を求めて街へ出た多くの学生や市民たちが自国の軍隊の持つ銃で撃たれ傷つき、命を落とした光州事件(韓国では軍による鎮圧が始まった日付をとって「518」、あるいは「光州民衆抗争」、「光州民主化運動」と呼ばれることが多い)。国内では真実が報道されず、軍事政権が続いていた間は市民が起こした「暴動」として扱われていたが、1987年の民主化宣言後、1990年代に入ってようやく真相の究明(責任を問われた元大統領の全斗煥と盧泰愚は、1996年に内乱罪などにより実刑判決を受けた)と犠牲者の名誉回復が進んだ。それにともなってドラマ「砂時計」(1995年)や映画『つぼみ』(1996年)、『ペパーミント・キャンディー』(1999年)、『光州5・18』(2007年)など、この事件をモチーフとした映像作品も作られるようになった。

光州の危険な状況を目にし、最初はソウルに戻りたいと考えていたマンソプだったが…(『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』)

「(この事件を知らない)若い観客に知らせたいと考えながら作りました」というチャン・フン監督の思いが込められた『タクシー運転手』は、マンソプという「外からやってきた人物」の目からこの出来事が描かれている点が特徴的だ。さらに、「韓国映画の顔」である名優ソン・ガンホがこの人物に扮していることで、観客はよりスムーズに映画の世界に入っていくことができる。映画の前半で学生たちのデモを営業妨害であるかのように見ていたマンソプを軽快に見せていたソン・ガンホは、光州の悲惨な状況に直面して以降、徐々に変化していく彼の心情を丁寧に演じている。

朝鮮戦争の過酷な戦いと極限下の人間ドラマに圧倒される『高地戦』

キム・ギドク監督の演出部出身のチャン・フン監督は、組織暴力団員を演じることになった俳優と、彼と共演することになった本物の組織暴力団員の出会いから始まる『映画は映画だ』(2008年)でデビュー。2作目の『義兄弟~SECRET REUNION~』(2010年)では、北朝鮮の工作員と彼を追っていた韓国の国家情報院の要員との奇妙な共同生活を描いた。ちなみにこの映画では、ソン・ガンホが国家情報院要員に扮している。

南北境界線にあるエロック高地で繰り広げられた激戦を描く(『高地戦』)

『高地戦』は「いつか戦争映画を撮ってみたいと思っていた」というチャン・フン監督の第3作。朝鮮戦争を取り上げた作品は、記録的な大ヒットとなった『ブラザーフッド』(2004年)や、学徒兵たちが主人公の『戦火の中へ』(2010年)、韓国と連合国側の劣勢を一気に逆転した仁川(インチョン)上陸作戦を取り上げた『オペレーション・クロマイト』(2016年)など数多くあるが、なかなか合意に至らない停戦協議が続く中、最前線の要地である「高地」をめぐって激しい戦闘を繰り返す様子をリアルに描く『高地戦』は、戦争そのものが持つ虚しさを強く感じさせるという点で群を抜いている。

地獄と化した壮絶すぎる戦場シーンは圧巻のリアリティ(『高地戦』)

朝鮮戦争は、1950年6月25日に北朝鮮の突然の南下によって始まった。開戦当初、韓国軍は釜山(プサン)の西に位置する洛東江まで追い詰められるが、9月に、前述した仁川上陸作戦が成功すると、北上して38度戦を突破。しかし、10月に中国人民志願軍が参戦すると再び北朝鮮軍が勢いを取り戻し、1953年7月に軍事停戦協定が結ばれるまで南北両軍が一進一退を繰り返した。『高地戦』はこの「一進一退」の中でいかに多くの命が失われていったかを見せていく。

1951年7月から始まった停戦協議がいまだ進行中の1953年2月、防諜隊中尉のカン・ウンピョは、戦闘の続く最前線で起きた中隊長の疑問の死の真相を探ることを上司から命じられる。新任の中隊長と共に現場に到着したウンピョは、そこで戦場で行き別れとなっていた親友キム・スヒョクと再会。見違えるほどたくましくなった彼が、歴戦を生き抜いてきたワニ中隊のリーダーとなっていることに驚く。さらに南北の兵士たちが、同じ場所を交互に奪取するという、不毛な戦いを続けていることを知る。

ウンピョ中尉を演じるのは演技派シン・ハギュン(『高地戦』)

今作では、最前線の過酷な戦闘に加え、日々、顔を突き合わせて戦っている南北の兵士たちの間に暗黙の共犯関係が生まれているという描写が印象的だ。また、そのことに気づくウンピョ役を、南北の兵士の交流の描写が大きな話題となった名作『JSA』(2000年)のシン・ハギュンが演じているところもおもしろい。そのほか、スヒョク役のコ・ス、コメディリリーフとなる明るい兵士役のリュ・スンスやコ・チャンソクが好演しているのに加え、若き大尉に扮したイ・ジェフンのカリスマティックな姿も目を引いた。

先の読めない人間ドラマにも引き込まれる(『高地戦』)

朝鮮戦争と光州事件という、韓国の現代史を語る上で欠かせない大きなテーマをエンターテインメントとして映画化してきたチャン・フン監督。出来事をただ追うのではなく、まったく違う背景を持つキャラクター同士の出会いと、それをきっかけに起きる変化が物語を動かしていくという手法は、デビュー作から一貫している。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニムズ・ジェンダーから読む」(青弓社)がある。

<放送情報>
タクシー運転手 ~約束は海を越えて~
放送日時:2022年9月3日(土)9:30~、16日(金)23:15~
チャンネル:ザ・シネマ

高地戦
放送日時:2022年9月1日(木)10:30~、23日(金・祝)18:30~
チャンネル:スターチャンネル1

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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