勝負の厳しさを容赦なく描き切った『ピンポン』は
ダメな自分を愛する気持ちにさせられる1本
2023/07/31 公開
松本ワールドの、あまりにもカッコよくまぶしいスポ根ドラマ
卓球といえば、日本人選手が世界を舞台に目覚ましい活躍を見せる現在。しかし、天才漫画家・松本大洋が「ピンポン」を発表した1996年当時、野球やサッカー、バスケなどの華やかな人気スポーツと比べると、卓球は少々地味でダサいイメージのある競技だった。そんななか、個性の異なる5人の男子高校生たちが、卓球のインターハイに青春を懸けて、自身の才能と向き合いながら挫折や葛藤を乗り越え、成長していく姿を描いた松本ワールドの熱血スポ根ドラマはあまりにもカッコよく、まぶしかった。
実写化映画『ピンポン』(2002年)は、映像化不可能といわれた原作コミックを心から愛するスタッフ、キャストたちのリスペクトと情熱が結晶になった作品だ。公開から20年以上という歳月が経った今観ても、まったく古臭さを感じない。まさに卓球にスポットライトが当たるきっかけとなった存在であり、卓球ムービーの永遠の名作である。
才能にあふれ、卓球が好きで好きでたまらないペコ(窪塚洋介)。小学生の頃、ペコから卓球を教えてもらったスマイル(ARATA)にとって、ペコはヒーローそのものだ。だが、ペコは上海卓球ジュニアチームから来たエリート留学生のチャイナ(サム・リー)に完敗。続くインターハイでは、ペコに対する劣等感から死に物狂いで努力を重ねてきた、もう一人の幼なじみ・アクマ(大倉孝二)にも敗れてしまう。一方、スマイルはコーチに才能を見出され、メキメキと実力をつけていく。立ちはだかるのは全国の覇者、卓球の権化たるドラゴン(中村獅童)。それぞれの道を歩き始めた彼らに、またインターハイの季節がやってきた……。
原作コミックは、1996~97年に「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載され、全55話、単行本全5巻で完結。小学校から高校まで熱心にサッカーに打ち込んできた原作者の松本にとって、スポーツは作品における大事なテーマの一つ。競技の奥深さや、競技者の心理描写のリアリティは抜群だ。
主要キャラクターとなる5人の高校生の5巻にわたる物語を、2時間の映画の脚本に圧縮するという難題に挑んだのは宮藤官九郎。自身の色はあまり出さず、とにかく原作のタッチに忠実に、1本の作品としてきっちりと仕上げている。ちなみに一度書き上げた脚本のボリュームを半分まで削ったとのことだが、その幻の脚本を(当時はまだポピュラーではなかった)前編・後編の2部作でも観てみたかった! と思わずにはいられない。
監督は『鋼の錬金術師』シリーズの曽利文彦。『ピンポン』は彼にとって記念すべき映画監督デビュー作であり、自身が企画から起こした思い入れの深い作品だ。アメリカのデジタルドメイン社でハリウッド超大作『タイタニック』(1997年)にVFXとして参加していた曽利は、本作でもCGを駆使して、スピード感あふれる激しい卓球シーンを実現している。
5人の高校生を演じる俳優には、ビジュアル的にも、精神面を含む存在感も、原作のイメージにぴったりの顔ぶれが集結した。自信過剰だが憎めない主人公・ペコ役は窪塚洋介。ペコとは対照的で物静かなスマイル役はARATA(現・井浦新)。エリート留学生・チャイナ役は『メイド・イン・ホンコン』(1997年)のサム・リー。ペコとスマイルの幼なじみ・アクマ役は大倉孝二。高校卓球界最強の選手・ドラゴン役に中村獅童。
設定こそ高校生ではあるものの、彼らが発する言葉は、ストイックで核心を突いたものが多い。そうした台詞を口にしても違和感がないように、生身の高校生ではなく、あえて20代半ばから後半のキャストたち(窪塚だけ撮影当時22歳)をキャスティングしたことで、大人の観客の心にも響く、独特のクールな世界観が作り出された。
メインキャラたちのビジュアル再現度の高さに対し、彼らを取り巻くサブキャラクターたちには、原作とはだいぶ違った印象を与えるキャストが出演している。ペコを支える卓球道場のオババ役は夏木マリ、スマイルを導く卓球部顧問の小泉先生役は竹中直人というベテラン2人。そして、卓球部の先輩・キャプテン大田役は荒川良々。とぼけた笑いを自然に生み出す荒川の佇まいは絶妙で、その後、クドカン監督・脚本、荒川主演で、オリジナルストーリーの番外短編『ティンポン』も制作されたほどだ。
また、橋の上の巡査役で松尾スズキ、インターハイのスタッフ役に佐藤二朗など、意外な人物がほんのチョイ役で出ているのも楽しい。特にラストの卓球道場で練習をする少年役で、当時まだ8歳だった染谷将太が出演しているのは要チェックだ。
天才、凡人、才能、努力…それぞれに感情移入する
本作の最大の見どころといえば、やはり曽利監督が腕を振るったVFXが味わえる対戦シーンだろう。何しろ、体育館での卓球シーンが、本編の半分ほどのボリュームを占めている。CGで主に表現されたのは、試合での卓球の球。ドライブやカットといったキャラそれぞれの戦型によって、ピンポン球の回転や軌道を変化させ、説得力のある卓球シーンを見事に映像化した。VFXの技術でデフォルメするのではなく、一見、実写とCGの見分けがつかないほど、リアリティを大切にした引き算の演出が光る。と同時に、試合中、ラケットのツブ高ラバーの表面がミクロな視点で強調されるシーンや、ある選手の背中に広がる色鮮やかな蝶の羽がしおれていくシーンなど、CGならではの印象的な演出もカッコいい。
全体を通して、試合の時の張り詰めた雰囲気と、日常シーンののんびりしたリズムの対比も効いている。本作の舞台は、『ピンポン』をはじめ、松本大洋作品によく登場し、松本本人も住んでいたという神奈川県藤沢市。ペコとスマイルが乗るレトロな江ノ電、2人の幼少期の回想シーンで登場する諏訪神社、ペコが体力作りの猛特訓をする上諏訪神社、ペコがジャンプした弁天橋…。江ノ島を臨む、のどかな景色の中、ペコとスマイルが海沿いを歩く何気ないシーンを見ているだけで、夏の潮風、海の匂いが感じられる。
本作のクライマックスとなるペコとドラゴンの試合シーンでは、壮絶な戦いと、卓球を愛する者同士が到達した幸福な世界が融合する。周囲の雑音も景色も消えた真っ白い空間の中で、上空をカモメが舞うシーンが美しい。
天才、凡人、才能、努力……卓球というスポーツを通して、勝負の厳しさを容赦なく描き切った本作の魅力は、タイプの違うキャラクターそれぞれに深く感情移入できるところにある。「この星の一等賞になりたいの、卓球で俺は!」とまっすぐに言えるペコは、もちろん、誰にとっても憧れのヒーロー。でも、不思議とこの作品では、敗北していく者たちの存在こそが、かわいくて、愛おしい。肩をギュッと抱いて、励ましてあげたくなる。その気持ちは、もしかしたら、挫折を知った昔の自分を、そして今もやっぱり理想とはほど遠いダメな自分を愛し続けることと同じなのかもしれない。
文=石塚圭子
石塚圭子●映画ライター。学生時代からライターの仕事を始め、様々な世代の女性誌を中心に執筆。現在は「MOVIE WALKER PRESS」、「シネマトゥデイ」、「FRaU」など、WEBや雑誌でコラム、インタビュー記事を担当。劇場パンフレットの執筆や、新作映画のオフィシャルライターなども務める。映画、本、マンガは日々を元気に生きるためのエネルギー源。
<放送情報>
ピンポン
放送日時:2023年8月20日(日)19:30~
チャンネル:衛星劇場
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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