老人の姿で生まれ、歳を重ねるごとに若返っていく男を描く

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』が描く
普遍的な出会いとすれ違い

2021/05/31 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第3回に登場するのは『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)。『セブン』(1995年)、『ファイト・クラブ』(1999年)に続く、デヴィッド・フィンチャー監督とブラッド・ピットによる3度目のタッグとなったヒューマン・ファンタジーで、ケイト・ブランシェットやティルダ・スウィントンといった実力派の共演も見どころだ。

F・スコット・フィッツジェラルドの短編を基に、80歳の老体で生まれ、歳をとるごとに若返っていく男の人生の旅路を、激動の現代史を背景に綴っていく本作。物語は1918年のニューオーリンズで始まる。ある夫婦のもとに男の子が産まれるが、その子は80歳の老人の姿をしており、ショックを受けた父親が彼を老人養護施設に置き去りにしてしまう。

施設で働く女性に拾われた赤ん坊は「ベンジャミン」と名付けられ、入居者に囲まれながら育てられることに。成長するにつれ、髪は増え、シワも減り、やがて車椅子から立って歩けるようになるベンジャミン。普通の人間とは逆に、若返っていく彼は、ある日デイジーという少女と運命の出会いを果たすのだった。

人生におけるタイミングの大切さを寓話的に映像化

松崎「公開以来、久しぶりに観ましたが、作品から受ける印象は当時とあまり変わらず、人生を描いた映画だと思いました」

小川「私も公開時に観て以来で、細かい部分で忘れているところもありましたが、印象はあまり変わらなかったです。以前よりリアリティを感じた気がします」

松崎「年齢を重ねるとより感じるかもしれないですね」

小川「人生において誰かと出会って一瞬だけ重なる瞬間があるのは、たとえ時間の進み方が逆であっても違いはないんだと改めて思いました」

松崎「恋愛もいろいろな出会いの中の一つであって、仮に同じ方向に時が流れている者同士でも、心が通じ合う瞬間ってそう長くは続かない。もちろん、ある瞬間、気持ちが通じ合い、結婚して夫婦になることもあるけれど、時の流れが逆でも順行していても、ずっと心が通じ合ったままということはないわけで(笑)。そこを寓話的に描いていると感じました」

小川「若い時に年上の人に憧れたり、時が経つと若い子を好きになったり。歳を重ねる段階で追いかける対象が違ってくることってありますよね。この作品では、その対象を同じ人が演じているので、結果、惹かれる人はずっと一緒という点が面白いと思います」

松崎「失ったものを求めるというか。この作品は、時間が逆行するからこそ、そこが際立って残酷に映るという印象も受けました。デイジーという存在は、永遠に得られないものの象徴として描かれていると感じる部分もありました」

小川「実際、デイジーと結ばれるまで紆余曲折があって、すごく時間がかかっていますしね。お互いに手を差し出した時は、今じゃないって断られている。人生において、ちょうどいいタイミングってすごく大事なことだなと考えちゃいました。恋愛だけでなく、何歳からでも新しいことを始められる、という人生の可能性のようなメッセージも感じました」

松崎「タイミングで言えば、この作品自体も2009年でなければ撮れないものだったなと。スピルバーグをはじめ、大勢が企画に乗り出すものの、技術が追い付かずに製作までたどり着けなかった。改めて、デヴィッド・フィンチャー監督とブラッド・ピットのコンビの凄さ、そしてこれは名作だと感じずにはいられなかったです。17歳を演じるケイト・ブランシェットは本当にかわいいし、終盤に出てくる20歳のブラッド・ピットなんて、当時の技術を待たないと描けなかったものだから」

小川「役者の年齢や当時最新の制作技術が出てきたタイミングなど、いろいろなものが重なったんですね」

松崎「日本の洋画ファンにとっては、映画同様にブラッド・ピットが世に出て以来、その活躍をずっと見てきたからこそ、たとえCGであっても、本当に美しい瞬間を蘇らせることがより効果的に働いたと思います」

ベンジャミンが旅先で出会う年上の人妻をティルダ・スウィントンが演じる

人生の進み方は違っても「終い方」は同じ

小川「老いを恐れて時間に囚われる、といった考え方は今よりも当時の方が根強かった気がしますね。おばあちゃんから始まるほうが楽なのか、赤ちゃんから始まるほうが楽なのか、考えてみたけれど、前者は圧倒的なマイノリティとしての寂しさがあるけれど、後者であっても孤独は抱えることになるだろうし。ベンジャミンのように彼を愛する人に囲まれていれば、寂しさは軽減されるのかなとも思ったり…」

松崎「どちらから始まっても死ぬ時は一人だと思っていたけれど、ベンジャミンの場合は、愛する人の腕の中で息絶える。そういう意味では、とても幸せな人生だったのではという気がしています。デイジーも娘に見守られて最期を迎えるので、看取りの印象の強い映画だとも思いました」

小川「尺が2時間47分というのも、人生の長さを体感させるためなんでしょうね」

松崎「確かに。おじいさんの時期が意外と長かった!」

小川「半分くらいありますよね。40代でやっと2人の年齢が重なって」

松崎「逆行していても重なる人とは重なるし、愛し合っていても時期じゃないと重ならないことを痛感しました」

小川「もしあの時に戻れたら、出会ったのが別の人だったら。人はこういった過去の『もしも』を振り返りがちだけれど、後悔したところで現実は変わらないのだから、目の前の今を見るしかないよね、と言われているような気もします」

松崎「そんなところも含めて、人生を感じる作品という印象を受けたのかも。恋愛も人生の一部だから余計にそう感じたのかもしれません。フィンチャー作品で一番やさしい映画でもありますよね。精神的な意味で子どもに帰っていくことを可視化している。順行しようが逆行しようが、人生の『終い方』は共通しているんだなって」

小川「記憶が自分という存在を形作っているのだとしたら、それが抜け落ちていく感覚は、自分自身が失われていくことになるわけで、そういう意味ではちょっと恐ろしくもなりますよね。でも、最近は歳をとることを肯定的に受け入れようという風潮が以前よりも強いと感じています。年齢に関係なく魅力的な人は魅力的という考えが、世代を超えて共有されていますし、おばあちゃん世代でクールな人が若者にとってもロールモデルになっていたりするので」

松崎「老齢化に肯定的ってこと?」

小川「そんなに否定的ではないのだと思います。情報にまみれた世界にいるからこそ、そこから離れて我が道を行く人に憧れるというか。それに、生きた知恵のある人に惹かれるというのはよくわかりますし」

周囲とは逆に若返り、無力になっていくことに葛藤するベンジャミン

松崎「人生では、否が応でも人と関わっていかなければいけない。普通に生きていれば人と出会うわけで、その一つが恋愛であったりもする。歳を重ねるとついつい出会いにも構えてしまいがちだけど、構えすぎないのがいいのかもしれないですね。だから、ベンジャミンも自然といい人たちに巡り会ったのだと思うし」

小川「10代のベンジャミンとデイジーの出会いは、お互いまっさらで偏見がない状態なんですよね。それまでおじいちゃんにしか見られなかったベンジャミンに対して、デイジーが『(あなた)変わってる』と微笑むシーンは、わきまえることを教えられてきた彼自身の内面が肯定されるという意味で一つのキーになっていますよね。(少女時代の)デイジー役のエル・ファニングの透明感も相まって、印象的なシーンだと思います」

松崎「エル・ファニングもかわいかったし、ベンジャミンが恋に落ちるもう一人の女性を演じているのはティルダ・スウィントン。いい役者が揃っているので、そういう視点でも見応えありです!」

取材・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
ベンジャミン・バトン 数奇な人生
放送日時:2021年6月5日(土)9:30~、20日(日)18:00~
チャンネル:ムービープラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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