近代韓国史の闇を描き出す衝撃作『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』

1990年代、驚愕の実話に基づくスリリングなスパイ映画
『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』

2023/01/30 公開

北の情報を探る潜入工作員が知った、南と北の「裏の裏の裏」

『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)や『1987、ある闘いの真実』(2017年)など、激動の現代史を題材とする秀作を次々と生み出してきた韓国映画。今回紹介する『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』も、驚きの実話を基にしたスリリングなスパイ映画だ。

軍での輝かしい経歴を捨て、情報機関である国家安全企画部室長直属の諜報員となったパク・ソギョン(ファン・ジョンミン)。北朝鮮の核開発に関する情報を探ることになった彼は、ビジネスマンになりきり、中国で活動する北朝鮮の幹部リ・ミョンウン所長(イ・ソンミン)に接触する。苦労の末、リ所長と会うことに成功したパク・ソギョンは、「韓国企業のCMを北朝鮮で撮影する」という計画を持ちかけ、その裏で現地調査を行おうと画策。外貨獲得が望めるこの提案に興味を覚えたものの、自らの権限で決められないと判断したリ所長は、最高指導者である金正日との会談をセッティングし、パク・ソギョンを首都・平壌へと招く。

徹底したリサーチと考証を基に、1990年代の北朝鮮の姿を再現している

『悪いやつら』(2012年)や『群盗』(2014年)のユン・ジョンビン監督が「情報機関による政治介入について映画を作ろう」と決めたことから始まった今作。資料にあたっていくなかで、対北工作を行っていたコードネーム「黒金星」ことパク・チェソと、彼が関わった作戦について知り、興味を引かれたという。1998年に国家安全企画部からマスコミにリークされた文書によってその存在が明らかになっていたパク・チェソは、当時、国家保安法違反で服役中(2010〜16年)だったが、家族の仲介や手紙などを通じて映画化の許可をとり、脚本を書き進めていった。彼をモデルとする主人公パク・ソギョンが、執拗な牽制にも屈せずに北側の信頼を勝ち取り、ついには最高責任者にまで会うという内容は、「映画よりも映画的」とでも言いたくなるほどドラマティックだが、ほぼ実話通りとのこと。また、北朝鮮を訪れたパク・ソギョンが目にする首都・平壌の街並みや視察で目にする地方の村などの場面は、外国のエージェントから入手した実際の映像を合成したり、風景の似た中国東北地方の延辺朝鮮族自治州で撮影してCGで加工したりといった手法で再現したという。

気鋭の監督&実力派俳優競演による骨太なドラマ

ユン・ジョンビン監督は、韓国男性の義務である兵役中に起きた事件を取り上げた大学の卒業制作『許されざるもの』(2005年)で注目されて以降、ホストクラブを舞台にした人間模様『ビースティ・ボーイズ』(2008年)、1980〜90年代の釜山の裏社会でのし上がっていく男が主人公の『悪いやつら』、荒くれ者たちが権力者に挑む時代劇『群盗』と、骨太でエンターテイニングな作品を生み出してきた。昨年は、南米スリナムを拠点に勢力を伸ばした実在の麻薬密売人と彼を逮捕しようとする国家情報院との駆け引きを描く「ナルコの神」でドラマシリーズの演出にも初挑戦している。

頭脳と心理を駆使したスパイ戦の主軸となる「黒金星」を名優ファン・ジョンミンが演じる

所属先である国家安全企画部内でもほとんどの人が知らない秘密任務に携わることになるパク・ソギョンを演じているのは、『ベテラン』(2014年)などの名優ファン・ジョンミン。モデルとなった人物の若い頃と似ていたことが起用の決め手になったということだが、方言を多用する気さくなビジネスマンになりきりながらも本音を見せず、敏腕スパイらしい隙のない振る舞いをキレのある演技で表現。監督から「映画が始まって1時間ほどは、お互いに対して心の内を見せないように演じてほしい」と言われながら演じたという、リ所長との緊張感あるやりとりも見ものだ。ユン・ジョンビン監督とは今作が初タッグだったが、引き続き「ナルコの神」に出演し、そちらでも牧師と麻薬王という2つの顔を持つクセのある男になりきっている。

そんな彼と接触し、お互いの本音を探っていくリ所長役は、『群盗』に続いてユン・ジョンビン作品への出演となるイ・ソンミン。様々な方法でソギョンを試しながら、少しずつ信頼を深めていくリ所長は、「冷たく始まって熱く終わる映画だと考えながら作りました」というユン・ジョンビン監督の言葉を体現する人物となっている。また、落ち着いた彼とは対照的に、終始ソギョンを疑い、挑発を続ける国家安全保衛部課長を「神と共に」シリーズのチュ・ジフンが演じている。

「黒金星」が訪れる金正日の別荘もリアルに再現され、緊迫したシーンを生み出している

冷戦が終わった1990年代初頭、北朝鮮は核を持つことによってアメリカに対抗しようとしていた。一方、韓国では1987年に多くの人々の努力で軍事政権を倒して民主化を達成し、1993年には文民出身の金泳三大統領が誕生。新しい時代に入っていたと思われた時期に、こうした生々しい対北活動が行われていたということに驚かされる。映画の中では金泳三と並んで民主化運動の中心人物だった金大中が挑んだ1997年の大統領選挙も、重要な背景として登場する。また、北朝鮮を訪れたソギョンが当時の最高指導者だった金正日の豪華な別荘や、貧しさに苦しむ一般の人々の様子などを目撃する一方で、韓国の国会議員たちは自分たちの選挙を有利に進めるために別のルートから「北の脅威」を利用しようとする。「表」に見える事象だけではわからない南北関係の複雑さも伝わってくる。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む」(青弓社)がある。

<放送情報>
工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男
放送日時:2023年2月1日(水)18:00~、12日(日)16:15~
チャンネル:スターチャンネル1

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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