国籍不明の武装集団による領土侵犯をきっかけに、敵艦から国を守る防衛隊員の姿を描く『空母いぶき』

もしも日本が戦争に巻き込まれたら…
戦争をしないための戦いを描く『空母いぶき』

2023/03/27 公開

艦内という狭い場所で展開する人間ドラマが胸を打つ

日本映画で過去の戦争を描いた作品は数あれど、現代戦を描いたものはほとんどない。終戦から80年近くが経ったいま、多くの日本人にとって「戦争」は実感が湧きにくい昔の出来事だからだ。そんな世に一石を投じたのが、かわぐちかいじ原作の同名コミックを、『ホワイトアウト』(2000年)、『沈まぬ太陽』(2009年)の若松節朗監督が映画化した、手に汗握るスペクタクルにして骨太な社会派エンターテインメント作品『空母いぶき』(2019年)である。

20XX年12月23日未明。国籍不明の武装集団が沖ノ鳥島の西方450km、波留間群島初島に上陸。我が国の領土が占領されてしまう。海上自衛隊は直ちに小笠原諸島沖で訓練航海中の第5護衛隊群に出動を命じる。その旗艦こそ、計画段階から専守防衛論議の的となり、国論を二分してきた、自衛隊初の航空機搭載型護衛艦「いぶき」だった。艦長は航空自衛隊出身の秋津竜太一佐(西島秀俊)。補佐役の副長は、海上自衛隊生え抜きの新波歳也二佐(佐々木蔵之介)。自衛隊員、政治家、メディア、日本の平和を守るため、様々な立場の人間が、それぞれの場で決断を迫られていく――。

「沈黙の艦隊」や「ジパング」などで知られる巨匠・かわぐちかいじによる原作コミックは、2014年から2019年までビッグコミックで連載され、単行本は全13巻で完結。原作の監修・協力を担当したのは、かわぐちの幼稚園時代からの盟友で、映画公開前に病のためこの世を去った伝説的な軍事ジャーナリストの惠谷治。壮大なスケールで描かれる軍事エンタメものを得意とするかわぐち作品の中でも、とりわけ真に迫るリアリティが特徴の「空母いぶき」は、多くの熱狂的なファンを生み、連載中に2017年度・第63回小学館漫画賞一般向け部門を受賞した(ちなみに現在、70代半ばのかわぐちは、本作での「いぶき」の戦いから5年後を描く新シリーズ「空母いぶき GREAT GAME」を同誌で連載中である)。

武装集団は、やがてミサイル攻撃を始める。それに対して彼らが選ぶ戦い方とは?

映画制作当時、原作はまだ連載中で、結末は誰にもわからない。しかも、原作は中国軍が尖閣・先島諸島に侵攻するという、あまりにも生々しいストーリー。いくらフィクションとはいえ、現代を舞台に、海上自衛隊と中国海軍が戦う話をそのまま映画化するのは難しいということで、中国を東亜連邦という国交のない架空の国に、侵攻先を尖閣・先島諸島から波留間群島に属する架空の島に変更した。まず、ここが原作と映画の大きな違いだ。

さらに長大な原作を2時間ほどの映画にまとめるため、そう遠くない未来の1日=24時間という限られた時間の中で展開するオリジナルの物語に作り上げた。そして、自衛隊員と政治家たちのドラマを中心とした原作に対し、映画版では原作の主要登場人物たちを活かしつつも、メディア関係者やコンビニの従業員など、独自のキャラクターをどんどん投入。原作ファンだけでなく、日頃、国際情勢にさほど興味のない層の人たちの胸にも響くような、地続き感のあるストーリーになっている。

日本初の垂直離着陸戦闘機を搭載した護衛艦「いぶき」の艦長・秋津を演じるのは、原作コミックのビジュアルともかなり似ている西島秀俊。いかなる状況でも自身の感情を表に出さず、常に謎めいたアルカイックスマイルを浮かべ、独特のカリスマ性がある人物を終始抑えた演技で体現している。一方、秋津とは防衛大の同期で、大学時代は切磋琢磨し合った仲という設定の副長・新波を演じるのが佐々木蔵之介。人情深く、誠実かつ情熱的な人柄の新波は、誰もが素直に共感できる、ある意味、主人公より主人公らしいキャラクターだ。

「いぶき」を旗艦とする第5護衛隊群は、護衛艦「はつゆき」、「あしたか」、「いそかぜ」、「しらゆき」、潜水艦「はやしお」の全6艦。「はつゆき」艦長・瀬戸役に玉木宏、「はやしお」艦長・滝役に高嶋政宏など、それぞれの艦長のキャラごとに、隊員や艦のカラーが反映されているのが興味深い。

ネットニュース社の記者である本多は「いぶき」に乗り込み、ジャーナリストとしての使命を全うする

劇中、苦渋の決断で、戦後初の「防衛出動(我が国を防衛するため、必要な武力を行使することができる)」を発令するという重責を担う内閣総理大臣・垂水役に佐藤浩市。そして、映画版オリジナルのキャラクターとなる、ネットニュース社の新米記者・本多役に本田翼、その上司でプロデューサーの晒谷役に斉藤由貴、コンビニの店長・中野役に中井貴一など、個性豊かな豪華キャスト陣が集結。海と空の激しい戦いの現場とは離れた所にいる人々の姿を描くことで、緊迫した物語に広がりを持たせている。

航空自衛隊出身の秋津と、海上自衛隊出身の新波は、戦いの際の心持ちもまったく異なる

CGを駆使してリアルに描かれた巨大な護衛艦や戦闘機をはじめ、原作コミックのスケール感を表現したパワフルな映像もすごい。だが、やはり本作の一番の見どころは、艦内という閉鎖空間で繰り広げられる隊員たちの人間ドラマだろう。

なかでも、艦長・秋津と副長・新波の関係性は重要なポイント。そもそも、航空自衛隊出身の秋津はパイロットなので、「戦う時も死ぬ時もたった一人」だが、1艦300人の乗組員が運命を共にする世界の中で生きてきた海上自衛隊出身の新波は「戦う時も死ぬ時も互いの命を預けている」という感覚。ここが、「戦わなければ、守れないものがある」という秋津と、「味方にも敵に対しても、極力死傷者を出したくない」という新波の考え方の違いにも表れる。また、そんな艦長・秋津の「いぶき」を守るため、ほかの全護衛艦が身を挺して戦い、盾になっていく展開に胸が熱くなる。

状況は想像を超えていき、第5護衛隊群は戦闘態勢へ突入する

戦争という状況そのものが敵という共通認識

日本は戦争をしない国だ。では、戦争を仕掛けられた時はどうなるのか。アメリカがどこまで守ってくれるのか。秋津と新波の関係は、そのまま、もしも日本が戦争に巻き込まれたら…という問いへとつながっている。とはいっても、本作はとことん厳格に「戦争放棄・戦力の不保持・交戦権の否認」という現在の日本の憲法に則って進んでいく。あくまでも戦争映画ではなく、戦争をしないための戦いを描く物語なのだ。相手と戦う力は十分に持っている主人公が葛藤しながらも、訳あって、防衛のための最小限の力しか出さない――という縛りのあるバトルものを観ているようなスリル感がたまらない。

本作のスピリットを鮮やかに象徴しているのが、やむにやまれぬ状況下でミサイルを撃ってくる敵機を撃墜するシーン。全艦内が静まり返り、まるで味方が撃ち落されたかのような雰囲気が漂うなか、秋津がみんなに向かって「忘れるな。この実感は忘れずに覚えておけ」と言う。彼らが安堵の声を上げるのは、相手の攻撃を無力化し、相手も自らも無傷だった時だけだ。ここがアメリカの戦争映画とはまったく違う。終盤、捕虜となった敵のパイロットに秋津が英語で語りかける、静かなクライマックスシーンも必見だ。

選択を迫られる政府や、平和を脅かされた市民たちの緊張感も切り取る

本作の公開当時は、とてつもない被害をもたらす戦争という状況そのものが敵という世界共通の認識があった。国際法でも戦争は原則として違法だ。しかし、公開から数年が経った現在、領土拡大のための戦争が現実のものとなり、国際法が意味を持たないこと、一度始まった戦争はなかなか終わらないこと、諸外国の積極的な介入は期待できないことなどがわかってしまった。本作が私たちに投げかけるメッセージの重みはどんどん増すばかりだ。

文=石塚圭子

石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、さまざまな世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。

<放送情報>
空母いぶき
放送日時:2023年4月8日(土)20:56~、9日(日)12:00~
チャンネル:ムービープラス

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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