頭にチタンプレートを埋め込まれたアレクシアの狂気を描く『TITANE/チタン』

尖っていて、痛々しくて、でも妙に心に残る
『TITANE/チタン』『アネット』などカンヌ国際映画祭受賞作

2023/04/24 公開

心かき乱されるような、価値観を揺るがされるような作品たち

カンヌ国際映画祭。是枝裕和監督『万引き家族』(2018年)のパルム・ドール獲得や、当時14歳の柳楽優弥が『誰も知らない』(2004年)で男優賞を受賞したことでご存じの方も多いだろう。新作映画の売買が行われ、約800社が参加するカンヌ・フィルム・マーケットも同時開催されることから、世界三大映画祭の中でも最も世界的な注目度が高いと言われている。

カンヌの受賞作品が持つ特徴は、独自性や商業性。映画作品としてのクオリティの高さはもちろんのこと、革新を求めるからこそ、エンターテインメント性以上に、難解ながらも芸術性に溢れた作品を評価する傾向にある。観てスカッとする、心温まる、というよりは、心かき乱されるような、価値観を揺るがされるような。なんだかすごいものを観てしまった…とクラクラと衝撃を受けるようなものも。そんなカンヌ国際映画祭から一昨年、第74回の受賞作をいくつかご紹介しよう。

やがて成長したアレクシアは「車」に異常な執着心を抱いていく…(『TITANE/チタン』)

最優秀作品に贈られるパルム・ドールを獲得した作品は『TITANE/チタン』(2021年)。フランスの監督ジュリア・デュクルノーの長編第2作だ。

幼少時、交通事故に遭い、頭蓋骨にチタンプレートが埋め込まれたアレクシア(アガト・ルセル)は、それ以来「車」に対して異常な執着心を抱き、危険な衝動に駆られるようになる。やがて自らの犯した罪からの逃亡生活の末、息子が行方不明で孤独な中年男性のヴィンセント(ヴァンサン・ランドン)と出会う。

とにかく強烈なシーンの連続で、特にリアルな痛みの描写はなんとなくその痛みが想像できてしまうため、思わず呻いてしまったほど。なんかもうずっと痛かった。あまりに暴力的かつ奇妙な主人公の行動と、独創的でいて狂気的な展開から最後まで目が離せない。官能的で血みどろな冒頭から一転、終盤こんなに心を揺さぶられることになるなんて。

特に女性は避けがたい心身の変化や押し付けられた女性らしさ、男性らしさへの反発、人間の心の柔らかいところで感じ続けざるを得ない、生きていくことの痛み、みたいなものをキレッキレのセンスで掬い上げ、見せつけるような作品だった。この凄まじい作品に最優秀作品賞を授与するカンヌ、やっぱりすごい。

SNSが孕む恐ろしさを浮き彫りにした『英雄の証明』

グランプリに輝いたのは『英雄の証明』(2021年)。監督は米アカデミー賞の外国語映画賞を二度受賞したイランの監督、アスガー・ファルハディ。

借金を返せず服役しているラヒム(アミール・ジャディディ)。仮釈放中のある日、婚約者が偶然金貨を拾い、それを借金の返済に充てようとするものの、罪悪感に苛まれ、落とし主に返すことを決意する。そのささやかな善行がメディアに報じられたことでラヒムは一気に時の人となる。

意図せずに作り上げられた英雄像が些細なきっかけで崩れ落ち、ネットとメディアに翻弄されるままに運命が狂っていく様子の恐ろしさたるや。イラン映画ながら身近な内容に感じ、絶望感にげっそりしてしまうのは、やはりこのSNS時代、噂程度の情報から暴走した民衆によって誹謗中傷が起こるというのは日本でもよくある話であるからこそ。

些細な出来事によってラヒムの人生は大きく狂い始めていく(『英雄の証明』)

人は善悪どちらかではなく、その間をたゆたい数多の面を持つ曖昧なもの。ずるいところも善良なところも、どちらもたくさんある普通の男の一つの善行が、ちょっとした嘘が、彼を地獄へと追い詰める。その人生の不条理を含め、多面的で表裏一体な人間が、それでも大切にするべきものは何なのかを考えさせられた。

ショービズの闇に飲まれていく両親とその子どもをミュージカルで表現した『アネット』

監督賞を受賞したのは『アネット』(2020年)。23歳の鮮烈なデビュー以降、寡作ながら映画ファンから賞賛され続けてきたレオス・カラックス監督の9年ぶりの新作だ。

毒舌が持ち味なスタンダップ・コメディアンのヘンリー(アダム・ドライヴァー)は、国際的に有名なオペラ歌手のアン(マリオン・コティヤール)と恋に落ちて結婚。やがてその間に非凡な歌唱力を持った娘のアネットが生まれたことで彼らの人生は狂い始めることになる。

まるで美女と野獣のように惹かれ合うコメディアンのヘンリーとオペラ歌手のアン(『アネット』)

ポップバンドの「スパークス」が音楽と原案を担当したロックオペラミュージカルは、華やかでユーモラスなのに悲劇的で、その肌触りは完全にホラー。ショービズの世界に生きる者たちの光と闇、フィクションを愛しているからこそフィクションに飲み込まれ、蝕まれていく両親と、その中に生まれた少女の佇まいが大きなインパクトを残す。傀儡であることをそのままに描くの、ちょっと意地が悪い。でも、だからこそあのラストの叫びに込められた切なさと怒りと哀れみと愛おしさの渦から、しばらく抜け出せなかった。

静かに燃える青い炎のような内側の熱が私の思う「カンヌっぽさ」

人生の主役になりきれない女性の失敗と成長を描く『わたしは最悪。』

女優賞は『わたしは最悪。』(2021年)。アカデミー賞の外国語映画賞と脚本賞にもノミネートされた作品。30歳という節目を迎えたユリアは成績優秀でアートや文章の才能もあるものの、どうにも方向性を決めきれない。年上の恋人と別れ、新しい恋愛に身を投じることで人生の新たな展望を見出そうとする。

子どもで大人で狡くて賢いユリアを演じるレナーテ・レインスヴェの等身大の存在感よ。何がしたいかもわからないままに迷走し、自意識に振り回されてヘトヘトになるユリアに共感が止まらない。パーティーで会った魅力的な相手とのきらきらした瞬間も、ふと襲い来る孤独を浮き彫りにするばかり。でも、選択の果ての今の最悪な自分だって、そんなに悪くないじゃない?と肯定してくれるような優しさを感じた。

周囲になじめずに成長した青年が、悲劇的な恋をきっかけにめちゃくちゃになっていく『ニトラム/NITRAM』

男優賞は『ニトラム/NITRAM』(2021年)。オーストラリア史上最悪の銃乱射事件にインスパイアされた作品。近所から厄介者扱いされているニトラム(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)。母は彼が普通の若者になることを望み、父は彼の将来を案じてできる限りのケアをしようと努めている。ある日、芝刈りのバイトを始めたニトラムはヘレン(エッシー・デイヴィス)という女性と出会う。

事件当日に至るまでの犯人ニトラムの日常と生活を淡々と描き、距離をとったドライな視点で追うからこそ、彼の生きづらさが痛いほどに伝わってくる。まるで地獄。明らかに何かしらの疾患を抱えるこの人を福祉は救えなかったのか?と同情せずにはいられない。内側に爆弾のような孤独と劣等感を抱え、不安定で予測不能なニトラムを見事に体現したケイレブ・ランドリー・ジョーンズの演技は圧巻。

ここまで挙げてきたどの作品も、誤解を恐れずに言えば変な映画たちだ。尖っていて、痛々しくて、でも妙に心に残る。万人受けするとは思わないけど、でもこの価値観を揺さぶられるような経験、静かに燃える青い炎のような内側の熱が私の思う「カンヌっぽさ」。それらに頭をガツンと殴られるように圧倒されることこそが、映画を観る醍醐味のようにも思うのだ。

文=宇垣美里

宇垣美里●1991年生まれ 兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサーとして、テレビ、ラジオ、雑誌、CM出演のほか、女優業や執筆活動も行うなど幅広く活躍中。

<放送情報>
アネット
放送日時:2023年5月18日(木)22:35~

わたしは最悪。
放送日時:2023年5月19日(金)23:00~

TITANE/チタン
放送日時:2023年5月24日(水)22:45~

英雄の証明(2021)
放送日時:2023年5月25日(木)22:45~

ニトラム/NITRAM
放送日時:2023年5月26日(金)23:15~
チャンネル:WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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