元は仮想世界に生きる優秀なプログラマーだったが、のちに人類を導く「救世主」として覚醒するネオ(『マトリックス リローデッド』)

映画の世界が現実のものに?
映画史だけに収まらない『マトリックス』の革新性

2022/08/29 公開

1999年、のちに記念碑的作品となった『マトリックス』第一作が日本で公開された時、私は10代の終わり頃だった。なにやらすごい映画が今度上映される、という評判はすでに高かった。田舎の町には不釣り合いの黒いロングコートを着た同級生を「マトリックス!マトリックス!」とちょっとネタにして、それでも映画が公開されると胸を躍らせ観に行った。よくわからないけどすげえもんを観た、と思った。いい大人がコスプレっぽい格好をして神妙な顔で何かと戦っている姿は(いま思えば現在のアメコミ映画の先駆けだけど)、ちょっと半笑いで観ていた。だが、それも映画の凄まじい物量・熱量であっという間に吹き飛んだ。

インターネットがまだ一般的じゃなかった時代に本格的なサイバーパンクの世界を構築

日本でインターネットが爆発的に普及したのは、windows95の発売以降。それから4年後に『マトリックス』が公開。黎明期からインターネットの世界に慣れ親しんでいた大人ならともかく、当時の私がどこまで『マトリックス』の世界を理解していたかは心許ない。どちらかといえば、それまで観たことのなかった斬新なアクションカットの数々に興奮し、映画制作を学んでいた同級生たちと「どうやって撮ったんだろうね」と盛り上がった。

あれから20数年。「マトリックス」シリーズは、サイバーパンクと呼ばれるSFジャンルのカテゴリーを突き抜け、ほぼ古典的教科書みたいな地位にある。研究論文の世界では、どれだけ後進の論文に引用されたかが、評価測定の一つになると聞いたことがある。だとすれば、このシリーズほど、評論やサブカルチャー言説、あるいはSNSなどで言及された映画はないんじゃないだろうか。そんな気がする。

私たちが生きている世界はマシンが作り出した仮想空間だった(『マトリックス』)

「いま、私が生きている世界はニセモノなんじゃないか。真の世界は別にあって、私は幻を見させられているのでは?」

そんなことを考えた人は、特に思春期の頃には多いんじゃないだろうか。『マトリックス』が描くのは、その妄想が本当だった、私たちの現実は嘘だ、という世界だ。人類が機械(人工知能)との戦いに負けつつあり、滅亡の危機にある。生身の有機体ゆえの弱さで、もはや人工知能を相手に勝つ術はない。そんなディストピアの物語は、先行する映画『ターミネーター』(1984年)でも描かれていた、でも、『マトリックス』がより徹底していたのは、仮想現実を戦いの場としたことだ。特に第一作『マトリックス』と第二作『マトリックス リローデッド』(2003年)の中心バトルは、ほぼ仮想現実のなかで行われる。

仮想世界が拡張し続ける現在。『マトリックス』の世界がよりリアリティあるものに

監督のウォシャウスキー姉妹(映画公開時は兄弟)も公表しているとおり、この設定は押井守監督の『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995年)など、先行するSFフィクション作品の影響下にある。だけど、『マトリックス』シリーズほど徹底的に実写作品でやりきったものは、それまでなかった。物語がしばしば抽象的な議論で停滞しても、めまぐるしいアクションシーンがそれを呑みこんでいく。当時、VFXの技術が大幅に進歩したのも大きいはずだ。

人類が生き延びている現実の世界があまりにも絶望的に酷く、ぶっちゃけこんな地獄みたいなところで生きるくらいなら、幻でもいいから仮想空間で生きていたい。本作を観てそう思う人は、当時や現在でも多いだろう。

暴走し、増殖し続ける宿敵エージェント・スミスとの最終決戦に挑むネオ(『マトリックス レボリューションズ』)

そしてこの二項対立は映画公開当時より、いまの方がさらにリアリティを増している。GAFAと呼ばれる情報企業群が世界を席巻して、メタバースやマルチバースと呼ばれる概念が当たり前になりつつあるのが、現在。スティーヴン・スピルバーグ監督の『レディ・プレイヤー1』(2018年)でも描かれていたけど、苦しい現実よりもヒーローになれる仮想空間に充実を感じる、というのは、いまそこにある未来だ。そして、時にそれが恐ろしい陰謀論にもつながりかねないのも、事実。

20世紀末から21世紀頭にかけて公開された『マトリックス』、『マトリック リローデッド』、『マトリックス レボリューションズ』(2003年)。この3部作はおそらく当時よりもいま、そしてこれからの未来での方が、もしかしたら予言の書として、より観るべき価値が増していくのかもしれない。

2021年には18年ぶりのシリーズ第4作『マトリックス レザレクションズ』が公開された

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)など。

<放送情報>
マトリックス
放送日時:2022年9月24日(土)12:45~

マトリックス リローデッド
放送日時:2022年9月24日(土)15:15~

マトリックス レボリューションズ
放送日時:2022年9月24日(土)17:45~

マトリックス レザレクションズ
放送日時:2022年9月24日(土)20:00~

スピード・レーサー
放送日時:2022年9月23日(金・祝)12:30~

ジュピター
放送日時:2022年9月23日(金・祝)14:50~
チャンネル:WOWOWシネマ

(吹)マトリックス レザレクションズ
放送日時:2022年9月24日(土)13:00~、30日(金)16:15~
チャンネル:WOWOWプライム

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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