スウェーデンの夏至祭に訪れた大学生グループが、恐ろしい儀式に巻き込まれる『ミッドサマー』

『ミッドサマー』『ハッチング-孵化-』…
北欧発のホラーに価値観を大きく変えられる

2023/07/31 公開

強烈でアーティスティックな映像に脳ごと価値観がシェイクされる

何を怖いと感じるか、そこにはその人が育ってきた風習や文化、宗教が知らず知らずのうちに絡んでくるものだ。例えば日本のホラーは、生前の恨みつらみが凄まじい執着となって襲い来る幽霊や、「そういうもの」としてのべつ幕なしに祟りまくる怨霊など、目に見えない何かがじわじわと登場人物を追い詰めるものが多い印象。一方のハリウッドホラーだと、悪魔や怪物、ゾンビなどが物理的な攻撃を仕掛けてくるような、派手な効果音やグロテスクなシーンで否応なしに叫び声を上げてしまうスタイルが主流だろう(もちろん、どちらにも例外はたくさんある)。台湾・香港なら精神的にじわじわと追い詰められるようなもの、イタリアのホラーはスプラッターながらその画面に背徳的な美しさを感じられるなど、それぞれどうしたってお国柄が出るものだ。そんななか、最近注目を集めているのが北欧ホラーだ。

ストーリーの不穏さに対し、色鮮やかな映像や美しい美術が印象的(『ミッドサマー』)

多くの人が北欧ホラーを知るきっかけとなったのが、アリ・アスター監督作『ミッドサマー』(2019年)だろう。妹が両親を道連れに自殺して以来、精神状態が不安定になっていたダニー(フローレンス・ピュー)は、関係がぎくしゃくしていた彼氏のクリスチャン(ジャック・レイナー)が友人たちとスウェーデンの奥地の村へ旅行すると知り、自分も同行することに。白夜で太陽が沈むことのないホルガ村は、90年に一度行われる伝統的な夏至祭の真っ最中。しかし美しく楽園のように思えたその村には、様々な秘密が隠されていた。

ホラーには珍しく暗闇などない、終始妙に明るい画面の中には花が咲き誇り、美しい自然と村人の笑顔でいっぱい!なのにずっと不穏。主人公たちが摂取する薬物の影響が画面にも表れ、ドラッギーな映像やもはやアート的な死体の数々に脳ごと価値観がシェイクされるよう。冒頭から絵や会話で結末を暗示させるような仕掛けがあり、観た後にそれぞれの伏線を読み解くのも面白い。

話の表面だけ追うと「家族を失い、愛を感じない彼氏の存在に傷ついていた女性が、新しい家族を見つける話」とも取れる。その結末がハッピーエンドなのか否か、考えるほどに答えが見つからないけれど、どこかセラピー的な癒しの効果も感じるのはそのためだろう。制御しえない感情を爆発させ、悲しみや苦しみを理解しようともしない姿勢がいかに暴力的かを訴えるその描写は切実ですらある。私の友人はなぜか『ミッドサマー』を観るとよく眠れるそうだ。ここだけの話、私も鑑賞後、不思議な爽快感を覚えた。連日の寝苦しさに睡眠不足を感じている人におすすめ、かもしれない。

絵に書いたような幸せな家庭の真の姿を浮き彫りにしていく『ハッチング-孵化-』

『ミッドサマー』と同じく、かわいらしく明るい画面と進行する悲劇とのギャップに胸抉られること間違いなしなのが、フィンランド発のホラー映画『ハッチング-孵化-』(2021年)。12歳の少女・ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)は、完璧で幸せな家族の動画を配信することに夢中な母親の理想を叶えるため、すべてを我慢して体操大会での優勝を目指す日々を送っている。ある夜、森で奇妙な卵を見つけたティンヤは、家族に秘密にしながらその卵を温め始める。

花柄と淡い色彩が基調のかわいらしい壁紙やインテリアが割れ物だらけのリビング、ティンヤや母親の着る少女趣味なワンピースなど、北欧スタイルの可憐な美術がこの家族の壊れっぷりをより引き立てる。毒親そのものの母親の言動は、卵から生まれたクリーチャーよりもよほどグロテスクで息苦しい。逃れようのない母親からの抑圧、家庭という閉ざされた空間の地獄みが観客と地続きのホラーを感じさせ、胃をぎゅっと鷲掴みにされたように感じた。母親も怖いが父親もひどい。なお、犬は無事ではない。

広大な自然に囲まれながら暮らす夫婦が、ある「何か」を育てていく『LAMB/ラム』

神々しく厭世的な空気感と独特の後味は北欧ホラーならでは

北欧の中でもさらに北に位置するアイスランドで生まれた映画が『LAMB/ラム』(2021年)。ホラーのような、神話のような、観たことのない新しいタイプの「ネイチャースリラー」だ。人里離れた山間部で暮らす羊飼いの夫婦は、羊から生まれた羊ではない「何か」をアダと名付け、わが子のように慈しみ育てるようになる。

広大な自然が美しい一方で、寒々しい曇り空や分厚い霧がどんよりとその場所の閉鎖性を暗示する。動物たちはもふもふとかわいいものの、どう考えても普通じゃないのに淡々と日常を送る夫婦の不穏さに背筋が冷えた。静かなる狂気は思わず笑っちゃいたくなるほど滑稽で、不憫で、だから怖かった。セリフが少ないからこそ、観た後もずっと考えたくなる作品だ。なお、犬は無事ではない。

生まれながらに醜い容姿を持つ男女が、ある秘密に迫っていく『ボーダー 二つの世界』

最後にご紹介するのは、スウェーデンとデンマークの共同映画『ボーダー 二つの世界』(2018年)。ホラーよりもミステリーやダークファンタジーといった要素を強く感じる人が多いかもしれない。怖さ以上に主人公の感じる足元が崩れ去るような途方もない孤独に、生きていくことの寂しさを見て打ちのめされた。

並外れた嗅覚で悪事を働く人間を嗅ぎ分ける税関職員のティーナ(エバ・メランデル)は、同じ容姿の特徴を持つ怪しい旅行客の男・ヴォーレ(エーロ・ミロノフ)と出会う。彼との出会いの中でティーナは自分とは何かを知ることになる。

仕事中の気まずそうな彼女と、自然の中を全裸で嬉しそうに走り回る彼女のギャップといったら。これはマジョリティの中で生きるマイノリティの話だ。やっと出会えた同胞とすらわかり合えるとは限らない、そんな人生のやるせなさや、所詮ひとりぼっちでしかない事実やそれでも生きていかなければならない現実に悲哀を感じ、はらはらと流れる涙を止めることができなかった。似ても似つかないティーナの人生がどうしても他人事とは思えなくて。

昔、初めて北欧に降り立った時、雪や森が音を吸うからかあまりに周囲が静かでなんだか怖くてドキドキしたことを覚えている。雄大な山々と鬱蒼とした森が醸すどこか神々しく厭世的な空気感と独特の後味は北欧ホラーならでは。日本の暑すぎる夏に、ぜひ北欧ホラーでひんやりとした空気を感じてみては。

文=宇垣美里

宇垣美里●1991年生まれ 兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサーとして、テレビ、ラジオ、雑誌、CM出演のほか、女優業や執筆活動も行うなど幅広く活躍中。

<放送情報>
LAMB/ラム
放送日時:2023年8月27日(日)22:00~

ミッドサマー
放送日時:2023年8月28日(月)0:00~

ボーダー 二つの世界
放送日時:2023年8月28日(月)2:30~

ハッチング-孵化-
放送日時:2023年8月28日(月)4:30~
チャンネル:WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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