ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールの共演で男性同士の恋をまっすぐに描いた『ブロークバック・マウンテン』

惹かれ合う男性同士の愛を描き社会現象に
象徴となった『ブロークバック・マウンテン』の存在感

2023/01/05 公開

「みんなの恋愛映画100選」などで知られる小川知子と、映画活動家として活躍する松崎まことの2人が、毎回、古今東西の「恋愛映画」から1本をピックアップし、忌憚ない意見を交わし合うこの企画。第22回に登場するのは、ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールの共演で2人のカーボーイの20年にわたる愛の行方を描いた『ブロークバック・マウンテン』(2005年)。名匠アン・リーが『グリーン・デスティニー』(2000年)、『ハルク』(2003年)の後に手掛けた作品で、第62回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞、第78回アカデミー賞で監督賞、脚色賞、作曲賞を受賞した。

1963年夏、アメリカ西部のワイオミング州。ブロークバック・マウンテンの牧場に季節労働者として雇われた青年イニス(レジャー)とジャック(ギレンホール)は、羊番をしながら一緒に過ごすうちに友情を超えた絆で結ばれ、激しく愛し合うようになる。牧場での仕事が終わった2人は故郷へ戻り、それぞれ結婚して家庭を築く。4年後、ジャックがイニスのもとを訪ねて再会を果たし、変わらぬ愛を確かめ合うが…。

ブロークバック・マウンテンで羊番の季節労働をしているうちに愛し合う関係に発展するイニスとジャック

当時ではまだ珍しかった同性愛を真正面から描いた『ブロークバック・マウンテン』

松崎「男性同士の恋愛をまっすぐに描き、公開当時はセンセーショナルな作品として話題を呼びました。いまでこそ特別なことではないという見方が浸透してきましたが、2005年はまだ『こんなふうに描いていいの?』と感じる部分が正直ありました」

小川「時代的にはそうですよね。2000年末にちょうどオランダで初めて同性結婚法が認められて、ヨーロッパを中心に続々とそういう動きが出てきて、2004年にはアメリカでも認められる州が出てきた。そんな頃ではあったと思いますが」

松崎「オランダは早いですよね。アメリカはそういう点では遅れている地域が多くて、上映禁止になった州などもありました」

小川「アメリカはキリスト教的価値観が強い国なので、保守的ですからね。今回久しぶりに観たんですが、主人公2人の20年間がすごく丁寧に描かれているところがすごく好きだったことを思い出しました」

松崎「そういう面でも画期的だったと思います。(当時としては)スター俳優も出ていないし、アン・リーにとっても『グリーン・デスティニー』『ハルク』と大作が続いた後の作品で、低予算だったこともあり、いい意味で肩に力を入れずに撮れたと思います。でも、公開したら社会現象になってしまった(笑)。ブロークバック・マウンテンは実際には存在しない架空の地名なのですが、男性同士のセックスを比喩する言葉になるくらいの影響を社会に与えてしまったわけで」

小川「宗教的、社会的な偏見や抑圧って、アメリカだけでなく世界中が抱える問題ではありますけど、そういった苦しみや生きづらさを解放できる桃源郷的な場所なんですよね。最初に恋に落ちた時の盛り上がりや高まりを取り戻そうとしてみるのだけれど、もうそこには二度とたどり着けない、みたいな普遍的な葛藤が映し出されていた気がします」

松崎「たしかに。アカデミー賞作品賞候補の最有力だったけれど、受賞はできていませんね。そんなところにもアメリカの保守的な一面がよく表れていると思います。当初候補に上がっていた俳優が何人も出演を断ったことを考えても、そういう時代だったのかなと。いまだったら迷わずにOKできる気がするんです。そう思うと、この20年で世の中は本当に変わったと実感しました」

保守的で男性が好きな自分に引け目を感じているイニスと、自分の気持ちに正直なジャック

小川「まあ個体差はあるでしょうけど、今では、ジェンダー自体、当たり前に揺らいでいる、グラデーションがあるものだという価値観が定着していますもんね。雇われカウボーイのイニスとロデオ乗りのジャックという『男らしさ』を象徴するような職業に就いていることからも、50~60年代初頭のアメリカの閉塞感が伝わってきます」

松崎「同性愛もそうだけど、男らしさ自体が古臭い価値観になってその在り方もいまは問われていますよね。ただ、イニスたちはその古臭さにしがみつき、捨てられなくて苦悩しています。男性同士で関係を持つことをあまり重く捉えていないジャックでさえも、結婚して子どもを持ちますから」

小川「ジャックはケガをしてもうロデオはできないとなった時に、じゃあ養ってもらえるような人と結婚しようと別の生き方を定めるわけで、男性としての固定的役割分担にそこまで囚われていないですよね。一方のイニスは本当に保守的で」

松崎「ゲイをリンチして殺したお父さんに育てられていますからね」

小川「それぞれの家庭が、ペンテコステ派とメソジスト派、プロテスタント系の宗派だっていう会話もしていましたよね。だから、罰を受けると思ってしまう。社会の目を意識して、あるべき姿を常に求められることで、自分らしさが蝕ばれてしまうという問題もテーマになっている気がしました」

お互いに家庭を持ちながらも、隠れながら関係を続けるイニスとジャック

のちにハリウッドを代表する演技派への道を進む若手キャストたち

松崎「リー監督のすごさはもちろんですが、のちに『ダークナイト』のジョーカー役で圧巻の演技を見せるヒース・レジャーの演技はすごいなって改めて思い知らされました」

小川「19~39歳までの20年を当時25歳くらいで演じきっていて。表情だけで人生の疲労感やストレスを表現しているのが本当にすばらしいなと」

松崎「特殊メイクとかで加齢を表現しているわけではないので、やっぱり芝居の巧さですよね」

小川「20年の重みを感じました」

松崎「それだけ入り込んで役作りをする人だから、あんなに早く亡くなってしまった…。でも、夫とジャックとの関係を知って苦悩するイニスの妻アルマを演じたミシェル・ウィリアムズとこの作品がきっかけで恋に落ち、女の子を授かるわけで。あんな演技をしながら、恋愛もできるんだなと感心しました」

小川「そこは別でしょう(笑)。ただ、ジェイク・ギレンホールともこの作品以降にすごく親しくなったという話なので、そういう親密な時間を過ごしたのだろうし、それが映っているなと思います」

イニスが同性愛者であることを知ってしまい、夫との関係に苦悩するアルマ

松崎「ジャックの妻ラリーンを演じたアン・ハサウェイもこの作品で一気に演技派の道へ進みましたね。それまでのハサウェイには『プリティ・プリンセス』のようなお姫様のイメージがあり、そういった周囲が作り上げたイメージから抜け出したいという強い気持ちも感じます」

小川「出演を決めた勇気、チャレンジが今の活躍につながっているんですね」

松崎「ジャックとラリーンが知り合いの夫婦と食事をするシーンで、相手の旦那さん(「ストレンジャー・シングス」のデヴィッド・ハーバー)の方がゲイだと示唆するシーンがあるのですが、すごく細かいけれど巧い描写だと思いました。直接的なセリフではないのですが、それとなくジャックを誘っていましたから」

小川「気持ちに正直なジャックと、感情を押し殺すイニスの対比もリアリティがありますよね。いわゆる古典的な、無口な父親のような存在のイニスに対して、ジャックは自分を理解しているから行動力もある」

松崎「メキシコに男娼を買いに行ったり」

小川「でも、自分の中の欲求を認知して対処しようとしているわけだから、ある意味健康的でいいと思うんです。なにより、ジャックは自分が好きなイニスと『一緒にいたい』と言語化できる人じゃないですか。だからそのためにお金を稼いで、牧場を経営するという夢を実現しようとする。でも、世間体を気にするイニスには受け入れられないわけですよね…。2人はすごく違うからこそ、惹かれ合ったんでしょう。ジャックが死んで初めてイニスは己の気持ちと向き合って、一緒にいられるみたいな描写も象徴的だと思いました」

松崎「ジャックの実家を訪れて、彼の部屋のクローゼットにかけてあった、かつて失くしたと思っていた自身のシャツとそれを包むジャックのシャツを見つけるんですよね。そのシャツを手にしてやっと一緒になれるという、せつない演出でした」

小川「一緒になれたのもあるし、失って初めて気づくみたいなところですよね」

ロデオ乗りの道を断たれたジャックは、農耕機材販売会社の経営者を父に持つラリーンと結婚する

松崎「ちなみに、ラストシーンのイニスのセリフの字幕も当時話題になりましたね。ジャックに対する想い、そこまで具体的に言ってないだろ~って」

小川「きちんと言葉にしている字幕で救われた人もいるかもしれないですよね。ただ、セクシャルマイノリティの当事者の方からすると、ハッピーエンドで幕を閉じるような、ロールモデルとなる人物の物語が極めて少ないという悲しさがずっとあったともよく聞きます。この映画が、未来を変えていくための過去の物語であることも救いなのかなと」

松崎「この作品の場合は原作があったし、宗教的な背景もあって余計に厳しかったのかもしれませんね。ある意味、あの悲しい結末だからこそ、観客の心に残り続けていく作品になったとも考えられます。自分の捉え方も含めて、時代の流れ、変化を強く感じた作品でした。当時アカデミー会員たちが作品賞を与えるのを躊躇したことからも、逆に相当先鋭的な作品だったと言えますし」

構成・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は『ある日どこかで』。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

<放送情報>
ブロークバック・マウンテン [PG-12]
放送日時:2023年1月16日(月)1:15~、26日(木)0:30~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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