多彩な作品に出演する絶対的な安心感
進み続ける俳優、西島秀俊の現時点までを再確認
2023/11/27 公開
絶対的な安心感。西島秀俊という俳優にそんなイメージを抱いている人は少なくないはずだ。それはバラエティに富んだ出演作を見ただけでも明らかだろう。
シネフィルとしても知られる彼は、『2/デュオ』(1997年/諏訪敦彦監督)、『ニンゲン合格』(1998年/黒沢清監督)、『Dolls』(2002年/北野武監督)などなど、20~30代の半ばにかけては作家性の強い監督の作品で、繊細で複雑なキャラクターを体現。
30代後半からは『私の頭の中の消しゴム』(2004年)などで知られる韓国の俊英イ・ジェハンが監督した『サヨナライツカ』(2009年)を皮切りに、イランの名匠アミール・ナデリ監督の『CUT』(2011年)、フランスのオドレイ・フーシェの初監督作で、阪神・淡路大震災の日本をテーマに描いた『メモリーズ・コーナー』(2011年)、韓国のキム・ソンスがメガホンをとった『ゲノムハザード ある天才科学者の5日間』(2013年)といった海外のクリエイターの作品にも次々に出演。ワールドワイドな活動を印象づけた。
おもしろいのはそこからだ。演技派としての道を真っ直ぐに突き進むのかと思ったら、驚いたことに、人気ドラマとそこから派生した『劇場版 MOZU』(2015年/羽住英一郎監督)ではキレッキレのアクションを炸裂!マッチョな肉体を見せつけられた時には、あれ?あれ?この人、どこに行っちゃうのかな?と勝手に心配したものだが、それも彼のなかでは幅広い芝居、多彩な役柄を表現するために必要な、備えるべきスキルの一つだったようだ。
それを実証するように、『散り椿』(2018年/木村大作監督)では主演の岡田准一を相手に本格的な殺陣を披露。人気ドラマとそれをバージョンアップさせた劇場版『奥様は、取り扱い注意』(2021年/佐藤東弥監督)ではヒロインを演じた綾瀬はるかとコミカルなやり取りをしながら、スタイリッシュなガンファイトで観る者をスカッとさせた。
このほか、庵野秀明と樋口真嗣のタッグで「ウルトラマン」を新たな解釈で映像化した『シン・ウルトラマン』(2022年)、強盗組織とヤクザに雇われた刑事、ラブホテルの従業員らが大金を巡って争うクライム・アクション『グッバイ・クルエル・ワールド』(2022年/大森立嗣監督)といった話題作に立て続けに出演。近年の出演作を振り返るだけでも、あらゆるジャンルの作品で活躍し、様々なタイプの監督から信頼を得ていることが伝わってくる。
世界的な評価を得た現時点での最高到達点『ドライブ・マイ・カー』
こうして、繊細な芝居も文字通りの身体表現も自分のものにし、シリアスな役からコミカルな役までなんでもこなせる西島秀俊は向かうところ敵なしだ。そんな彼の現時点での最高到達点を示したと言えるのが、村上春樹の短編小説を濱口竜介監督が映画化した『ドライブ・マイ・カー』(2021年)。第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で日本映画初の脚本賞、国際映画批評家連盟賞ほかに輝き、第94回アカデミー賞では国際長編映画賞を受賞した本作で、西島自身アジア人初となる全米批評家協会賞主演男優賞を獲得したことからもそれは明白だ。
本作で西島が演じた舞台俳優でもある演出家の家福は、脚本家の妻・音(霧島れいか)と幸せな日々を送っていたが、「今夜、話したいことがある」と言っていた矢先に彼女が急死。その2年後、大きな喪失感を抱えながら孤独な日々を送っていた家福は、広島で行われる演劇祭でチェーホフの名作「ワーニャ伯父さん」の演出を手掛けることになり、現地で愛車のサーブを運転してくれることになる寡黙なドライバー・みさき(三浦透子)と過ごすうちに、それまで目を背けていたある事実と向き合うことになる。
家福が抱える痛みや喪失感、怒りや悲しみ。その繊細な心を、西島はドライバーのみさきとの車内でのわずかな会話やそこで流す音が吹き込んでくれた台本のセリフを聞いた時の反応で浮かび上がらせる。濱口監督が脚本に書いたセリフは膨大なボリュームと熱量を持っていて、現場で生き物のようにどんどん変化し、劇中では描かれない過去の状況もホン読みで再現したうえで発せられるため、どれもズシリと重い。その絶妙な間が誰にも打ち明けられなかった家福の苦しみを伝え、みさきとの出会いや若手俳優・高槻(岡田将生)とのやり取りから彼の心の変化を感じさせる西島の芝居は本作でしか見られないものだ。
しかも、多言語演劇として上演される「ワーニャ伯父さん」のリハーサルシーンでは、日本語だけではなく、韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、ドイツ、マレーシアに手話も含めた9つの言語が飛び交うのだから、凄まじい。それは近しい関係でありながらも、つながれずに断絶してしまう他者との関係性を表現する本作の重要なシチュエーション。そこで最も大切にすべきは「相手の話を聞く」ことだが、そのすべてに耳を傾け、家福として反応する西島からは、これまでとはまた違う、さらなるステージへと足を踏み入れたような印象を受ける。『ドライブ・マイ・カー』はその意味でも、西島にとって特別な作品になったのは間違いない。
大ヒットドラマ「きのう何食べた?」にほっこり!
けれど、前記の通り、一方向にだけ向かわないところが西島のスゴいところ。ファンの予想をいい意味で裏切り、違った顔を見せてくれるから、幅広い層の多くの人から親しまれるのだろう。その最近の好例が、よしながふみの人気コミックが原作の大ヒットドラマ「きのう何食べた?」とその劇場版(2021年/中江和仁監督)で演じた、雇われ弁護士の筧史朗、通称シロさんだ。
シロさんと美容師をしている恋人のケンジ(内野聖陽)との微笑ましい関係が観る者をほっこりさせる本作だが、このキュートなカップルを西島と、それまでいかつい役が多かった内野が演じるなんて誰が想像しただろう。当人たちもドラマの撮影当初は相当プレッシャーだったようだが、やったことのないキャラを演じることに悦びを感じる役者の性も手伝って、2人ともこの難役をクリア。ドラマの成功がそれを物語っている。行きつけのスーパーで少しでも安い食材を買い求め、美味しそうな手料理の数々を作るシロさんを演じる西島の姿に魅せられた人も多いはずだ。
原作の第8巻「京都旅行編」がベースの劇場版では、そんなファンが愛した原作やドラマのエッセンスはそのままに、長尺の映画だから描けるシロさんの家族をめぐるドラマが深く掘り下げられ、戸惑い、あたふたする西島の新たな表情も見ることができる。
また、ケンジが同じ美容室で働く田渕(松村北斗)と一緒にいるのを見たシロさんが、勝手に嫉妬して、ケンジがいつもやっているようなおかしな行動に出るところも劇場版ならではの見どころ。普段は冷静なシロさんだからこそ、その取り乱しっぷりがかわいらしいし、ケンジのことを心底愛しているのが伝わってきて愛おしい。
だが、この2作にしても、西島にとっては一つの通過点に過ぎないだろう。この後も話題作が待機中で、北野武監督と2度目のタッグを組んだ問題作『首』(公開中)では、あの本能寺の変の中心人物の一人、明智光秀をこれまでの時代劇が描いてこなかった驚きのキャラで体現。さらに、2024年1月にスタートする連続ドラマ「さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~」では天才指揮者の役で主演を務め、娘役の芦田愛菜と共演することも明らかに。全方位への可能性を秘めた西島秀俊は、まだまだ進化し続ける。
文=イソガイマサト
イソガイマサト●映画ライター。独自の輝きを放つ新進女優、ユニークな感性と世界観、映像表現を持つ未知の才能の発見に至福の喜びを感じている。「DVD & 動画配信でーた」「J Movie Magazine」「スカパー! TVガイド」「ぴあアプリ」「MOVIE WALKER PRESS」や劇場パンフレットなどで執筆。映画やカルチャー以外の趣味は酒(特に日本酒)と食、旅と温泉めぐり。
<放送情報>
グッバイ・クルエル・ワールド
放送日時:2023年12月3日(日)0:00~
劇場版「きのう何食べた?」
放送日時:2023年12月17日(日)23:00~、20日(水)17:45~
トニー滝谷
放送日時:2023年12月25日(月)18:50~
チャンネル:WOWOWプライム
劇場版「きのう何食べた?」
放送日時:2023年12月16日(土)20:00~、24日(日)5:45~
シン・ウルトラマン
放送日時:2023年12月30日(土)16:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
ドライブ・マイ・カー〈PG-12〉
放送日時:2023年12月3日(日)21:00~、8日(金)0:10~
ニンゲン合格
放送日時:2023年12月7日(木)0:10~、15日(金)9:35~
2/デュオ
放送日時:2023年12月7日(木)2:10~、14日(木)9:50~
LOFT
放送日時:2023年12月8日(金)3:35~、19日(火)7:55~
チャンネル:日本映画専門チャンネル
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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