白人の恋人の実家を訪れた黒人の青年が体験する恐怖を描く『ゲット・アウト』

歪んだ差別意識や上辺だけのリベラルをあぶり出す
『ゲット・アウト』に見る秀逸なブラックユーモアのセンス

2023/03/27 公開

ガールフレンドであるローズ(アリソン・ウィリアムズ)の実家で週末を過ごすことになった、フォトグラファーの青年クリス(ダニエル・カルーヤ)。そんな彼の懸念は、彼女の両親に交際を認めてもらうと同時に、白人一家にアフリカ系アメリカ人の自分がどう思われるかにあった。

しかし懸念は杞憂にすぎず、ローズの父ディーン(ブラッドリー・ウィットフォード)と母ミッシー(キャサリン・キーナー)は愛情をもって迎え入れてくれたのだ。安堵するクリス。ところが、同宅に従事する黒人ウォルター(マーカス・ヘンダーソン)とジョージナ(ベティ・ガブリエル)に出会った時、なんとも言えない違和感にとらわれる。2人は揃いも揃って、誰かに操られているような応対をクリスに向けたのだ。

やがてその違和感は、ディーン主催のパーティーで同じ黒人青年のローガン(ラキース・スタンフィールド)に出会ったことから確信に変わる。彼もまた、心ここにあらずな空々しさでクリスに不審な印象を与えるが、スマホの撮影フラッシュを受けた瞬間、我に返ったように叫び始めたのだ。

「ゲット・アウト(今すぐここを出るんだ)!!」

恋人の家族から一見歓迎されているように思えたクリスだったが…

コンプライアンスへの配慮によって表現が厳しくなるなか、あえて人種差別をユーモアのネタに

この不穏な叫びをタイトルにした2017年公開の映画『ゲット・アウト』は、グロテスクなユーモアと、ゾッとするような恐怖が絶妙な感覚でせめぎ合うサスペンスの新基準だ。白人のコミュニティにおける有色人種への迫害と支配をスリリングに描きながら、物語は次第にナチスの優生思想と見紛うような忌々しい異常性を放っていく。その様相はサスペンスをまたぎ、サイコホラーの領域にまで足を踏み入れ、ジャンルの定義を大きく拡げたのだ。

本作で人種差別に対するこれまでにない提起をしたのは、2022年の最新作『NOPE/ノープ』で未確認飛行生物の脅威を描いた俊英ジョーダン・ピール監督。自身も主人公のクリスと同じくアフリカ系アメリカ人として生まれ、加えて元コメディアンという異色のキャリアを持つ。

人種や身体的特徴、そして文化の違いがもたらすギャップを誇張し、そこからギャグや皮肉を抽出していくのは、お笑い芸人やコメディアンといったパフォーマーの仕事の一つだ。しかし近年はコンプライアンスへの配慮もあり、他者を傷つけないような「優しい笑い」が称揚の傾向にあるのは否めない。しかし切れ味の鋭い風刺を描くのであれば、攻撃性を犠牲にできないのはジレンマだろう。

こうした状況下において、その強度な毒を自虐的な手段で維持させるケースがある。つまり当事者が自らに鉾先を向けることで、攻撃性を保つというアプローチだ。小柄な者が低身長を揶揄したり、逆に高身長者が高い背丈を自分でネタにする。是非はあるだろうが、そこに「他ならぬ当事者がそう言うのなら」といった、ある種の免罪符がもたらされる。

自分以外の黒人に対してもどこか異様さを感じるクリス

ジョーダン・ピール監督の立場やルーツだからこそ踏み込めた鋭い視点

ピールの本作における立ち回りも、それと似たケースにある。黒人差別をサイコホラーへと発展させた挑発的な作品を、白人サイドから創造するのはレイシストの所業だと炎上を招きかねない。だが、ピール監督は自らの立場やルーツにしたがって作品に取り組み、リスキーな題材に遠慮や忖度なく踏み込んでいく。そうすることでこの映画は、過去にない視点と切り口を持ったサスペンスに仕上がった。そして人種問題を遠慮なく俎上に乗せながら、返す刀で鼻持ちならないリベラリストにも制裁の斬り込みを加えるという、ブラックなコメディセンスさえも存分に発揮しているのだ。

そう、この『ゲット・アウト』には、差別を悪いこととして認識する犯罪者が1人も登場しないところに恐怖の根幹がある。同作を構成する白人たちは、異人種に対する歪んだ尊崇の念が自身を凶行へと向かわせていく。つまり、無自覚な差別は自覚的なそれより悪質だと、物語は見せかけだけのリベラルな姿勢にもアンチな姿勢を示してほかならない。

人種差別をベースにサイコホラーを作り上げたジョーダン・ピール監督に今後も要注目!

アメリカ社会に依然として横たわる問題を異質なストーリーと設定で顕在させ、同時に飛躍した邪意の存在を信じさせるに十分な演出力で、エンターテインメントとしての足場を崩さないピール監督の躍進は、今後のハリウッド映画をまだまだ楽しく、そして文化的に興味深いものにしてくれそうだ。

文=尾崎一男

尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
ゲット・アウト
放送日時:2023年4月1日(土)8:00~、18日(火)18:30~
チャンネル:スターチャンネル1

(吹)ゲット・アウト
放送日時:2023年4月5日(水)16:40~、14日(金)8:00~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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