侵入者から身を守る鉄壁の隠し部屋を題材にしたサスペンス『パニック・ルーム』

巧みな演出や撮影手法が光る
『パニック・ルーム』が生みだす緊迫感と恐怖

2021/08/23 公開

シングルマザーのメグ(ジョディ・フォスター)と11歳の娘サラ(クリステン・スチュワート)は、ニューヨーク市のアッパー・ウエスト・サイドにある4階建てのタウンハウスに引っ越してきた。彼女たちが生活の新拠点として選んだそこは、静寂とした高級住宅街にあり、心地のいい場所だ。しかし最も2人の関心を引いたのは、侵入者から身を守る鉄壁のパニック・ルーム(隠し部屋)が、ハウス内に設置されていたことだった――。

鬼才、デヴィッド・フィンチャーが21世紀最初の1本として手がけたサスペンスの傑作

スタイリッシュな映像意匠でサイコスリラーのジャンルを一新させた『セブン』(1995年)を発表し、不本意だったデビュー作『エイリアン3』(1992年)の汚名を払い、最注目の作り手として名を高めた監督デヴィッド・フィンチャー。そんな彼が明けて新世紀に手がけた『パニック・ルーム』(2002年)は、賊の侵入によってこの部屋へ逃げ込むことになった、母娘の受難を描く犯罪サスペンスである。

劇中に登場するパニック・ルームは現実に存在するもので、正式名称は「セーフ(安全)ルーム」。部屋全体が鋼とコンクリートで補強され、鉄製の分厚いドアで守られた小型のシェルターだ。中には複数の監視カメラモニターと拡声器を備え、作りは万全ときた。この富裕層ならではのセキュリティシステムを新聞記事で知った脚本家のデヴィッド・コープが、自らエレベーターに閉じ込められた実体験を交えて物語へと発展させたのが本作である。ただ言葉の響きがタイトルとして弱いことから、転じて『パニック・ルーム』とされたのだ。

母娘と自宅に侵入してきた強盗3人組との息づまる攻防が展開

シンプルな構成ながら、フィンチャーが試みてきた演出アプローチの集大成的な作品に

映画は主人公たちが引っ越しをしてきた当夜から、予想外の展開を見せるクライマックスまでを、ほぼオンタイムで進行させていく。もちろん、上述の堅牢さを誇る防御壁が、簡単に破られるワケがない。そこには部屋に忍び込んできた犯罪グループ(ジャレッド・レト、フォレスト・ウィテカー、ドワイト・ヨアカム)の、貪欲かつ大金を賭けた防御突破への執着心、そして共犯者同士の異なる性格からくる対立が絡み、物語を一筋縄ではいかないものにする。

一方のメグたちも、パニック・ルームが圏外設定となって外部との連絡が取れなくなり、加えて一型糖尿病のサラはインスリン投与が欠かせず、立てこもりにも自ずと限界が及んでいく。さらには様子を見に来た前夫が人質にとられるといった、静観を通すことのできない事態が2人を襲うのだ。このような枷を設けることで、映画はシンプルを装いながらも、恐怖と戦慄に満ちた一夜を量感たっぷりに見せるのである。

パニック・ルーム内の監視カメラで強盗団の動きを確認するメグ

フィンチャーは複雑なショットで構成した暴力結社ミステリー『ファイト・クラブ』(1999年)の反動から、シンプルかつストレートな作品を目指した。しかし、このようにミニマムにまとめようとしたものが、とんでもなく手の込んだ制作工程を強いられるところ、作品自体が<パニック>案件だったと断じて違いない。なんせ全編ほぼ室内という構成ながら、製作費は約5000万ドルと『エイリアン3』以上の巨額がかけられているのだ。

その予算は撮影の必要に応じて組み直しが利くスタジオステージ内のセットと、自在なカメラワークを可能にするためのデジタルメイキングで占められ、フィンチャーがこれまでに試みてきた演出アプローチの集大成を、我々は『パニック・ルーム』に感じることができるだろう。

特にプリビズを本格的に駆使した作品として、この犯罪サスペンスの果たした役割は大きい。プリビズとは「プリ・ビジュアライゼーション」の略語で、CGの粗映像を用いて制作する、いわば動く絵コンテのことだ。これをもとにカメラ位置や構図、レンズの選択やショットの配置、また時間的な流れの確認などをおこない、スタッフや俳優とのイメージ共有や作業の効率化をはかることができる。

また、どこまでを実カメラによる撮像で得て、どこからをデジタル処理に委ねるのか、こうした創作プランの検討も事前に可能となる。現在では映画製作のスタンダードとなったプリビズだが、限定空間でもここまで動的なカメラワークを追求できることを、本作はその嚆矢的な活用をもって示したのである。

オスカー俳優のフォレスト・ウィテカーや子役時代のクリステン・スチュワートも出演

フィンチャーは本作の後、今度は実在する連続殺人事件(未解決)を描いたサスペンス『ゾディアック』(2007年)に着手。同作では先のプリビズに加え、撮影から完パケまでに一切フィルムを使わず、ケミカルな工程を経ないフルデジタルのワークフローを確立させ、同作の意欲的な踏み込みと同様『パニック・ルーム』をさらに突き進めたような、映画作りの極みへと到達していく。

ちなみに実際のセーフルームは予備電源もあるし、携帯もつながるようにできているので、映画のようなことは起こり得ないとフィンチャーは本作DVDの音声解説で語っている。しかし、それをあたかも現実に起こりうる犯罪のように思わせるのは、名優たちの演技がもたらす迫真性と、こうした監督の飽くなき表現への欲求にあるのだろう。

文=尾崎一男

尾崎一男●1967年生まれ。映画評論家、ライター。「フィギュア王」「チャンピオン RED」「キネマ旬報」「映画秘宝」「熱風」「映画.com」「ザ・シネマ」「シネモア」「クランクイン!」などに数多くの解説や論考を寄稿。映画史、技術系に強いリドリー・スコット第一主義者。「ドリー・尾崎」の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、配信プログラムやトークイベントにも出演。

<放送情報>
パニック・ルーム
放送日時:2021年9月1日(水)14:45~、6日(月)10:15~

チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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