新世代のクリエイターにも影響を与える映画監督、小津安二郎の初期のサイレント4作品を解説(『学生ロマンス 若き日<新音声版>』)

名作『晩春』&『東京物語』へとつながる映像技法
巨匠、小津安二郎の魅力を初期のサイレント4本で知る

2023/03/27 公開

世界に影響を与えた日本の映画監督は数多いが、なかでも黒澤明、溝口健二、成瀬巳喜男と並んで、海外の映画人にリスペクトされているのが小津安二郎(1903~1963年)である。小津の映画がどれだけ愛されているかは、彼の生誕90年を記念して作られたドキュメンタリー『小津と語る Talking With OZU』(1993年)で、スタンリー・クワン、ホウ・シャオシェン、ヴィム・ヴェンダース、リンゼイ・アンダーソン、アキ・カウリスマキ、ポール・シュレイダー、クレール・ドゥニと、海外の名だたる監督たちが小津のスタイル、好きな作品、影響を受けた作品を語ったインタビューでもよくわかるし、最近では『コロンバス』(2017年)や『アフター・ヤン』(2021年)を監督したコゴナダも小津のファンだと公言している(ちなみに彼の名前は、小津映画の名脚本家・野田高梧に由来する)。

その不変のショット、テンポ、カッティングを駆使し、簡潔な手法で描かれた小津の作品は、日常的な物事と人間の善良さや美しさを、国境を越えて観る者に伝えてきた。小津の映画は劇映画が53本、歌舞伎を撮ったドキュメンタリー『鏡獅子』(1935年)が1本あるが、多くの人が小津映画としてイメージするのは、父と娘の触れ合いを描いた『晩春』(1949年)以降の、『東京物語』(1953年)を頂点とする家庭劇だろう。だが『晩春』は小津の劇映画第42作で、そこに至るまでには数多の作品があった。今回の特集「小津安二郎生誕120年~小津サイレントのすゝめ~」に登場するのは、彼が26歳から30歳までに監督した4作品。巨匠の若き日を知るうえでも、戦前の日本映画と日本を知るうえでも貴重な映画群である。

一人の女性を巡る男たちの奮闘劇『学生ロマンス 若き日』、緊迫した一晩の出来事を描く『その夜の妻』

『学生ロマンス 若き日』(1929年)は、小津の監督第8作。現存する小津映画では最も古い作品で、彼の初めての長編映画だった。自分の下宿の窓に「貸し間あり」の貼り紙をして、女性と仲良くなろうとする早稲田の大学生・渡辺(結城一朗)は、千恵子(松井潤子)という美女と知り合うが、彼女が下宿に引っ越してきたので、住むところを失って友人の山本(斎藤達雄)の部屋へ転がり込む。

現存する小津映画では最も古い『学生ロマンス 若き日<新音声版>』

山本も千恵子に惚れていて、2人は彼女が赤倉ヘスキーをしに行くと聞き、金を工面してスキー場へ向かう。千恵子のハートを射止めようと2人が奮闘するコメディで、雪の斜面を滑っていくスキー板を山本が延々と追いかけるコミカルな移動撮影など、後の小津映画とは違った躍動感あふれる映像に、若々しい感性が光る。

調子がよくて何事にもポジティブな二枚目の結城一朗と、真面目で用意周到だがドジばかり踏んでいる斎藤達雄のコンビが面白い。ロケ地の赤倉には撮影を担当した茂原英雄の実家「高田屋」旅館があって、小津は正月のスキー旅行でそこに泊まっていた。高田屋は劇中にも出てきて、公私混同した小津の遊び心が感じられる楽しい作品だ。

調子のいい軟派学生とドジばかりのその友人が、スキー場で意中の女性を巡って奮闘する(『学生ロマンス 若き日<新音声版>』)

小津の第16作『その夜の妻』(1930年)は、オスカー・シスゴールの小説「九時から九時まで」の映画化。病気になった娘のために金を工面しようと強盗を働いた父親(岡田時彦)が、追手を振り切って家へ帰るが、そこへ刑事(山本冬郷)が現れて絶体絶命。だが妻(八雲恵美子)が刑事のピストルを奪って、娘の病気が峠を越えるまで夫を捕まえるのは待ってほしいと頼み込む。その緊迫した一晩の出来事を、一家の部屋に限定して描いたサスペンスだ。

子どもの治療費のために犯罪に走った男とそれを追う刑事、男をかくまう妻の姿を描くサスペンス『その夜の妻<新音声版>』

奪った金やピストルを持つ手のアップを多用し、一つ一つの手の動きが緊張感を生む優れた心理劇になっている。一家の部屋には様々な国の言葉で描かれた看板が置かれていて、モダンな調度品にも昭和初期の外国に憧れる日本文化の跡が見え隠れする。

アップを多用し、一つ一つの手の動きが緊張感を生む心理劇になっている(『その夜の妻<新音声版>』)

後の小津のスタイルを知るうえでも必見の『東京の女』、「男はつらいよ」シリーズを彷彿させる『出来ごころ』

『東京の女』(1933年)は撮影日数9日間で撮られた第28作。会社員の姉・ちか子(岡田嘉子)に養ってもらいながら学校に通う弟・良一(江川宇礼雄)。彼は恋人・春江(田中絹代)から姉が夜にいかがわしい酒場で働いているという噂を聞き、姉を問い詰める。この物語は小津が、実際に会社勤めをしているバーの女の踊りを見て思いついたとか。だからタイトルにはエルンスト・シュワルツ原作とあるが、そんな人物は存在しない。小津一流のお遊びなのだ。

自分を養ってくれる姉の身を案ずる弟の苦悩を描く『東京の女<新音声版>』

舞台は姉弟が暮らす洋風アパートと春江の家にほぼ限定されているが、ローポジションのカメラアングルや、視線を同一方向に揃えた会話する人物のカットバックなど、後の小津のスタイルが随所に見られ、その映像技法を知るうえでも必見の1本だ。

ローポジションのカメラアングルなど後の小津のスタイルが随所に見られる(『東京の女<新音声版>』)

『出来ごころ』(1933年)はキネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位に輝いた、小津の第30作。一人息子の富坊と暮らす喜八(阪本武)は、行き場のない女・春江(伏見信子)に惚れるが、彼女は喜八の仕事仲間・次郎(大日方傳)に気がある。喜八はあきらめて2人の仲を取り持とうとする。

人情に厚い中年の男が自らの恋心を抑え、若い男女の恋路を応援する『出来ごころ<新音声版>』

薄幸の美女・春江に無学な中年男の喜八が惚れて失恋するのは、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズを彷彿とさせる。また喜八と富坊との親子愛の部分は、没落したボクサーが息子のために復活するアメリカ映画『チャンプ』(1931年)にヒントを得たとされるが、小津は同級生に父親の無学を笑われて帰ってきた富坊が、夜に酔って帰宅した喜八に泣いて殴りかかるシーンが気に入っていて、後にこの場面はもう一度観てもいいと言っている。

確かに名子役「突貫小僧」こと青木富夫の富坊と、この作品から『浮草物語』(1934年)、『箱入娘』(1935年)と同じ主人公の名前から「喜八もの」と呼ばれる小津の人情喜劇に主演した阪本武の好演もあって、情感あふれる名場面になっている。

名子役「突貫小僧」と喜八役の坂本武による父子の人情ドラマが魅力(『出来ごころ<新音声版>』)

最後に、小津映画といえば欠かせないのが常連俳優の笠智衆だが、彼は小津の第2作『若人の夢』(1928年)からすべての作品に出演。今回の4作品でも『学生ロマンス 若き日』の大学生や、『その夜の妻』の警官、『東京の女』ではラストに登場する新聞記者、『出来ごころ』では喜八と船に乗る船客役で出演。どれも小さな役だがちゃんとセリフを与えられているところに、小津監督の愛が感じられる。

またサイレント映画を観慣れていない人でも、今回の<新音声版>には音楽と俳優たちによるセリフ、解説が入っていて、普通の映画のように楽しめるのでご安心を。コメディ、サスペンス、人情喜劇と様々なジャンルに挑んだ小津の若い日の秀作を、肩の力を抜いて楽しんでいただきたい。

文=金澤誠

金澤誠●映画ライター。日本映画を主に、「キネマ旬報」、時事通信、劇場パンフレットなどで執筆。これまで1万人以上の映画人に取材している。「日刊ゲンダイ」誌上で「新・映画道楽 体験的女優論 スタジオジブリ鈴木敏夫」を連載中。また取材・構成を手掛けた「音が語る、日本映画の黄金時代」(河出書房新社刊)が発売中。

<放送情報>
学生ロマンス 若き日<新音声版>
放送日時:2023年4月3日(月)3:05~、6日(木)8:35~

その夜の妻<新音声版>
放送日時:2023年4月4日(火)3:05~、13日(木)8:35~

東京の女<新音声版>
放送日時:2023年4月5日(水)3:05~、12日(水)10:45~

出来ごころ<新音声版>
放送日時:2023年4月6日(木)3:05~、15日(土)7:35~
チャンネル:衛星劇場

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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