親友と最初で最後の2人旅…
強烈な存在感を放つ『マイ・ブロークン・マリコ』
2023/07/03 公開
多くの反響を巻き起こした、シイノとマリコの物語
大切な人を失った悲しみを、残された人はどう受け止めて、どう生きていけばよいのか。自ら命を絶った親友の遺骨とともに、海を目指す女の旅を描いた『マイ・ブロークン・マリコ』(2022年)。絶望だらけのこの不条理な世界で、互いに唯一無二の存在として強く結びついた女性同士の連帯を描く本作は、近年、世界的に見てもどんどん増えているシスターフッド作品の中で、ひときわ強烈なインパクトを与えた1本だ。
ある日、ガラの悪いOLのシイノトモヨ(永野芽郁)は、外回り先の定食屋のテレビで、衝撃的なニュースを目にする。それは、中学時代からの親友・イカガワマリコ(奈緒)が、自宅マンションのベランダから転落死したことを伝えるものだった。茫然自失するシイノだったが、大切なダチの遺骨が毒親の手に渡ったと知り、行動を開始。包丁を片手にマリコの実家へと乗り込み、父親から遺骨を奪取する。父親や恋人に暴力を振るわれ、人生を奪われ続けたマリコに、今からでも自分ができることはないのか。シイノは学生時代にマリコが行きたがっていた海へ、彼女の遺骨を連れて行くことを決意する―。
原作となる同名コミックは、2019年にWEBマンガ誌「COMIC BRIDGE online」にて全4話で連載。原作者の平庫ワカは、2018年に同誌に読み切り「YISKA-イーサカ-」を発表したばかり。いわば、ほぼ無名に近い新人作家であり、連載も初めてだったが、第1話が数千人にリツイートされ、第4話まですべてが公開と同時にトレンド入りするという大反響を巻き起こした。2020年に出版された単行本(デビュー作「YISKA-イーサカ-」同時収録)も即重版が決定。第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、ブロスコミックアワード2020大賞など、様々な漫画賞を受賞し、10か国語で翻訳出版もされている。
この原作を読んですぐに「映画にしたい!」という熱い思いに突き動かされたのが、力強さと繊細さを兼ね備えた演出に定評があるタナダユキ監督だった。コミック原作ものとしては、これまでに『赤い文化住宅の初子』(2007年)や『俺たちに明日はないッス』(2008年)を監督し、『さくらん』(2007年)では脚本のみを手掛けた経験もある。本作では『俺たちに明日はないッス』でもタッグを組んだ脚本家・向井康介と共に脚本を書き上げ、カナダの第26回ファンタジア国際映画祭で最優秀脚本賞を受賞した。
いつまでも心の中で生き続ける「自分だけ」の物語
人気コミックの実写映画化となると、原作との違いに注目が集まりがちだが、こと『マイ・ブロークン・マリコ』に限っては、キャラクター造形、セリフの細かい言い回し、一見、映画的と思える独特のビジュアル表現に至るまで、原作を読んだ時の印象が、そっくりそのまま三次元として立ち上っていることに驚かされる。
もともと登場人物が少ないシンプルな話であり、全4話という短さのため、エピソードを取捨選択することもなく、(単行本収録の3Pのおまけマンガも含め)すべての要素をしっかり映像化。それでも1本の映画作品として尺が少し足りない分は、原作の物語を邪魔しないよう細心の注意を払って、違和感のないオリジナルのエピソードやシーンを実にさりげなく付け加えている。原作コミックが、まるで1本の映画のような完成度を湛えていたからこそ可能だった選択だ。ロケ地の空気感も含めて、原作をできるだけそのまま実写化した映画、それが本作の大きな特徴で、タナダ監督の原作に対するリスペクトと、クリエイターとしてのプロフェッショナルなセンスが感じられる。
原作との違いという点で一番驚かされたのは、主人公シイノトモヨ役に永野芽郁をキャスティングしたことではないだろうか。原作のシイノが26歳という設定だったのに対し、撮影当時の永野はまだ初々しい22歳。しかも、破天荒でやさぐれた雰囲気のシイノと、可憐で清純なキャラクターが似合う永野は、イメージ的には正反対と言ってもいい。だが、この「等身大の女の子」的な永野の持ち味が、重苦しい過去を背負ったシイノというキャラクターに抜け感を与え、観る者がより身近に感じられる存在になった。
ちなみにシイノは中学時代からの筋金入りのヘビースモーカー。シイノにふさわしいタバコの吸い方を身につけるべく、永野は撮影開始3~4か月前から、ニコチン・タールほかの有害物質をいっさい使用しない美容タバコを吸う練習を始めたという。また劇中で旅に出るシイノが履く靴は、彼女が初めてのバイト代で買って、履き潰したドクターマーチンのブーツ。頑丈で、履き始めはとても硬い靴だけに、永野は撮影の11か月ほど前から実際に履き込んで、足になじませるなど役作りに専念した。シンプルなコートをラフに羽織り、タバコの煙をくゆらせるシイノの姿は、ヨーロッパ映画のヒロインみたいにかっこいい。
そんなシイノの運命の親友・マリコを演じるのは、かつてNHK連続テレビ小説「半分、青い」でも、永野演じるヒロインの親友役を演じ、実生活でも仲が良い奈緒。マリコは物語の冒頭からすでに箱に入った遺骨になっているが、シイノが大事に抱える骨壺は、劇中、何度も生前のマリコの姿へと変貌する。そして、物語のところどころに挿入される回想シーンによって、その哀しい半生が生々しく浮かび上がっていく。役が抱えた痛みを、その痛みの経験がない人にまで深く共感させる演技力は、彼女ならではと言えるだろう。
シイノが劇中で読み返すマリコからの手紙は、すべて奈緒の直筆だ。奈緒の声で読み上げられる手紙の文面には、マリコの可愛らしさ、純粋さ、儚さ、脆さ、悲しさ、親友シイノに対する愛情がギュッと詰まっていて胸が痛くなる。
そして、本作におけるキーパーソン的存在として登場するのが、シイノが旅先で出会う男・マキオである。演じるのは、『ふがいない僕は空を見た』(2012年)や『ロマンス』(2015年)など、タナダ作品ではおなじみの窪田正孝。引ったくりに遭い、犯人を追いかけていったシイノが戻って来るまで、骨壺のそばで待っていてくれ、一文無しになったシイノにお金をそっと差し出してくれるマキオ。過去に死を選んだ経験もある彼は、押し付けがましさのない優しさを持った人物として描かれる。マリコを虐待し続けた実父やマリコに暴力を振るう恋人など、ロクでもない男ばかりが登場するなか、希望を感じさせる男性キャラクターだ。
彼がシイノに語りかける「もういない人に会うには、自分が生きているしかないんじゃないでしょうか」という言葉は、本作の名セリフの一つ。キラキラ輝く骨になってしまったマリコと、悲しみに打ちひしがれながらも、空腹を満たすために定食屋で食事をするシイノの姿は、死と生の鮮やかな対比でもある。終盤、電車に乗ったシイノが、マキオから手渡された弁当をバクバクとかき込むオリジナルのシーンがいとおしく、たのもしい。
物事をはっきりと提示しない余韻のあるラストも大きな魅力。観る人に様々な解釈が生まれることで、本作は「自分だけ」の物語となって、いつまでも心の中で生き続けていく。
文=石塚圭子
石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、様々な世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。
<放送情報>
マイ・ブロークン・マリコ
放送日時:2023年7月9日(日)21:00~、20日(木)15:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
マイ・ブロークン・マリコ
放送日時:2023年7月14日(金)17:30~
チャンネル:WOWOWプライム
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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