実話をベースに描く、熾烈な大統領選の裏側
ポリティカル・スリラー『キングメーカー 大統領を作った男』
2023/12/04 公開
政治家と、その「影」と言われた参謀の信頼関係の揺らぎ
男同士の絆を描く作品が目立つ韓国映画。実在の人物をモデルにした『キングメーカー 大統領を作った男』(2021年)も、歴史ドラマというジャンルの枠を越え、政治家と選挙参謀との信頼関係の揺らぎを見つめる。
1960年代はじめの韓国。今や軍事境界線の北となってしまった地域が故郷であるという経歴のため、人生に希望が持てないでいたソ・チャンデ(イ・ソンギュン)は、ある日、街で見かけた野党系の政治家キム・ウンボム(ソル・ギョング)の演説に惹かれ、この人であれば世界を変えられるのではと考える。早速、彼の選挙事務所に行ったチャンデは自分にも手伝わせてほしいと頼み込んでスタッフとなり、巧みな戦術でウンボムを当選させる。勝つためには不正ギリギリの方法を駆使することも厭わないチャンデを警戒していたウンボムだったが、与党との厳しい選挙戦を戦うため、その後も、彼に選挙本部の指揮を任せていった。大統領選挙が近づき、党内での候補者選びに参戦することを決めたウンボム。接戦が予想されるなか、チャンデは対立候補に近づき、ある取引を持ちかける。
長期にわたった軍事政権に対抗する民主化勢力のリーダーとして知られ、日本での拉致事件や死刑宣告といった波乱の人生の末、73歳で大統領となったキム・デジュン(金大中)。今作は彼とその参謀オム・チャンノク(厳昌録)をモデルにしている。「自分が正しいと思う目的を達成するために、正しくない手段を使うことはどこまで許されるのか」を観客に問いかけながら、表舞台に立つ政治家と影として彼を支える男との複雑な心理の変化が描かれていく。
監督は、捜査のため身分を隠して刑務所に入った若き警官と彼のターゲットとなった麻薬組織のナンバー2との奇妙な信頼関係に焦点を置いたクライムアクション『名もなき野良犬の輪舞』(2017年)で大成功を収めたピョン・ソンヒョン。同作でZE:Aのイム・シワンとのブロマンスを見せ、熱狂的なファン層を生み出したソル・ギョングを再び主演に起用している。
『キングメーカー 大統領を作った男』の企画はかなり前から温めていたもので、『名もなき野良犬の輪舞』と同時期にソル・ギョングに脚本を渡していたという。しかし、歴史に名を残す実在の人物の名前がそのまま使われていたということもあり、あまりにもプレッシャーを感じたソル・ギョングはなかなか出演を決めることができなかったそうだ。結局、主人公の名前は「キム・ウンボム」と変更されたが、演じるにあたってソル・ギョングは「実在の人物を完全に別人のように演じることもできず、全羅道(チョルラド)方言のような特徴を完全に無視することもできなかった。ものまねはやめようと思ったが、同じ時代を生きてきた人物なので、自分の目で見た姿が頭の中に残っていて、それを振り切ることはできなかった」と、あるインタビューで語っている。
歴史的な事件を基に、スタイリッシュな映像とスピーディな展開で魅了する
ウンボムの思想と人柄に魅了され、自らの知力を使って彼を支えるチャンデ役は『パラサイト 半地下の家族』(2019年)のイ・ソンギュン。巧みな話術でスタッフたちの士気を高め、時に詐欺まがいの手口まで使う男を演じている。そのほか、キム・デジュンと並んで、軍事政権と闘い、一足先に大統領となったキム・ヨンサム(金泳三)をモデルにした政治家キム・ヨンホ役を「梨泰院クラス」以降、ドラマでも活躍の目立つユ・ジェミョン、パク・チョンヒ(朴正煕)がモデルの大統領パク・キス役に『サムジンカンパニー1995』(2020年)のキム・ジョンス、さらに、チャンデの実力に目をつけ、礼儀正しい口調の向こうに残酷さを隠して近づく中央情報部長イ・ジンピョ役に『ハード・ヒット 発信制限』(2021年)のチョ・ウジンと、実力ある俳優たちがそろって出演している。パク・チョンヒ大統領と側近たちの勢力争いは『KCIA 南山の部長たち』(2020年)や『ハント』(2020年)といった作品でも取り上げられているので、機会があれば見比べてみてほしい。
これまで本コラムでも紹介してきたように、韓国では歴史的な事件を取り上げた作品が数多く作られてきた。例えば、2013年の『弁護人』でも、元大統領ノ・ムヒョン(盧武鉉)の弁護士時代が描かれていた。しかし、『キングメーカー 大統領を作った男』は、「10代が見てもおもしろい映画になることを願った」というピョン・ソンハン監督の言葉通り、スタイリッシュな映像とスピーディな展開が新鮮さを感じさせる。有権者へのプレゼント攻勢や、大統領サイドによる地域対立を煽るような広報活動など、70年代の熾烈な選挙の裏側も興味深い。
自らを「2000年代はじめに作られた韓国映画の息子だと思っている」というピョン・ソンヒョン監督。最新作となるNetflixの映画『キル・ボクスン』では、当時から現在に至るまで韓国映画界を牽引してきたチョン・ドヨンを迎え、平凡な母親と殺し屋という2つの顔を持つ女性が主人公のアクションを完成させた。彼女の上司役で盟友のソル・ギョングも登場し、これまた不思議な愛憎劇が繰り広げられている。
文=佐藤結
佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「韓国映画で学ぶ韓国の社会と歴史」(キネマ旬報社)、「作家主義 韓国映画」(A PEOPLE)など、訳書に「私書箱110号の郵便物」(アチーブメント出版)がある。
<放送情報>
キングメーカー 大統領を作った男
放送日時:2023年12月9日(土)23:00~、14日(木)10:45~
チャンネル:スターチャンネル1
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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