多くの映画賞に輝き、日本でも新鮮な驚きを与えた『八月のクリスマス』

恋愛映画の名手、ホ・ジノ監督の鮮烈なデビュー作
余命わずかな青年の秘めた想いを描く『八月のクリスマス』

2022/09/26 公開

丁寧に描き出される、ありふれた日常の美しさ

作品の見どころとともに、それを手掛けた監督たちのことも紹介したいと思いながら、毎回書き進めている本コラム。今回は、韓国映画の新しい潮流を強く印象づけたアクション大作『シュリ』に先立つこと半年前の1999年6月に日本で公開され、その静かな語り口と美しい映像で観る者を驚かせた『八月のクリスマス』(1998年)を取り上げる。デビューと同時に韓国映画史に残るこのマスターピースを生み出したホ・ジノ監督は、叙情的な恋愛映画の名手としてキャリアを重ね、近年は歴史大作やテレビドラマへと創作のフィールドを広げている。

不治の病を患い、余命幾ばくもないことを自覚しながら小さな写真館の店主として静かに暮らしているジョンウォン(ハン・ソッキュ)。そんな彼の店に駐車取締員のタリム(シム・ウナ)という女性が頻繁に訪れるようになる。人生の終わりに備え、思い出の中に生きていたジョンウォンの毎日は、彼女の存在によって輝き出し、いつしか2人はほのかな恋心を抱き合う。しかし、ジョンウォンは自分の病について彼女に告げることができない。

テレビを見ていて、ある歌手の遺影を目にしたことをきっかけに「明るく笑っている姿で死を準備する人々はどんな時間を過ごしているのだろう」と考えるようになったというホ・ジノ監督。もともと持っていた「視力を失っていくカメラマン」というアイデアをアレンジして組み合わせ、思い出や記憶の象徴ともいえる写真の専門家が主人公となった。

何気ない時間を共に過ごすうち、2人はしだいに惹かれ合っていく

60年代後半から活躍し、本作が遺作となった撮影監督ユ・ヨンギルによる温かい映像でとらえられたこの映画には、スクーターやアイスクリーム、相合傘といった、なつかしさを誘うアイテムが次々と登場する。デジカメやスマホの普及によって役割を終えつつある写真館という場所も、ノスタルジーを強く呼び起こす。さらに、ジョンウォンが老いた父と暮らす趣のある家には、やわらかな日が差し、その中で、皿を洗う、米をとぐ、スイカを食べるといった日常の動作が丁寧に描写され、ジョンウォンの目に映るありふれた暮らしの美しさが胸に迫る。微笑み続けながら旅立つ準備を整えていたジョンウォンの前に、まるで贈り物のように現れたタリムとの慎ましいやりとりが、長く記憶に残る。

記憶に残る多くの作品を生み続けているホ・ジノ

ジョンウォンを演じているのは、90年代半ばから「すべての映画の脚本が彼の元に集まる」と言われるほどの活躍が続いていたハン・ソッキュ。前述した『シュリ』をはじめ、イ・チャンドン監督のデビュー作『グリーンフィッシュ』(1997年)、恋愛映画の新たな境地を開いた『接続 ザ・コンタクト』(1997年)、そして今作と、忘れがたい作品に次々と出演し、現在まで精力的に活動している。2019年には『世宗大王 星を追う者たち』で、久しぶりにホ・ジノ監督とタッグを組み、『八月のクリスマス』で息子を見送る悲しさを抑えた演技で見せた父親役のシン・グとも再共演を果たしている。暑い夏の日に、突然、ジョンウォンの前に登場するタリム役は、当時のトップ俳優だったものの、本作から2年後に公開された『Interview インタビュー』(2000年)を最後に引退してしまったシム・ウナ。瑞々しい美しさにあふれ、この作品だけでもその魅力が十分に伝わってくる。

90年代に活躍した女優シム・ウナの代表作ともなった

今作で鮮烈なデビューを果たしたホ・ジノ監督は、2001年に第2作『春の日は過ぎゆく』を発表。録音技師の青年と年上のラジオプロデューサーとの恋を、美しい季節の移り変わりの中で描いたこの作品もラブストーリーの名作として知られている。特に、自宅まで車で送ってくれた男性主人公に向かって女性主人公がかける「ラーメン、食べていく?」というセリフは、女性が男性を誘う際に使うお約束の言葉となり、その後、多くのパロディを生み出した。日本でも大ヒットしたドラマ「愛の不時着」でも、北朝鮮のチェリストと韓国からやってきた訳あり男性とのカップルの対話の中で登場しているが、もともと、「コーヒー、飲んでいく?」という平凡な(?)セリフだったのを、現場で俳優たちがアレンジしたものだという。また、男性主人公が口にする「愛がどうして変わるの?」というセリフも、多くの作品で引用されている。

2人がそっと寄り添う相合傘をはじめ、印象的なシーンが満載

その後も、ホ・ジノは、韓流ブームの火付け役となったペ・ヨンジュンと、多くのラブストーリーで好演してきたソン・イェジンが組んだ『四月の雪』(2005年)、ファン・ジョンミンとイム・スジョン共演の『ハピネス』(2007年)、韓中合作の『きみに微笑む雨』(2009年)と、繊細なタッチの恋愛映画を作り続けた。いずれの作品でも、風や光といった自然の描写や、「理解できない存在」としての女性像が共通している。また、ソン・イェジンを再び主演に迎えた『ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女』(2016年)は、歴史的な出来事をベースにしたドラマティックな作品だった。昨年は「人間失格(原題)」で初めてドラマも手掛けた。

2005年には、山崎まさよし主演で日本でもリメイクされた『八月のクリスマス』。死と隣り合わせだからこそ輝く人生の一瞬を切り取った普遍的な物語は、時間を飛び越え、観るたびに私たちの心をとらえる。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニムズ・ジェンダーから読む」(青弓社)がある。

<放送情報>
八月のクリスマス
放送日時:2022年10月3日(月)21:00~、13日(木)17:00~
チャンネル:ザ・シネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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