伊丹十三監督の大ヒット作『マルサの女』

脱税という社会問題をコミカルに描いた痛快作!
伊丹十三監督が放った『マルサの女』『マルサの女2』の面白さ

2023/07/31 公開

1980年代半ばから90年代、ヒットメーカーとして日本映画界を牽引した伊丹十三監督(1933~97年)の『マルサの女』(1987年)と、続編『マルサの女2』(1988年)が4Kデジタルリマスター版で放送される(2Kダウンコンバートにて放送)。

俳優はもちろん、デザイナー、エッセイスト、テレビのリポーターなどマルチな才能で活躍した伊丹が、映画監督業に進出したのは51歳の時。長編監督デビュー作『お葬式』(1984年)は、妻・宮本信子の父が亡くなり、その葬式で主宰者を務めた経験から発想した群像劇で、この年に『麻雀放浪記』(1984年)を監督したイラストレーターの和田誠と共に、「異業種監督」として脚光を浴びた。監督第2作『タンポポ』(1985年)は、グルメでもある伊丹の「食」へのこだわりが満載されたオムニバス映画で、今も海外で息の長い人気を集めている。

サングラスやメガネ、豊富な衣装の組み合わせで特徴的なキャラクターを形成

これに続く第3作が『マルサの女』。前2作は伊丹の経験や好みが反映されたものだった。これに対して『マルサの女』は、彼が『お葬式』のヒットで税金や脱税に興味を持ったことが発想の始まりだが、「脱税」という社会問題を扱ったことによって、幅広い層に訴えるエンターテインメント作品になっている。

「伊丹映画」というブランドを確立した『マルサの女』は、税務署から国税局査察部(通称:マルサ)へと転属した板倉亮子(宮本信子)が、あの手この手を駆使して脱税しようとする人々の悪事を、地道な調査と勘を頼りに暴いていくもの。脱税を摘発する国税局査察部の通称「マルサ」をタイトルに使ったところが監督のセンスで、映画のヒットにより「マルサ」という言葉が広く世間に知られることになった。以後、伊丹はやくざの民事介入暴力に立ち向かう弁護士を描いた『ミンボーの女』(1992年)、経営不振のスーパーを主婦が立て直す『スーパーの女』(1996年)、殺人を目撃して警察の身辺保護対象者となった女優が主人公の『マルタイの女』(1997年)と、一連の「女」シリーズを作り上げていく。

この「女」シリーズすべてに主演したのが、監督の妻で女優の宮本信子。『マルサの女』ではいつも寝ぐせが取れないおかっぱ頭で、顔はそばかすだらけ。男性メインの国税局で、外見も気にせず仕事に情熱を燃やす、プロフェッショナルの亮子を演じた。見た目からキャラクターを作り込んでいくのも伊丹の特徴で、ヒロインの亮子をはじめ、劇中にはサングラスやメガネをかけたキャラクターがやたらと登場する。

メガネのフレームの素材やレンズの大きさが、人物によって違うところも見もの。着るものの色使いもそれぞれ個性的だが、主演の宮本に話を聞いた時、彼女は伊丹組の衣装合わせは毎回3日間ほどかかったと言っていた。小物から衣装まで、用意される数は膨大。その中から様々な組み合わせを試して、それぞれのキャラクターを細部まで作り上げていったという。

おかっぱ頭、そばかす顔、サングラスとインパクト大なビジュアルの板倉亮子(『マルサの女』)

亮子が最終的に標的にするのが、ラブホテルの経営者で政治家ややくざと癒着する権藤英樹。愛人を次々に取り換え、金をため込むためには労力を惜しまない権藤を、山﨑努がはまり役で演じた。この権藤も、オールバックの髪型から目力の鋭さを際立たせたメガネ、足が悪くて常に杖をついて歩く特徴的な歩き方まで、かなり作り込んだキャラクターになっている。

基本は亮子と権藤の駆け引きを描いたハードボイルド・タッチの作品だが、権藤のウィークポイントは父親に反抗的な一人息子で、この息子と亮子が心を通わせたことから、権藤と亮子との間に敵対関係とは別の人間的つながりが生まれていく。

亮子と山﨑努演じる権藤との、単なる主人公と敵という構図に収まらない関係性も面白い(『マルサの女』)

伊丹演出によって様々な喜怒哀楽を生き生きと演じる俳優たち

伊丹が非凡なのは、登場人物すべての喜怒哀楽を見事に引き出してみせることだ。俳優でもある伊丹は、演じる側の生理や見せ方を知り尽くした上で、俳優を演出している。だから、税務署時代の亮子が脱税を問い詰めると、税金を払うことから逃れるために電柱に取りついて泣き出す伊東四朗扮するパチンコ店店主や、貸金庫の鍵を服の中に隠していると疑われて、マルサ局員の前で全裸になる絵沢萠子扮する調査対象者の愛人など、ちょっとしたエピソードにしか出てこない登場人物であっても、生きることに必死なその姿が魅力的に映るのだ。

なかでも目を引くのが、亮子の上司・花村を演じた津川雅彦。権藤宅にガサ入れして、脱税の証拠が何も出てこない時に、花村はどうすればお金が貯まるのかを権藤に質問して、彼の目線の動きから証拠品の隠し場所を探ろうとする。ここでの緩急織り交ぜた津川の話術の見事さ。これは『マルサの女2』で小松方正扮する政治家・猿渡から、不正な金を受け取ったという証言を引き出すために「政治家は、大変ですなあ」というフレーズを繰り返して、問い詰めるのではなく、相手の身になって情に訴えていく花村の説得シーンも同様で、津川は中間管理職のベテラン局員を巧みに演じた。彼も、伊丹映画に欠かせない俳優の一人だ。

奥行きのある縦の構図を使って俳優の動きをダイナミックに見せた前田米造のカメラ、テンポの良い本多俊之の音楽などスタッフワークも見事で、この作品によって伊丹映画のスタイルが確立した。第11回日本アカデミー賞では最優秀作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞(宮本)、主演男優賞(山﨑)、助演男優賞(津川)など、主要部門を総なめ。興行的にも配給収入12億5000万円の大ヒット作になった。

その成功を受けて作られたのが、続編『マルサの女2』。今度は宗教法人を隠れ蓑にする地上げ屋・鬼沢(三國連太郎)がマルサの標的。当時バブル期の日本には非道な地上げ屋がはびこっていて、ここでも鬼沢はチンピラやくざのチビ政(不破万作)を使って、高層ビル建設予定地の住人たちを立ち退かせようとする。マンションの住民にドーベルマンをけしかけたり、騒音で悩ませたり、24時間無言電話をかけたりと、地上げ屋の悪辣な手口が描かれていくが、その一方でコミカルな表現も多い。

亮子が宗教法人を隠れ蓑にする地上げ屋やその裏に潜む権力者に立ち向かう『マルサの女2』

最も目を引くのは鬼沢の宗教団体に潜入した亮子が、教団の本尊が祀られている祭壇の後ろに隠し扉を見つけ、ガサ入れの時にその隠し扉を開けて進むと、マルサの局員たちに「罰が当たる」場面。実際にどんな罰が当たるかは観てのお楽しみだが、その飛躍した表現が伊丹ならではの面白さを生み出している。

三國連太郎による鬼沢は、前作の権藤とは比べものにならない巨悪だが、この映画がテーマにしているのは、悪の根がどこまでも続いていること。亮子の活躍で鬼沢は取り調べを受けることになるが、まず地上げの実働部隊を仕切っていたチビ政が殺され、鬼沢にも魔の手が迫る。どこまで行っても、彼は悪の世界で「トカゲのしっぽ」でしかない。脱税を摘発しても、それで悪事は終わりではないという現実に踏み込んだ、伊丹の意欲作なのだ。

バブル期に沸く日本の陰でうごめく悪を意欲的に描いた(『マルサの女2』)

常に精神的に追い詰められ、その不安を女性たちと寝ることで静めようとする、屈折した鬼沢の心情を表現した三國や、浪費癖のある宗教団体の教祖役の加藤治子、ガサ入れを指揮するマルサの管理課長の丹波哲郎など、前作にも増して豪華なキャストを揃えた、こちらも配収13億円のヒット作。2本とも金に群がる人々を描いたバブル時代の日本の縮図と言える作品だが、その面白さは今観てもまったく色褪せていない。

文=金澤誠

金澤誠●映画ライター。日本映画を主に、「キネマ旬報」、時事通信、劇場パンフレットなどで執筆。これまで1万人以上の映画人に取材している。「日刊ゲンダイ」誌上で「新・映画道楽 体験的女優論 スタジオジブリ鈴木敏夫」を連載中。また取材・構成を手掛けた「音が語る、日本映画の黄金時代」(河出書房新社刊)が発売中。

<放送情報>
マルサの女<4Kデジタルリマスター版> ※2Kダウンコンバートにて放送
放送日時:2023年8月12日(土)21:00~

マルサの女2<4Kデジタルリマスター版> ※2Kダウンコンバートにて放送
放送日時:2023年8月26日(土)21:00~
チャンネル:日本映画専門チャンネル

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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