スティーヴン・キング原作映画の風向きを変えた!?
『ミザリー』における巧みなプロット術
2022/11/28 公開
創作を生業にしている者にとって、ファンというのはありがたい存在だ。自分が世に出す著作を誰よりも熱心に受け止めてくれるし、彼らの称賛や真摯な意見は、新たなものを生み出す原動力となる。しかし、その関係が常識を超え、受け手が送り手の領域にまで介入してきたら?
『スタンド・バイ・ミー』(1986年)、『恋人たちの予感』(1989年)のロブ・ライナー監督が1990年に発表した映画『ミザリー』は、妄執的なファンに囚われ、望まぬ創作行為を強いられてしまう、そんなベストセラー小説家の受難を描いた監禁スリラーだ。
自称No. 1ファンの狂気にさらされるベストセラー作家が体験する恐怖
前述の不遇な人物の名はポール・シェルドン(ジェームズ・カーン)。彼はロマンス文学で支持を得ている大衆作家で、人気を支えているのは波瀾万丈な女主人公の転変を描いた「ミザリー」シリーズだ。
そんなポールが脱稿後、コロラドの仕事場から帰る車で事故に遭い、意識不明のまま瀕死の重傷を負ってしまう。気がついたポールは、自分が元看護師のアニー・ウィルクス(キャシー・ベイツ)によって救出され、人里離れた彼女の家にいることを知る。彼に心血を注ぎ介抱するアニー。実は彼女、「ミザリー」シリーズをこよなく愛する、熱心なファンの一人だったのだ。
ポールは自分の所在不明を案じるが、アニーは各所に連絡してあるから安心しろという。彼はその温情に従い療養に努め、そしてある日、命を救ってくれたアニーへの礼にと、鞄の中にあった新作原稿を読む権利を与える。ところが、光栄だと歓喜していた彼女は読み進めていくうち、正気を忘れたように怒り出し、表情を変えてポールに詰め寄ってきたのだ。
「ミザリーを殺すなんて、いったいどういうことなのよ!!」
ポールの仕上げた原稿は、タイトルキャラクターの死でエンディングを迎える「ミザリー」の最終作だったのだ。それはルーティンな創作活動に嫌気を覚え、新たな題材に取り組もうとした決意の証でもあった。
だがアニーはミザリーの死を拒絶し、未だ寝たきりのポールに書き直しを要求。従わざるを得ない立場にあった彼は、自称No. 1ファンを騙る加虐的なサイコパスと、決別するはずだったシリーズの呪縛にじわじわと苦しめられることになる。
スティーヴン・キングの小説を見事に映像化したロブ・ライナーの手腕
この小説家を襲う恐ろしいエピソードを創造したのは、モダンホラー文学の巨匠スティーヴン・キング(「キャリー」「シャイニング」)。自らも人気作家として、常軌を逸したファンの接近を過去に経験していた。そして意に沿わぬテーマに取り組むジレンマと対峙したこともあり、ポール・シェルドンはまさにキング自身を反映した存在といっていい。これまでゴーストや超常現象を恐怖の対象として扱ってきたキングだが、現実感の強い本作は、恐ろしさの感触を生々しく異にする。
キングの小説版はポールの一人称で進み、彼とアニーとの緊張した関係に加えて「ミザリー」のプロットが作中に組み込まれ、創作への葛藤を併置した構成が特徴的だ。映画はそんな原作から、ポールとアニーの関係に重点を置き、本作が持つサスペンスフルな性質を最大限に引き出している。コーエン兄弟のノワールな初期作品(『ブラッド・シンプル』『ミラーズ・クロッシング』)を視覚面で支えたバリー・ソネンフェルドを撮影監督に招き、映画そのものを意図的にサスペンスの鋳型へと収めている。
また、物語の早い段階から横暴で独りよがりな素性を露にするアニーを、一見して人当たりのいい柔和な人物と思わせ、次第に支配的な性質を剥き出しにしていくような独自の味付けがなされている。
そんなキャラクター変更の大きな支えになっているのが、アニーを演じた俳優キャシー・ベイツの存在感だ。献身的な姿勢に包まれた醜悪な本性を見事なパフォーマンスで見え隠れさせ、長年にわたり舞台で培ってきた彼女の高度な演技スキルを存分に感じさせる。脚本を手掛けたウィリアム・ゴールドマンはライナー監督の意向に沿い、彼女を念頭に置いて脚色を進めた経緯があり、役柄と俳優との違和感なきフィットは、作品のベース段階から構築されたものといえる。
なによりも描写のディテールに可能な限りページを費やし、長編傾向にあったキングの筆致は、時間の限られた映像メディアとの相性に欠け、初期の頃に高評価を得られた映画化作品は限られていた。だが、『ミザリー』は原作の要点を絞って物語をシンプルにしたことで、批評家と観客の両方から高い評価を受けた。そして優れたパフォーマンスで印象を残したベイツは、翌1991年の第48回ゴールデングローブ賞と第63回米アカデミー賞の最優秀主演女優賞に輝いている。ライナー監督は『スタンド・バイ・ミー』と本作で、キング原作映画の風向きを大きく変えたのである。
文=尾崎一男
尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。
<放送情報>
ミザリー
放送日時:2022年12月8日(木)23:15~、13日(火)21:00~
チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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