再結成した名門オーケストラのもとに正体不明の指揮者が現れる『マエストロ!』

さそうあきら原作による珠玉の音楽映画『マエストロ!』
音楽を通じて描かれるのは、命と未来の物語

2022/10/03 公開

クラシックファン以外にも刺さる音楽映画

クラシック音楽の世界で「名指揮者」を意味するイタリア語をタイトルにした『マエストロ!』(2015年)は、その名の通り、指揮者を中心に据えた音楽映画。と同時に、クラシックファンだけでなく、ふだんクラシック音楽はあまり聴かない、オーケストラのコンサートは敷居が高いと感じる人たちの胸にも響く、人情味たっぷりのドラマでもある。

原作者は音楽への深い愛と造詣がある漫画家として知られ、これまでに「神童」や「ミュジコフィリア」など音楽をテーマにした数々の作品を生み出している、さそうあきら。彼の「音楽シリーズ三部作」の一つとなる「マエストロ」は、2003年に「漫画アクション」で連載が開始されたが、同誌が一時休刊したことにより中断。その後、Webコミック「双葉社Webマガジン」にて再開するという紆余曲折を経て、2007年に全22話(単行本全3巻)で完結した。2008年には第12回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で、優秀賞を受賞している。

若きヴァイオリニスト・香坂真一(松坂桃李)のもとに、スポンサーの倒産で解散を余儀なくされた名門オーケストラ再結成の話が舞い込む。しかし集まったメンバーは、再就職先の決まらない「負け組」楽団員と、アマチュアのフルート奏者・橘あまね(miwa)。さらに、彼らの前に現れたのは、経歴も素性も不明な怪しい指揮者・天道徹三郎(西田敏行)だった。ともかく目標は1か月後の復活コンサートを成功させること。はじめのうちは、天道の身勝手なやり方に猛反発していたオケのメンバーたちだが、次第に天道が導く音の深さに引き込まれていく…。

本作の映画化の企画がスタートしたのは2011年。『毎日かあさん』(2011年)の小林聖太郎監督、『八日目の蝉』(2011年)の脚本家・奥寺佐渡子をスタッフに迎え、脚本や音楽の構想をじっくり練りながら、2013年に映画の製作が正式に決定した。

突如現れた怪しげな指揮者・天道に、メンバーたちもはじめは困惑するが…

映画の基本的なストーリーの流れは、原作コミックにとても忠実。物語の軸となるのは、主人公である第一ヴァイオリンの首席奏者・コンサートマスターの香坂と、指揮者・天道との関係だ。コンサートマスターとは、オケのメンバーのリーダー的存在で、実は指揮者と同じくらい重要なポジション。特にオケが指揮者を信頼していない場合、メンバーが指揮者の棒ではなく、コンマスの弓を見て演奏することもあるというエピソードが劇中でさらりと語られる。

そこで効いてくるのが、あえて映画版でアレンジされた香坂の設定である。香坂は中央交響楽団という音楽界の第一線で10年コンサートマスターを務めてきた人物。原作では、楽団の解散後、ミュンヘンのオケに引き抜かれているが、契約は来年から。今はたまたま時間があるので、今回の復活コンサートに参加することにしたという恵まれた境遇だ。一方、映画版では冒頭のシーンで、香坂の自宅に届いた、ミュンヘン交響楽団からの不採用通知がはっきり映し出される。

実力派のヴァイオリニストとして周囲に認められている点はどちらも変わりないのだが、海外の名門オケという未来が決まっている者と、行き場のない者とでは、当人の心持ちが全然違う。原作の香坂が天道の才能を練習初日から全面的に認め、新しい音楽の指導にワクワクしているのに対し、映画版の香坂にはそんな余裕はまったくない。何しろ復活コンサートが成功するか否かは、自分の将来に関わってくるのだ。

コンマスの香坂にしてそんな状況なのだから、他のメンバーの生活はもっと苦しい。みんなが必死な分、ギャラに関して曖昧な態度をとる天道への不信感も強い。映画版では、コンマスをリーダーとするオケのメンバーと、指揮者との対立をより際立たせることで、プロの演奏家たちがキレイごとではなく、「いい音楽をやることが、最高の報酬」だという境地に至るまでの過程がグッと胸に迫るものになっている。

登場人物たちは、それぞれが事情を抱えている。その問題に一つ一つ丁寧に向き合っていく

キャスト陣は吹き替えなしで演奏シーンを撮影

破天荒な指揮者の指導による合奏を通して、オケのメンバーがそれぞれのトラウマや挫折を乗り越えていく群像劇としての魅力もたっぷり。彼らが繰り広げる人間くさい舞台裏の様子が、ジャンルは違っても、どこか映画や舞台作りと重なって見えてくるのがおもしろい。いわばオーケストラの指揮者は監督、メンバーは役者たち、一つの作品を創り出すチームなのだ。

香坂役の松坂桃李は役作りのため、現場に入る1年前からヴァイオリンの練習を開始。本作で楽器演奏に初挑戦したという松坂は、その後、『蜜蜂と遠雷』(2019年)ではピアニスト、実写版『耳をすませば』(10月14日公開)ではチェリストと、いまやすっかりクラシック音楽の演奏家役が似合う俳優になった。

また、指揮者・天道役の西田敏行はもともと歌手として活動しており、フルート奏者・あまね役のmiwaはシンガーソングライター。その他のオケのメンバーも、音楽家としての説得力が出せるように、できるだけ音楽的素養のあるキャストが多く選ばれている。なかでも小学生の頃にティンパニの演奏経験があるという中村倫也が演奏する姿が新鮮だ。

本作で描かれるのは50人規模のオーケストラで、そのうちの40人近くがプロの演奏家。プロと同じ動きを身につけるため、キャスト陣が膨大な量の練習を続けた結果、吹き替えはいっさいなしの撮影が実現した。ちなみに香坂の自宅のシーンで映る、彼の鎖骨にあるヴァイオリニスト特有のアザは、松坂本人が練習するなかで実際にできたアザだという。

練習過程のシーンにおいても、感動的な見どころ、聴きどころの描写がいくつもあるのだが、やはり一番の見せ場は2日間にわたる復活コンサートのシーンだ。両日ともに2曲のプログラムで、劇中の見せ方としては、1日目にベートーヴェン交響曲第5番「運命」、2日目にシューベルト交響曲第8番「未完成」をそれぞれの曲に合った演奏で聴かせるとともに、まったく異なるドラマを見せてくれる。

このコンサートシーンで流れる「運命」と「未完成」の音楽は、日本を代表する世界的指揮者の佐渡裕が、ドイツの名門、ベルリン・ドイツ交響楽団を指揮して録音をおこなったもの。西田への指揮指導も佐渡が担当している。また、本作のエンディングテーマは、奇跡のピアニスト・辻井伸行が撮影現場を訪れ、イメージを膨らませて書き下ろした曲。すばらしい本物の音楽を聴けることは、音楽コミックの映画化ならではの醍醐味だ。

佐渡裕、辻井伸行ら、一流の音楽家たちが制作に参加している

本作の奥深い魅力は、音楽をめぐるコミカルなドタバタ騒動と、登場人物たちが背負う「死」というシリアスなテーマ、2つの旋律が自然に重なり合っていく様にある。香坂は子どもの頃に尊敬するヴァイオリニストの父を亡くし、あまねも幼少期に阪神大震災で両親を目の前で亡くし、天道は病で余命幾ばくもない最愛の妻がいる。

「音楽って、せつないね。今確かに美しいものがあったと思っても、次の瞬間には消えてしまう」というセリフは原作にも映画にも出てくるが、映画版ではさらに一歩踏み込んで、天道に「いいか?わしら人間は誰でも死ぬ。必ず死ぬ。音と一緒で一瞬や。そやけどな、誰かと響き合えたら、一瞬が永遠になる」と言わせているのが見事だ。音を触媒に、クラシック音楽の話から、普遍的な命の話へ。芸術を通して、命を描き続ける漫画家・さそうあきらの真髄が詰まった作品である。

文=石塚圭子

石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、さまざまな世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。

<放送情報>
マエストロ!
放送日時:2022年10月27日(木)18:45~
チャンネル:WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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