メキシコの麻薬組織壊滅を目的とする特殊チームの戦いに迫り、正義と悪、倫理観の境界をあぶり出していく『ボーダーライン』

この世界にヒーローは存在するのか?
特殊部隊と麻薬組織との攻防を描く『ボーダーライン』

2021/11/29 公開

メキシコ麻薬カルテルの底知れぬヤバさ。ドラッグ取引でもって人の生き血をすすり、ビジネスの障害となるものは誰であれ非常にブルータルな形で処刑する。切り刻む、射殺する、その辺に吊るす、埋める、あるいは放置する。『トラフィック』(2000年)に『エンド・オブ・ウォッチ』(2012年)、『悪の法則』(2013年)から『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年)に至るまで、麻薬カルテルの危険性と残虐性を教えてくれる映画は枚挙に暇がない。

あるFBI捜査官が対カルテル戦争の最前線に放り込まれる『ボーダーライン』(2015年)は、そうした作品たちの中でも群を抜いて不穏で、かつ一筋縄ではいかない不気味な魅力に満ちた映画だ。

しかし古今東西のアクション・ヒーローを紹介する当企画…ではあるのだが、ふと困ってしまった。『ボーダーライン』のヒーローとは誰なのか。主人公はFBIの捜査官を演じるエミリー・ブラント。その脇にはベニチオ・デル・トロとジョッシュ・ブローリンという渋い男たちががっちりと構えている。

そう書いて話を先に進められれば気は楽なのだが、そう簡単な話ではない。ヒーローは誰なのか?実はこれは明確に答えの出ている話で、また映画シリーズ2作品をご覧になった方であれば、「そりゃあの人でしょう」と仰るだろう。

だが第1作にはこの、映画の真の主人公とは誰なのかという問いを巡る仕掛けが施されており、初見の際には相当型破りな展開に度肝を抜かれたものである。ここから先はそうしたサプライズにも触れざるを得ないので、『ボーダーライン』を未見で「ネタバレは困る!」という方はぜひご鑑賞いただいてからまた戻ってきていただけないでしょうか(よろしくお願いいたします!)。

正義感あふれるFBI捜査官のケイト(『ボーダーライン』)

正義や法律が通用しない、暴力が支配する麻薬戦争の闇をあぶり出す『ボーダーライン』

FBIのケイト(ブラント)はメキシコの麻薬カルテル殲滅作戦への参加を打診される。米国司法省に国防総省、およびCIAによって立案された作戦は巨大組織、ソノラ・カルテルの幹部の逮捕を企図したものだという。

お堅い会議室には不釣り合いなビーチサンダル履きで大きな顔をしているのはCIAエージェントとおぼしきマット(ブローリン)。どうやらこの男が本作戦のキーパーソンであるらしい。何か非常にキナ臭いものを感じながら、ケイトは麻薬戦争に飛び込むことを決意する。

ケイトはマット率いる特殊部隊の強引な捜査に反発する(『ボーダーライン』)

メキシコ国境あたりで地道に捜査でもするのかと思いきや、マットは特殊部隊デルタ・フォースを率いていきなりメキシコはフアレスに殴り込みをかけた。慄然とするケイト。しかも作戦チームに付き従う謎の男、アレハンドロ(デル・トロ)らは件の幹部の弟を発見するや、白昼の街中でこれを拉致。さらに、必要のない取り巻きはすべて射殺してしまう。

続いてマットとアレハンドロは攫った獲物に拷問を加え、敵の本丸に繋がる重要情報を引き出す。通常あるべきプロセスをいっさい無視した2人のやり方にケイトは大反発するも鼻で笑われ、それどころか女性の連邦捜査官であることをカルテル殲滅作戦のためにいいように使われ続ける。

すっかりケイトに感情移入して観ているこちらとしてはたいへんフラストレーションの溜まる展開だが、何しろ驚かされるのはここからだ。映画も終盤に差し掛かろうかというあたりで、彼女は物語から姿を消してしまう。クライマックスに至って主人公を演じるのはデル・トロ扮するアレハンドロだ。

ここまでずっと死んだ目をして、時々ものすごく無慈悲ぶりを見せてきた男。作戦チームにスーパーバイザーとして加わったコロンビア人…という以外はろくに情報もなく、何を考えているのかも分からなかったが、ここへきて急に観客の関心を奪取してしまう。

もともと検察官であったアレハンドロはカルテルに妻子を惨殺され、それからは復讐のために法の向こう側で生きる男に変貌を遂げていた。作戦に加わったのも死んだ妻子の仇討ちのためで、マットもそのことは承知の上だったのだ。アレハンドロがチームを外れて、一人復讐の第一歩を遂げたところで、ケイトが物語に帰ってくる。どこまで行っても法と秩序の執行者であるケイトにアレハンドロの論理は理解できない。復讐者として社会規範の外で生きる男を彼女が止められず、また狼が野放しになったところで映画は終わる。

謎の男、アレハンドロの目的は妻子を惨殺した麻薬王への復讐だった(『ボーダーライン』)

無慈悲な男たちの心の変化を描く続編『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』

ケイトはたしかに主人公の一人ではあるのだが、映画で最終的に描かれるのはその敗北と挫折だ。そこで主役が復讐者のアレハンドロに取って代わり、ようやく「SICARIO」という原題タイトルが真っ黒な画面に現れる。スペイン語で「殺し屋」を意味する「Sicario」。これは明らかにアレハンドロのことで、つまりここまで彼の生きる世界と物語を、ケイトという女性の眼を通して見せられていたことに気づく。これは麻薬戦争についてのドラマと思わせて、実はモラルの向こう側で生きる人間を描き出すノワールだった。

西部が舞台の犯罪映画『最後の追跡』(2016年)で第89回アカデミー賞脚本賞にノミネートされたテイラー・シェリダンによる見事な脚本を、いまや大物監督となったドゥニ・ヴィルヌーヴが映画化。気だるい空気の中に重い緊張感が張り詰めている。荒涼としてはいるがやたらと美麗な風景が映し出されたかと思えば、急に生臭い暴力が炸裂したりする。

最近では『ブレードランナー 2049』(2017年)や『DUNE//デューン 砂の惑星』(2021年)などのSF超大作方面に全力投球を続けるヴィルヌーヴだが、個人的には本作のような題材とスケール感で夢も希望もない物語を描いてくれるほうにより魅力を感じる。

まさかの続編『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』(2018年)ではヴィルヌーヴが離脱し、『暗黒街』(2015年)のステファノ・ソッリマが監督を務めた。ケイトも今回は登場せず、物語はアレハンドロを完全な主人公として進行する。

アレハンドロが主役となって物語が進行する『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』

CIAのマットから、またも麻薬戦争に呼び出されるアレハンドロ。今回の作戦は2つのカルテルの対立を煽って共倒れを狙うために、一方の首領の娘を誘拐するというものだ。圧倒的な武力と共にメキシコを急襲、見事な手際で黒いミッションを遂行するマットの対カルテル部隊。ところが麻薬組織と癒着した現地警察の裏切りによって作戦は瓦解する。

誘拐したボスの娘と荒野に放り出されるアレハンドロ。自作自演の露見を恐れた米国上層部は、マットに2人の抹殺を命じる。復讐を遂げること、あるいは任務を遂行することだけを目的として、法も秩序も人間としてのモラルもすべて無視して生きてきた男たちの心中に、ここへきてある変化が生じる。

アレハンドロの場合は誘拐したティーンエイジャーの娘との道行きを通して、本来は作戦の駒でしかなかった彼女の命を救おうと行動を起こす。かつては敵を叩くためであれば平気で人命も人心も踏みにじってきたマットでさえ、より大きな権力からの命令に背いて人の命を救おうとする。

2つの麻薬組織の共倒れを狙うマットとアレハンドロだったが…(『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』)

モラルの敗北がズシンと重い感触を残した前作に比べると、この続編はよりストレートに熱いドラマを描いているといえる。また、前作でケイトが蒔いた理想主義の種のようなものが男たちの荒涼とした心に芽を出したと言えなくもないのではないか、と思う。

麻薬組織のボスの娘との逃避行中、アレハンドロに彼女を守りたいという感情が芽生え始める(『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』)

若干毛色の変わった続編ではあるが、相変わらず表情一つ変えずにあちこちで恐ろしい殺人アクションを見せるデル・トロの魅力はここへ来て極まっており、「SICARIO」シリーズがもっと観たくなってくる。常人ではどう考えても死ぬしかない窮地に追い込まれたアレハンドロの戦慄すべき不屈ぶりも見どころの一つ。

ここしばらくは情報がないものの、第3部の製作もすでに決定している。ヴィルヌーヴが監督復帰するとか、ブラントが帰ってくるといった憶測も聞こえてきており、それらがすべて叶えば失神してしまうかもしれない。どうあれこの型破りな映画シリーズの最新作を早く観たいところだが、それまでは2作品をリピートしながら心待ちにしたい。

文=てらさわホーク

てらさわホーク●ライター。著書に「シュワルツェネッガー主義」(洋泉社)、「マーベル映画究極批評 アベンジャーズはいかにして世界を征服したのか?」(イースト・プレス)、共著に「ヨシキ×ホークのファッキン・ムービー・トーク!」(イースト・プレス)など。ライブラリーをふと見れば、なんだかんだアクション映画が8割を占める。

<放送情報>
ボーダーライン(2015) [R15+]
放送日時:2021年12月11日(土)18:45~、14日(火)21:00~

ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ [PG12]
放送日時:2021年12月14日(火)23:15~

チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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