実力派マクドーマンドが出会うべくして出会った役を
リアルに演じきったノマドの世界

フランシス・マクドーマンドが作り出した原作と監督の幸せな出会い

行くべき道は自分で決め。アメリカの大地を踏みしめて前に突き進む女性の姿を描いて、コロナ禍の第93回アカデミー賞において作品賞、監督賞、主演女優賞の3部門に輝いた『ノマドランド』。主演のフランシス・マクドーマンドは、授賞式で仲間に囲まれ「ワォ！」と吠えた。彼女にとって、この映画は人一倍、思い入れの強い作品なのだ。

この映画はマクドーマンドが製作を思い立った作品だ。ジェシカ・ブルダーのノンフィクション「ノマド 漂流する高齢者たち」を読み、感銘を受け映画化を考えた彼女は、『ザ・ライダー』(2017年)を手がけた中国系アメリカ人女性クロエ・ジャオに監督を依頼した。『ザ・ライダー』はジャオの長編第2作で、北京にいた頃にモンゴルの草原へ想いを馳せていた監督が、アメリカ中西部の風景に魅了され、そこで生きるカウボーイを映したもの。この作品がマクドーマンドのなかで作りたい映画のイメージに重なりあったのだろう。依頼を受けジャオは、原作をすぐに読み「やります」と快諾。結果、アジア人女性初のアカデミー監督賞を受賞している。

ナチュラルに変容するマクドーマンドの演技

この映画でマクドーマンドは、夫の死後、家を捨て車上生活をするノマド(遊牧民)になったファーンを演じ、撮影中は監督にとって常に予想を裏切る「ちょっと違う＝オフビート」な反応を見せた。ノマドたちとのやり取り、トレーラーハウスでの何気ない仕草が、無理なく自然に溶け込んでいる。演技派のユニークな挙動は、撮る側にとっても驚きと楽しさにあふれ、監督はマクドーマンドを「(喜劇役者の)バスター・キートンみたい」と言っていた。

マクドーマンドは『ファーゴ』(1996年)では大きなお腹を抱えた女性警官を演じ、『スリー・ビルボード』(2017年)では娘殺しの犯人捜しに執念を燃やす母親役で、すでに2度オスカーに輝いた大女優。でも、思えば『ファーゴ』の妊婦警官のオタオタする姿は、すでにジャオ監督の言う「キートンみたいな」ところを見せていたのかも。

マクドーマンドの出演作は夫ジョエル・コーエンが兄弟で撮るようなインディペンデント系作品が多く、この『ファーゴ』もそうなのだが、巨額の製作費を投じるハリウッド・メジャーとは一味も二味も違う映画への出演が多い。そしてファーンのように、いつでも役なのか地のままなのかわからないようなナチュラルな演技を続けている。そんな飾り気のない姿勢や存在感が、作品ごとにまったく異なることがマクドーマンドの強み、と言えるかもしれない。

ノマドのように大地を踏みしめて…

出演者は、ファーンを自分の家に誘う老ノマド役のデヴィッド・ストラザーンを除いて、ほとんどが本物のノマドたち。スタッフは移動を続ける彼らを撮影地に集めることに苦労したそうだが、ノマドに溶け込み、まるで西部開拓時代のカウボーイのように大地を踏みしめるマクドーマンドの立ち姿は凛々しく清々しい。『ザ・ライダー』を観てジャオ監督と撮りたいと考えた最大の理由が、こうした描写に表われているのだろう。

ノマドの生活には孤独や不慮の事故への不安も付きまとう。それでもいまのファーンには行くべき道は自分で選ぶ「自由」がある。そんな自由の素晴らしさと、同時に重さを感じさせるキャラクターは、若い頃から我が道を歩み、インディペンデント映画で真価を発揮してきたマクドーマンドにとって、似合いの役、としか言いようのないものだった。

様々な役を演じて、いま、アメリカの大地を踏みしめるマクドーマンド。映画でも語られるがノマドたちは別れの際、「さようなら」とは告げない。「また何処かで」と老ノマドがファーンにかけた言葉が美しい景色の中で心に沁みてくる。

文＝渡辺祥子

渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス&ミステリー。今の夢は『007／ノータイム・トゥ・ダイ』を大スクリーンで見ること。日本経済新聞、週刊朝日、VOGUEなどで映画評を執筆。「NHKジャーナル」(NHKラジオ第1)に月１回出演。

＜放送情報＞
ノマドランド
放送日時：2021年10月30日(土)21:00～
チャンネル：スターチャンネル１

（吹）ノマドランド
放送日時：2021年10月31日(日)21:00～
チャンネル：スターチャンネル３

ノマドランド
放送日時：2021年10月31日(日)21:00～
チャンネル：WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります