アイスランドの歌姫、ビョークが主演した『ダンサー・イン・ザ・ダーク』

観る者の道徳観が試される、
絶望と苦しみに満ちたラース・フォン・トリアーの世界

2023/10/30 公開

観るのがツラい映画、というのが世の中にある。わたしにとってその筆頭格の監督をご紹介したい。デンマーク出身のラース・フォン・トリアー監督だ。

アイスランドの歌姫、ビョークが主演するラース・フォン・トリアーの代表作

代表作は、歌姫ビョークが主演を務めた映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000年)。アメリカのある町を舞台にした本作で、ビョークは息子とトレーラーハウスで暮らす貧しい母を演じる。彼女は先天性の病気によって失明しつつあり、息子も手術をしなければいずれ失明する運命にある、という設定だ。

もともと苦しい2人の生活は、ある事件をきっかけにさらに追い込まれていく。主人公はやがて絞首刑の罪を言い渡されてしまう。ここまで観ていてツラい状況というのもない、と思えるほどにビョーク演じる母の置かれた環境はしんどい。トリアー監督の映画の多くは、女性の主人公がどんどん追い込まれていき、やがて悲劇的な奈落へと落ち込んでいく。

息子の手術費のため、懸命に働くビョーク演じる母(『ダンサー・イン・ザ・ダーク』)

歌手のビョークを主演に迎えている理由の一つに、本作がミュージカル仕立ての映画であることが挙げられるが、描かれる状況が悲惨なシチュエーションばかりのため、ミュージカルシーンとしての高揚感や至福感はほぼ感じられない。むしろ現実と理想との落差が観る者を苦しめる。これは演出的な狙いだろう。トリアーはとてもいじわるな監督なのだ。

公開当時、ビョークのファンだったわたしは大晦日の夜、バイクに乗って田舎の映画館へ本作を観に行った。ジェットコースター的に不幸の階段を転げ落ちていく主人公と、出口のない状況に胸を締めつけられ、やがて訪れるバッドエンドに衝撃を受けた。悲しく絶望的な気持ちで映画館を出た。ハッピーニューイヤーまであと数時間。冷たく暗い夜の帳をバイクで駆け抜けながら、なぜこの映画を大晦日に観てしまったのだろう、と落ち込んだ。ビョーク演じる主人公の孤独と絶望は、確実にわたしの気持ちも蝕んでいった。

ビョークの歌声が響き渡る圧巻のミュージカルシーンもあるが、それが余計に物語に影を落とす…(『ダンサー・イン・ザ・ダーク』)

実験的な手法も実施された賛否両論の問題作たち

次に発表された『ドッグヴィル』(2003年)も冷酷な映画だ。主演は人気絶頂期のニコール・キッドマン。彼女が演じるのは、「ドッグヴィル」と呼ばれる寒村にたどり着いた女性。何か重大な事件から逃げてきたらしく、後ろめたさを抱えている。疑り深い村人たちは、彼女の隠された背景に関心を持ちつつ、彼女を匿って村に置いておくことを決める。だが、その交換条件は村民のために毎日奉仕することだった。やがて、村人たちの抑圧していたエゴが解放されていき…。

ある理由で逃亡を続ける女性が村人たちのエゴにさらされる『ドッグヴィル』

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』と同様、本作でも主人公は真綿で首を絞められるように、少しずつ追い込まれていく。やがて後戻りできない状況になり、奴隷のような生活を余儀なくされる。

本作は、普通の映画撮影とは異なり、床に描かれた線とわずかなドアと壁だけで構成されたセット内で撮影が行われている。倉庫か体育館の中で、遊戯的に俳優たちが各自の生活を営んでいるかのようなビジュアルだ。トリアー監督は初期から実験的な作風を好み、この『ドッグヴィル』ではカメラを野外に持ち出すことをやめ、箱庭的な空間での演技を俳優たちに要求した。これが映画として良いかどうかは賛否が分かれるとは思うけれど、一つの試みとしては面白いと思う。

『ニンフォマニアック Vol.1』&『ニンフォマニアック Vol.2』(2013年)でもトリアー監督は女性のキャラクターを追い詰めていく。「ニンフォマニアック」とは色情狂という意味で、この2部作の映画では、ある女性の色欲にまみれた半生を懐古形式で振り返っていく。性的な暴力は過去のトリアー映画にもたびたび観られたが、本作はみずから愛欲の世界へハマり込んでいく主人公の物語だ。

色欲にまみれた女性の半生を2部作で描く(『ニンフォマニアック Vol.2』)

しかし、いったいトリアー監督は女性に何かの恨みがあるのだろうか。そう勘繰ってしまうほどに、彼の映画は一貫して女性に厳しい。あえて観客の神経を逆撫でるような描写も作家性と言えば言える。この世界に没入できるかどうかはあなた次第だ。

文=入江悠

入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)、『聖地X』(2021年)、『映画ネメシス 黄金螺旋の謎』(2023年)など。

<放送情報>
エレメント・オブ・クライム
放送日時:2023年11月6日(月)23:00~

エピデミック~伝染病
放送日時:2023年11月7日(火)23:15~

ヨーロッパ
放送日時:2023年11月8日(水)1:15~

奇跡の海(1996)
放送日時:2023年11月8日(水)23:00~、19日(日)23:30~

イディオッツ
放送日時:2023年11月9日(木)1:45~

ダンサー・イン・ザ・ダーク
放送日時:2023年11月9日(木)23:30~、18日(土)13:30~

ドッグヴィル
放送日時:2023年11月10日(金)23:00~、24日(金)1:15~

マンダレイ[R15+指定版]
放送日時:2023年11月11日(土)2:00~

アンチクライスト[R15+指定版]
放送日時:2023年11月12日(日)0:15~

メランコリア
放送日時:2023年11月12日(日)2:15~

ニンフォマニアック Vol.1[R15+指定版]
放送日時:2023年11月13日(月)0:30~

ニンフォマニアック Vol.2[R15+指定版]
放送日時:2023年11月13日(月)2:30~
チャンネル:WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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