『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライト監督によるネオンきらめくサスペンススリラー『ラストナイト・イン・ソーホー』

60年代ロンドンへの情景とイタリアンホラーからのオマージュ
『ラストナイト・イン・ソーホー』の魅惑と恐怖の世界へようこそ…

2023/08/28 公開

目を背けたくなるようなテーマをしっかりと描く

ファッションデザイナーになりたいという夢を持つエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は、田舎を離れロンドンのデザイン学校に通う18歳のティーンエイジャーだ。ところが最初に身を置いていた学生寮では、自分を笑いものにするクラスメイトたちの騒々しさに悩まされ、彼女はコリンズ老婦(ダイアナ・リグ)が管理する、ソーホー地区の古い屋根裏部屋を借りて一人暮らしを始める。

スウィンギング・ロンドンの時代に憧れるファッションデザイナー志望のエロイーズ

エドガー・ライト監督が放つコメディ要素を排除した技巧派サスペンススリラー

『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』(2007年)そして『ベイビー・ドライバー』(2017年)のエドガー・ライト監督による2021年製作の映画『ラストナイト・イン・ソーホー』は、自身のデビュー作『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004年)からコメディ要素を取り払い、恐怖演出をより手の込んだものにした技巧派サスペンススリラーだ。エロイーズは幼い頃に亡くした母の特殊な能力を共有しており、ある日、夢の中で歌手を目指す女性サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と出会い、肉体も意識も彼女と同化するという奇妙な体験をしてしまう。

しかもサンディがいる場所は、1960年代のイギリス。ファッションやアート、そして音楽など、多くのカルチャーが独自性と輝きを放っていた「スウィンギング・ロンドン」の時代だ。そんな夢のような環境に置かれたエロイーズは次第に影響を受け、現実の世界でも突出した存在となっていく。

タイムリープを経て、エレガントに変容していくヒロインの様子を追うだけでも、本作は我々の目を釘付けにしていく。だが、ライト監督はそこで自身が本来持つ作家的性質を剥き出しにし、夢の中でサンディが殺されるところをエロイーズに目撃させるのだ。しかも、その衝撃的な出来事をきっかけに、彼女が生きる現実の世界に謎の亡霊が現れ始め、エロイーズは次第に心を侵食されていく。

幻想性の強い時間SFから変調を経て、この映画は過去に殺害されたとおぼしきスター候補生を、ヒロインが時空を超えて救おうとするサスペンスへと移行。そして得体の知れないゴーストホラーへとジャンルを越境していく。こうした要素が渾然一体となり、やがて作品は思いもよらぬ首謀者の存在と、過去の因縁に迫るクライマックスへと大胆に加速していくのだ。

エロイーズの意識や肉体は、スウィンギング・ロンドンの時代を生きるサンディとリンクしていく

鮮血滴るイタリアンホラーの名手ダリオ・アルジェントへのオマージュ

ライト監督はこのジャンルミックスな『ラストナイト・イン・ソーホー』を、「ジャーロ映画に影響された作品」と一応は定義づけている。ジャーロというのはイタリア製スリラー/ホラー映画の総称で、大量の流血をともなうショッキングなゴア描写や、スタイリッシュなカメラワークを視覚的な特徴とし、サイコパスな殺し屋が美しい女性を追跡し虐げていくといった独自の様式を持つ。ジャーロ映画の祖といわれたマリオ・バーヴァや、イタリアンホラーの名手ダリオ・アルジェントの監督作は、そうしたジャーロ映画の代表格といっていいだろう。

とはいえ、そんな大づかみなカテゴライズをしなくとも、この映画は広範囲にわたってダリオ・アルジェント映画の意匠を借り、彼の諸作とジャーロに対してあらん限りのリスペクトを示している。たとえば序盤、エロイーズがルームミラー越しにタクシー運転手と会話を交わす場面は氏の代表作『サスペリア』(1977年)を彷彿とさせるし、彼女が特殊能力を有する設定は、ジェニファー・コネリーが生物と意思を交わすヒロインを演じた『フェノミナ』(1985年)をそこに感じることができる。しかも仮装パーティーに出てくる店名は『インフェルノ』(1980年)で、飾り窓の官能的なネオンの原色感や、はては肝心の結末までもが、アルジェント作品のテイストに充ち満ちている。

そういう点では先に挙げた『ショーン・オブ・オブ・ザ・デッド』が、モダンゾンビ映画のパイオニアであるジョージ・A・ロメロに捧げたオマージュに満ちた作品であったように、ホラー映画のアイコンに迫った点で一貫した姿勢が感じられる。なにより物語の中心はイギリスでありながら、イタリアンホラーの血流が脈々と息づいている。そんなツイストの利いた作法もまた、ライト監督が持つミクスチャー感覚が生んだ成果といえるだろう。

華やかな60年代ソーホーの陰で欲望の餌食となっていくサンディ

ダブルヒロインの精神感応が織り成す、フレッシュで独創的な映画だが、その根には偉大なフィアメーカーたちへの、イノセントな尊崇の念が感じられて愛おしい。

文=尾崎一男

尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
ラストナイト・イン・ソーホー
放送日時:2023年9月2日(土)21:00~、5日(火)14:15~
チャンネル:スターチャンネル1

(吹)ラストナイト・イン・ソーホー
放送日時:2023年9月3日(日)21:00~、7日(木)13:00~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります

▼同じカテゴリのコラムをもっと読む

60年代ロンドンへの情景とイタリアンホラーからのオマージュ 『ラストナイト・イン・ソーホー』の魅惑と恐怖の世界へようこそ…

60年代ロンドンへの情景とイタリアンホラーからのオマージュ 『ラストナイト・イン・ソーホー』の魅惑と恐怖の世界へようこそ…

##ERROR_MSG##

##ERROR_MSG##

##ERROR_MSG##

マイリストから削除してもよいですか?

ログインをしてお気に入り番組を登録しよう!
Myスカパー!にログインをすると、マイリストにお気に入り番組リストを作成することができます!
新規会員登録
マイリストに番組を登録できません
##ERROR_MSG##

現在マイリストに登録中です。

現在マイリストから削除中です。