俊英ブライアン・デ・パルマのヒッチコックからの影響と技巧的手法が光る『愛のメモリー』

死んだはずの妻にそっくりな女性は誰なのか?
ブライアン・デ・パルマが手掛けた愛と妄執のサスペンス『愛のメモリー』

2023/12/25 公開

1959年、ニューオーリンズ。最愛の妻エリザベス(ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルド)との結婚記念日を祝い終え、実業家マイケル・コートランド(クリフ・ロバートソン)は幸福の絶頂にあった。だがその直後、妻と娘のエイミーが誘拐され、犯人による50万ドルの身代金要求を受けてしまう。しかも警察の救出計画は失敗し、誘拐犯の逃走車は燃料タンカーと衝突、彼はエリザベスとエイミーの両方を失ってしまったのだ。

それから16年後、傷心のまま歳月を過ごしてきたマイケルは、ある日、ビジネスパートナーであるロバート(ジョン・リスゴー)の配慮により、ローマで休暇をとることになる。彼はそこで最初に妻と出会った教会を再訪すると、絵画の修復に取り組んでいる若いイタリア人学生サンドラと遭遇する。驚いたことに彼女は、エリザベスとそっくりな容姿をしていたのだ(ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルドによる二役)。

妻子を失ってから16年後、傷心の男の前に最愛の妻そっくりな女性が現れる

ヒッチコックの『めまい』を流用しながら、技巧を凝らした画づくりを徹底

1976年に初公開された『愛のメモリー』は、サスペンス映画の俊英ブライアン・デ・パルマ監督による、主人公の愛に対する妄執を描いたロマンチック・ミステリーだ。

デ・バルマはサスペンスの神様、アルフレッド・ヒッチコックの嫡流として知られているが、フィルモグラフィのうち最も影響の大きな作品が『愛のメモリー』といえるだろう。なんせ本作の着想の基となったのは、ヒッチコックが1958年に発表した傑作心理スリラー『めまい』で、同作を観たデ・パルマが脚本家のポール・シュレイダーと共に、『めまい』を構成する要素を流用してシナリオを創り上げたのだ。

『めまい』は主人公の元刑事、スコッティ(ジェームズ・スチュワート)が自殺願望症の女性マデリン(キム・ノヴァク)の見張りを依頼されるが、高所恐怖症からくる目眩によって、投身自殺した彼女を死なせてしまう。さらには後年、ダメージから解放されたスコッティの前に、マデリンそっくりな女性が現れる。実は彼女はマデリン自身で、スコッティは彼女を利用した、ある陰謀にはめられてしまったことを知る。

『愛のメモリー』は、こうした『めまい』のプロットを換骨奪胎させ、より背徳的なミステリー・ロマンスへと発展させている。マイケルはサンドラが妻の生まれ変わりであるという強迫観念に取り憑かれ、彼女をニューオーリンズに連れ帰って再婚を果たそうとする。だが結婚式の晩、16年前と同じように、今度はサンドラが誘拐されてしまうのだ。

最愛の人に似た女性との遭遇という、奇跡のような巡り会いの背後に潜む、どす黒い犯罪の罠。加えて音楽には『めまい』と同様バーナード・ハーマンを起用し、『愛のメモリー』は先のタイトルの二次創作ともいうべき実験的な良品に仕上がっている。デ・パルマは自身初となる「ワイドスクリーン」をこの映画で採用し、横長画面の端々にまで技巧を凝らした画づくりを徹底。『めまい』でフィルム面積を2倍にとって高画質化を図る撮影方式「ビスタビジョン」を駆使し、色彩やレイアウトなどグラフィカルにこだわったヒッチコックを踏襲している。

アルフレッド・ヒッチコックの心理スリラー『めまい』をベースにシナリオが組み立てられた

主人公マイケルの心理的不安定さを表現した幻想的な映像

一方で『めまい』をさらに延伸させた発想で、デ・パルマは師匠超えを果たそうとしている。それは同作より長い時間経過をストーリーに導入し、妻にそっくりなサンドラのサプライズ的な正体にも顕著だ。軟調で幻想めいたソフトフォーカス撮影「デフュージョン」を多様し、現在と過去描写をシームレスにすることで、サンドラとエリザベスが一体化するマイケルの心的錯綜が見事に表現されている。撮影監督を担当したヴィルモス・ジグモンドの手腕と、ヒロインを演じたジョヌヴィエーヴ・ビュジョルドによる、年齢を特定させない演技力と容姿の賜物である。

母と娘を一人二役で演じたジョヌヴィエーヴ・ビュジョルドの演技力にも注目

だが、本作のサプライズが社会通念上のタブーに該当するのを懸念した配給会社は、一部描写を調整することで公開へとこぎつけている。そのことによって本作は、『めまい』以上に背徳的なミステリー・ロマンスに発展しているといった評価もあるくらいだ。ちなみにこの作品の原題「obsession」は、先に何度か挙げた「妄執」や「強迫観念」を指す言葉。邦題は日本公開の約半年前に発売されヒットした、松崎しげるの曲に誘引されたものと仄聞している。愛の記憶に翻弄される主人公を指して『愛のメモリー』とは、実に言い得て妙だ。

文=尾崎一男

尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
愛のメモリー
放送日時:2024年1月16日(火)6:30~
チャンネル:WOWOWプラス 映画・ドラマ・スポーツ・音楽

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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