グレン・クローズの「恐女」ぶりが、公開当時、世の男性たちを震撼させた『危険な情事』

一夜の情事を「遊び」と割り切った男と、「本気」と溺れた女
センセーショナルな話題を呼んだ『危険な情事』

2022/12/05 公開

ヒロインが狂気の暴走!90年代のサイコ作品ブームの先駆けに

1990年代の初め、ハリウッド作品では一つのパターンで話題作が生まれ続けていた。事故に遭った作家を自宅で看護しながら、監禁状態にしていく1990年の『ミザリー』、産婦人科医へ復讐するためにベビーシッターとして彼の家に入り込む1992年の『ゆりかごを揺らす手』、殺人容疑者となった作家が捜査を担当する刑事を誘惑する1992年の『氷の微笑』…。強烈な行動をとり、恐ろしい手も繰り出すヒロインが主人公となった作品だ。いま振り返れば、ちょっとしたブームを感じさせるが、その源をたどると行き当たる作品がある。それが1987年の『危険な情事』だ(日本では1988年公開)。

美しく知的なアレックスに惹かれたダンは、気軽な気持ちから彼女と関係を持ってしまう

「情事」という、今はほとんど使われなくなった単語で、タイトルにもどこか80年代のノスタルジーを感じさせる。妻と娘がいる弁護士のダンが、パーティーで出会った出版社の編集者アレックスと一夜を共にしてしまう。ダンにとっては、あくまでその場限りの「情事」。しかしアレックスは本気でダンに夢中になってしまい、やがてその行動はエスカレート。危険なストーカーによる悪夢的な物語へとシフトし、壮絶を極めるクライマックスが訪れる。ちなみに原題の『Fatal Attraction』は、「致命的な誘惑」という意味。

1987年の全米ボックスオフィスでは、『ビバリーヒルズ・コップ2』、『プラトーン』に次いで年間3位の大ヒット。日本でも1988年のランクで『敦煌』、『ラストエンペラー』などに続く第5位を記録している。このヒットにあやかって、同じ1988年には、ウーピー・ゴールドバーグ主演のポリスコメディが『危険な天使』という邦題で公開された。こちらも原題が『Fatal Beauty(致命的な美しさ=コカインの呼称)』と同じ単語が入っていたからだが、二匹目のドジョウ的なヒットにはならなかった。

ダンに拒まれたアレックスは手首を切り、彼を繋ぎとめようとする

ある種のサイコサスペンスというジャンルにもかかわらず、『危険な情事』はアカデミー賞でも作品賞・監督賞・主演女優賞・助演女優賞・脚色賞・編集賞の6部門にノミネート。観客を興奮させただけでなく、作品自体の評価も高かった。監督はエイドリアン・ライン。1983年の『フラッシュダンス』を大ヒットさせ、1986年の『ナインハーフ』は、エロティック・ラブストーリーとして大きな話題を集めた。この時期のラインは、『危険な情事』も含め、観る者の心を「煽る」演出が冴えわたっており、80年代のハリウッドを牽引する存在となった。当初、ブライアン・デ・パルマが監督をする話も進んでいたが、キャスティングについて製作者と意見が合わず、ラインに回ってきた。ちなみに『フラッシュダンス』の主人公もアレックス。男性もイメージされやすいこの名前が、ライン監督の2作で女性に使われている。

テスト試写によって作られた2パターンのクライマックス

アレックス役は、俳優としてはリスクの大きな役。キャスティングには数多くの候補が上がり、断られたケースもたくさんあったという。この時点ですでに3度のアカデミー賞ノミネートを果たしていたクローズだけあって、彼女のエージェントも難色を示した。しかしクローズ自身は乗り気で、アレックスの過激な行動について精神科医から説明を受けて納得して演じたという。ちなみにアレックス役のオーディションは、エマ・トンプソンやシャロン・ストーンらが受けている。ストーンはその後、『氷の微笑』でマイケル・ダグラスと共演することになる。

スクリーン上でとことん女運のないマイケル・ダグラスのハマリ役に

そのマイケル・ダグラスは、本作と『ウォール街』(1987年)を並行して撮影するなど、俳優としては絶好調の時期。『ウォール街』ではアカデミー賞主演男優賞を受賞しているが、『氷の微笑』では容疑者の性的魅力に翻弄され、1994年の『ディスクロージャー』で過去の恋人にセクハラで訴えられるなど、「自分にも落ち度はあるが、男女関係でひどい目に遭う」という、思わず『危険な情事』で演じたダンを連想させる役が続いたりもして、ダン役が俳優のイメージを固定化させた節(ふし)も感じられる。

一夜の情事を「遊び」と割り切ったダンと、「本気」と溺れたアレックス。この構図からして最初こそアレックスに肩入れしながら観てしまう人も多い。私生活では孤独な彼女に対し、ダンは浮気をしながらも家族と幸福な生活を送り続けるからだ。しかし、アレックスのエスカレートする行動に、われわれの心が追いついていかなくなる。小動物が好きな人には、思わず絶叫してしまうほどの衝撃シーンが用意されるなど、明らかに男性のダンとその家族が、恐るべきストーカーの「被害者」となり、観ているこちらは彼らの心情に寄り添っていく。見方によっては、むしろアレックスに同情を誘うドラマだが、グレン・クローズの怪演もあって、彼女がどんどん悪魔に見えてきてしまうのだ。その流れで、ある意味、「勧善懲悪」の壮絶極めるラストが訪れるのだが、これはすべてを撮り終えた後、再撮影が行われたもの。当初のラストは、アレックスの哀しみに感情移入させ、ダンにも罪を被せるものだった。しかしテスト試写で観た人たちの反応から、よりアレックスに悲惨な運命を与えることが必要だと判断された。

ダンの生活を侵食していくアレックスのストーカーぶりがとにかく恐ろしい!

当初のラストシーンは『危険な情事(ニュー・バージョン)』として公開され、一部のDVDで観ることができる。そのラストの再撮影時に、グレン・クローズの妊娠が発覚しており、バスタブの水の中で息を止めたり、鏡に頭をぶつけたりする演技は、肉体に無理を強いての挑戦となり、クローズ自身、「もう観たくない」そうだ。

この『危険な情事』は公開当時から、主人公の女性をサイコパスとして描いたことに反発する声も上がっていたが、2022年の現在、たしかにこの描き方は明らかに「炎上」の標的になりそう。そこにも時代を感じさせる。

また、時代といえば、『危険な情事』でダンとアレックスが出会うのが、「サムライ式健康法」という本の出版記念パーティーで、会場では板前さんが寿司を握ったりと、これらの描写がいかにも80年代っぽい。『危険な情事』の翌年には『ダイ・ハード』でLAの日系企業ナカトミ商事のビルが犯罪の標的となり、日本人社長が犠牲者となった。日本の国際進出が最も勢いづいたのが80年代だった…と、このように当時の映画を観ながら懐かしむのも、一つの楽しみではないか。

文=斉藤博昭

斉藤博昭●1963年生まれ。映画誌、女性誌、情報誌、劇場パンフレット、映画サイトなど様々な媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。得意ジャンルはアクション、ミュージカル。最も影響を受けているのはイギリス作品。

<放送情報>
危険な情事
放送日時:2022年12月9日(金)23:30~、20日(火)14:45~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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