監督クリント・イーストウッドをさらなる高みへと押し上げた
暗い少年時代を引きずる男たちの悲哀を描く『ミスティック・リバー』
2023/09/25 公開
1975年、ボストン郊外にある小さな町、イーストバッキンガムで事件は起こった。同地区で遊んでいたショーン、ジミー、デイブら3人の少年たちが、警官を装った謎の男に落書きを咎められ、デイブが車に乗せられ連れ去られてしまう。デイブが帰ってきたのは、それから4日後のこと。彼は監禁されて性的虐待を受け、加害者の隙をついて逃げ戻ってきたのだ。
この忌まわしい出来事から25年を経た、2000年の現在。デイブ(ティム・ロビンス)は自身が受けた屈辱に動揺を覚えながら生きる一児の父親となり、ジミー(ショーン・ペン)は詐欺罪の前科を抱えた食料雑貨店のオーナーとして暮らし、ショーン(ケヴィン・ベーコン)はマサチューセッツ州警察で刑事として働いていた。そんな大人になった彼らは、ある凄惨な殺人事件を通じて再び関わりを持つことになる。一人は事件を追う者として、一人は娘を殺された被害者遺族として。
そしてもう一人は、この事件の第一容疑者として―。
少年時代を汚い大人に踏みにじられてしまうことの恐怖や苦悩
「夜に生きる」「シャッター・アイランド」などで知られるミステリー作家、デニス・ルヘインの同名小説を映画化した『ミスティック・リバー』(2003年)は、イノセントな少年時代を汚い大人に踏みにじられ、その後の人生も苦痛に満ちたものへと導かれてしまった、そんな男たちの悲壮な運命を描き出すクライムサスペンスだ。タイトルは舞台となる地域を流れる川の呼称だが、同時に登場キャラクターたちの運命を象徴するものとして、劇中で重要な意味を放っていく。
原作者であるルヘインは本作の執筆動機として、自身が幼い頃に巻き込まれたケンカ騒ぎがあると、本作の無料上映イベントに関連した質疑応答の壇上で語っている。そのケンカは2人の警察官によって止められたものの、彼らはほかの若者と見境なく乱闘を始めたという。そしてルヘインたちが自宅に送り返された際、彼の母親がケンカのことよりも、警察官らがバッジをつけていたのか確認しなかったことを強く警戒したのだ、と。
ルヘインは当時の母の表情が忘れられないと述懐し、もしかしたらあの時、事態はより深刻なものになっていたのかもしれないという可能性のシナリオを発展させていったのである。
そのような動機に加え、ルヘインは虐待を受けた子どもたちのカウンセリングの仕事を経て、彼らが犠牲となった犯罪に対する憎悪を現場レベルで実感し、児童虐待の問題に焦点を当てたと語っている。
そんなルヘインの執筆動機に感情をシンクロさせたのが、映画を監督した名優クリント・イーストウッドだ。彼はこの小説が絶賛されているUSA today紙の書評を目にし、原作を手に取ったという。そして読後に大きな感銘を受け、映像化権の取得へと動いている。
監督に徹したクリント・イーストウッドが名優たちの卓越した演技を引き出す
1971年の『恐怖のメロディ』を起点に、監督としてのキャリアも半世紀以上(2023年現在)にわたるイーストウッドだが、当時はその多くが主演を兼ね、両刀を駆使して印象深い長編を手掛けていた。そんななかでこの『ミスティック・リバー』は、『愛のそよ風』(1973年)や『バード』(1988年)、そして『真夜中のサバナ』(1997年)に次ぐ監督専任作であり、そうしたアプローチにおける、一つの到達点を示した傑作と断じていいだろう。この映画によってイーストウッドは、自身のスター性に依存しない、映画作家として固有の才能を持っていることをさらに証明したのである。
しかし一方、自身も俳優として同業者を見る目も確かなイーストウッドは、この物語を説得力のあるものにするため、別のスターたちの力を借りている。特にティム・ロビンス、ケヴィン・ベーコン、ショーン・ペンの3名は、少年期の出来事によって何かを失ってしまった大人たちを見事なパフォーマンスで体現し、「監督に専念することは、彼らの卓越した演技と客観的に接する醍醐味をもたらした」とイーストウッドからの熱い称賛を引き出した。
そんな成果を象徴するように、本作は第76回米アカデミー賞の作品賞、監督賞、ペンの主演男優賞、脚色賞、マーシャ・ゲイ・ハーデンの助演女優賞、ロビンスの助演男優賞と6部門にノミネートされ、ペンとロビンスはそれぞれのカテゴリーで受賞を果たしている。
そしてイーストウッドは監督としての評価をさらに高め、翌年に公開された『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)で、1992年の『許されざる者』以来2度目となるアカデミー賞監督賞に輝いた。この受賞作もまた、女性ボクサーと老トレーナーの抗えない運命の激流を描いて高評価を得たが、こうした名編の布石として『ミスティック・リバー』の存在はあまりにも大きい。
なによりイーストウッド自身、子どもの純真さを奪う犯罪こそ最も糾弾すべきだと、そのことが本作を映画化へと向かわす大きな推進力としていたのだ。この映画は犯罪ミステリーとして秀逸だが、それ以上に妥協のない人間観察の追及力で存在感を誇示している。そして多くの映画ファンが、イーストウッドを役者として以上に、世界的な監督として認識をアップデートさせたのだ。
文=尾崎一男
尾崎一男●映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。
<放送情報>
ミスティック・リバー [PG-12]
放送日時:2023年10月5日(木)10:00~、21日(土)23:15~
チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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