どんな役にもなりきってしまう！
掴みどころのなさも魅力な俳優、窪田正孝に迫る

『春に散る』(2023年)では横浜流星が演じる主人公の前に立ちはだかるボクシングの世界チャンピオンを鍛え抜かれた肉体で体現し、『スイート・マイホーム』(2023年)では念願の我が家を手に入れたために恐ろしい目に遭うスポーツインストラクターを怪演！『愛にイナズマ』(2023年)では映画監督デビュー目前ですべてを失ったヒロインを励ます、少し空気の読めない男性を柔らかな表情と物腰で演じていた窪田正孝。

それこそ、2020年度前期のNHK連続テレビ小説「エール」では作曲家の古関裕而がモデルの主人公に命を吹き込んでいたのも記憶に新しいし、幅広いキャラクターに挑み、それを成立させているここ数年の彼の快進撃には目をみはるものがある。

「憑依」に収まらない「埋没」を見せた『ある男』での身体表現

そんな窪田の唯一無二の身体表現をまざまざと実感したのが、第46回日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞にも輝いた『ある男』(2022年)の彼を見た時だった。本作で窪田が演じたのは、他人になりすまして生き、事故で亡くなった後にその事実を妻の里枝(安藤サクラ)に知られる謎の男「X」。その表情からは何も読み取れない稀有な男になりきってみせたのだが、ここにこそ、役に向かう彼のアプローチやスタンスがくっきり表れていたような気がしてならない。

よく「役が憑依した」とか「憑依型の俳優」とか知ったような顔で言う映画ファンがいるが、それを否定するかのように、窪田はその真逆の、役の中に自分を埋没させていくような印象がある。その人の状況や気持ちに寄り添い、その人として生きる。謎の男「X」にしても、何も情報を与えられてない状態の彼を過不足ない芝居で着地させていたし、常に真っ白なキャンバスの状態で役に自らの身体を預けるから、窪田はどんな役にでもなりきることができるのだろう。

『64－ロクヨン－前編／後編』(2016年)の窪田を見て、目を疑った人も多いはずだ。本作で彼が演じたのは、昭和64年に起きた少女誘拐殺人事件(通称ロクヨン)の捜査に関わった青年、日吉浩一郎。犯人からかかってくる電話の録音を機械の故障で失敗した彼は、上司からの罵倒と猛省によって退職し、14年間も引きこもってしまう。そんな日吉を、窪田はやつれ果てた容姿と淀んだ瞳で体現し、そのただならぬ苦悩を生々しく伝えていたのが印象的だった。

アクションから社会派コメディ、人気ドラマの主人公も卓越した表現力で演じきる！

かと思えば、三池崇史監督がオリジナル脚本を映画化した『初恋』(2020年)では、全編を貫く危険なアクションの数々に果敢に挑戦！新宿歌舞伎町で偶然出会った少女モニカ(小西桜子)を助けたために、ヤクザや悪徳刑事の大伴(大森南朋)に追われる余命わずかのボクサー、葛城レオになりきり、強靭な身体と高い身体能力で新宿の街を駆け抜けてみせた。

『決戦は日曜日』(2022年)の窪田も忘れられない。選挙活動の裏側をシニカルに描いた本作で窪田が演じたのは、病に倒れた父親に代わって出馬する二世議員・川島有美の私設秘書・谷村勉。やる気満々だけど、世間知らずで自由奔放な有美を宮沢りえが演じたのも話題になったが、暴走する有美と彼女に振り回されながらも言うべきことはちゃんと言う谷村のトークバトルがとにかく最高に面白い。それでいて、ことなかれ主義だった谷村が、しだいに彼女を当選に導く後半では、窪田のパブリックイメージも手伝って熱いものを感じることになる。

さらに、人気ドラマを映画化した『劇場版ラジエーションハウス』(2022年)では、ドラマ版に引き続き、天才的な読影(CTやMRI、レントゲン写真などの画像を見て、病気の有無や程度を見極める)の技術を持つ放射線技師・五十嵐唯織をシャープに熱演！甘春総合病院を飛び出し、大型台風に見舞われた孤島で、未知の感染症に苦しむ島民たちのために奮闘する彼の成長と恋模様をまっすぐに、ドラマチックに表現して、観る者の心を鷲掴みにした。

『劇場版ラジエーションハウス』の鈴木雅之監督が放送作家の小山薫堂のオリジナル脚本を映画化した『湯道』(2023年)では、ほかの作品ではあまり目撃できない、ちょっと変わった窪田を見ることができる。なにしろ、お風呂や温泉の魅力を伝える本作で彼が担ったのは、440年、16代続く湯道の家元の内弟子・梶斎秋。精悍な浴衣姿と鍛え抜かれた身体で見せる、お湯の作法の数々は静かな熱気を孕んでいて、神々しくもある。お風呂についてそんなに真剣に考えたことがない人でも、その圧巻のパフォーマンスに目が釘づけになるはずだ。

と、ここまで駆け足で振り返ってきたが、2023年も主演作2本を含む出演作が続々と公開された窪田正孝はまさに絶好調で、その勢いはまだまだ止まらない。果たして、2024年にはどんな表情を見せてくれるのか？期待は高まるばかりだ。

文＝イソガイマサト

イソガイマサト●映画ライター。独自の輝きを放つ新進女優、ユニークな感性と世界観、映像表現を持つ未知の才能の発見に至福の喜びを感じている。「DVD & 動画配信でーた」「J Movie Magazine」「スカパー! TVガイド」「ぴあアプリ」「MOVIE WALKER PRESS」や劇場パンフレットなどで執筆。映画やカルチャー以外の趣味は酒(特に日本酒)と食、旅と温泉めぐり。

＜放送情報＞
64－ロクヨン－前編
放送日時：2024年1月1日(月・祝)15:30～

64－ロクヨン－後編
放送日時：2024年1月1日(月・祝)17:45～

ある男
放送日時：2024年1月4日(木)21:45～

湯道
放送日時：2024年1月14日(日)13:30～、16日(火)19:45～
チャンネル：WOWOWプライム

劇場版ラジエーションハウス
放送日時：2024年1月6日(土)18:00～、16日(火)19:00～

湯道
放送日時：2024年1月13日(土)20:00～、21日(日)9:45～

ある男
放送日時：2024年1月19日(金)8:30～

64－ロクヨン－前編
放送日時：2024年1月26日(金)15:00～

64－ロクヨン－後編
放送日時：2024年1月26日(金)17:15～
チャンネル：WOWOWシネマ

初恋（2020）
放送日時：2024年1月3日(水)3:35～、23日(火)19:20～
チャンネル：日本映画専門チャンネル

決戦は日曜日
放送日時：2024年1月14日(日)9:45～、30日(火)19:00～
チャンネル：ムービープラス

※放送スケジュールは変更になる場合があります